ウマ娘×ProjectMoon   作:桜餅 ステラ

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処理と価値

セブン協会本部、本部長室。

深夜。

 

本来なら、もう灯りが落ちていていい時間だった。

 

セブン協会東部本部は、再編後の混乱を乗り越えた今、以前よりはるかに整理された運営体制を取っている。

業務の分担も明確になり、各支部との連携も以前より洗練された。

そしてその中心で書類と情報の流れを整える本部長ビリーヴは、元々定時までに必要な仕事を終わらせることにかけては誰よりも正確だった。

 

だからこそ、日付が変わってなお本部長室に灯りがついていること自体が、珍しかった。

 

室内には紙の擦れる音と、端末を操作するかすかな打鍵音だけがある。

静まり返った空気の中で、ビリーヴは机に向かったまま資料を見下ろしていた。

 

「...今日の東部本部の損害は人的なものが十四件、うち死者が四名、十件は負傷」

 

淡々と、確認するように声に出す。

 

「セブン協会指定事務所の被害も合わせると...だいたい金額換算で二百四十五万眼...」

 

彼女はそこで別の資料に目を移す。

依頼一覧。

完了案件。

協力先。

支払額。

報酬処理状況。

 

「その代わり、シ協会やリウ協会からの依頼金で差し引くと...+に転じますね。大体百二十一万眼ぐらいですか」

 

言い終えて、ようやく一息つく。

 

数字としては悪くない。

むしろ、この日一日の東部本部の運営として見れば、十分に優秀な結果だった。

 

損害は出た。

だが収支は黒字。

協力案件の処理も滞りない。

外部との連携実績も良好。

本部長として報告書に書くなら、“安定”の範囲に入る。

 

それでも、ビリーヴの表情は晴れなかった。

 

「...皆さんが命懸けで仕事に望んで、結果を出してるのに...」

 

独り言のようにこぼす。

 

「僕は金額でしか評価出来ないなんて...本部長としては正しいことをしてるはずなんですがね...」

 

机上の書類には、損害額、補填予定、収支推移、補充人員の必要性、外部依頼先との関係維持に関する項目が並んでいる。

どれも必要なものだ。

どれも省けない。

どれも組織を維持するには不可欠な処理だった。

 

だが、その行の向こう側には、今日死んだ四人と、負傷した十人がいる。

 

ビリーヴは一度目を閉じた。

 

東部本部の部下たちの顔が浮かぶ。

いつも資料を先に揃えてくれる者。

報告の誤字を気にして何度も見直す者。

出先から帰るたびに、律儀に挨拶をする者。

自分が細かすぎると分かっていながら、それでも文句一つ言わずに付き合ってくれた者。

 

彼女はそれを知っている。

ちゃんと覚えている。

だからこそ、数字だけで処理するのが苦しい。

 

だが、次の瞬間にはビリーヴは顔を上げていた。

思考を元に戻すように、静かに息を吸う。

 

「...いえ、だからこそですね」

 

自分に言い聞かせるように。

 

「評価の仕方はともかく、皆さんが頑張ってることを僕が認めないで誰が認めればいいんですかという話ですし」

 

目の前の書類を揃え直す。

 

「...ハナ協会への報告書も作成しなくては...」

 

その時だった。

 

コンコン。

 

扉がノックされる。

 

ビリーヴは眉をわずかに上げた。

 

(? こんな時間に...?)

 

「どうぞ」

 

扉が開き、二人の支部長が顔を見せる。

 

「邪魔するよ」

 

「邪魔するぜ」

 

フォーエバーヤングとエアシャカールだった。

 

ビリーヴは少し目を瞬かせる。

 

「ヤングさん、シャカールさん...」

 

フォーエバーヤングは部屋の中をひと目見渡し、わざとらしく肩をすくめた。

 

「珍しいね、本部長が残業なんて」

 

エアシャカールは、持っていた袋を軽く持ち上げる。

 

「いや、俺らも新体制になってから残業は増えただろうが...」

 

そう言いつつ、机の端に袋を置いた。

 

ビリーヴは二人を見て姿勢を正す。

 

「どうしました、こんな時間に?」

 

フォーエバーヤングが先に答えた。

 

「アタシは本部の資料庫に用があった帰り。本部長室から音が聞こえたから様子見に来たの」

 

エアシャカールが続ける。

 

「俺は差し入れだ。南部支部の奴らが運営してるカフェで売ってる品持ってきた」

 

そこで、わずかに口元を歪める。

 

「あいつら、新体制になっても粘り強くカフェ運営してるからな...俺としては誇らしいけどよ」

 

その言い方はぶっきらぼうだったが、部下への感情がにじんでいた。

 

ビリーヴは礼儀正しく頭を下げる。

 

「ありがとうございます...ですが、まだ仕事が終わってないので置いておいてください...」

 

フォーエバーヤングは机の上の資料を見て、少しだけ表情を変えた。

 

「...どうしたの本部長。今日はやけに仕事熱心じゃない?」

 

エアシャカールも、すぐに異変を拾う。

 

「...なんかあったか?」

 

ビリーヴは少しだけ黙った。

それから、視線を机の上に落としたまま言う。

 

「...特別なことではありませんよ」

 

静かな声だった。

 

「ただ、自分のことがよく分からなくなったので、仕事で紛らわしてただけです」

 

フォーエバーヤングの顔つきが少し柔らかくなる。

 

「...なんか悩んでるの?」

 

ビリーヴは一瞬だけ言葉を探したあと、ぽつりとこぼした。

 

「...本部長業務してると、人を価値や値段で見ることが増えて...」

 

そこまで言って、少しだけ自嘲気味に笑う。

 

「それで、僕自身の値段は...いくらなんでしょうかと思って...」

 

部屋の空気が静かになる。

 

エアシャカールは、そこで即座に現実的な返しをした。

 

「...そういうことか。そんなもん考えたところで意味無いだろうがよ」

 

言い切る。

 

「どうせ分かるわけないんだ。シ協会の奴らでもない限りよ」

 

あまりにもシャカールらしい返答だった。

だが、雑に突き放しているわけではない。

考えても答えが出ない問いに呑まれるな、という意味だ。

 

フォーエバーヤングは、もう少し噛み砕いて寄り添う。

 

「...でも分かるよ。支部長とか本部長みたいな管理職ついてると、損害とか収益で計算しちゃうよね...」

 

ビリーヴは苦く笑った。

 

「...果たして、僕に人の上に立つほどの価値があるのか...ずっと考えてます...」

 

エアシャカールは腕を組んだまま、低く言う。

 

「...まあ、考えんのは自由だ」

 

そこで言葉を切り、真っ直ぐビリーヴを見る。

 

「でも、俺らはやらねぇといけねぇんだよ」

 

その声には南部支部長としての現実があった。

 

「下の奴らは、俺らの判断ひとつで容易くいなくなったりするんだ。...なら、常に最善な判断を出来るような状態でいる必要があるんだよ」

 

フォーエバーヤングも頷く。

 

「...そして、いなくなった子たちにも、ちゃんと向き合う」

 

彼女の声は少しだけ静かだった。

 

「...アタシたちに出来ることはそれぐらいだよ」

 

ビリーヴは、その言葉をしばらく黙って受け止めていた。

やがて、わずかに視線を落として言う。

 

「...そうですよね...」

 

エアシャカールが、話を打ち切るように机上の資料を見た。

 

「...はぁ、あとどれくらい仕事残ってるんだ?」

 

「え?」

 

フォーエバーヤングがすぐに続ける。

 

「手伝うよ。...残業ぐらい、どうってことないし」

 

ビリーヴは一瞬だけ目を見開いた。

そして、ほんの少しだけ表情を緩める。

 

「...ありがとうございます」

 

それ以上の言葉はなかった。

 

三人はそのまま机を囲み、書類を分担し始める。

 

東部本部の損害整理。

指定事務所の被害補填。

ハナ協会向けの報告書式の調整。

協力案件の収支項目の突合。

補充人員申請の優先順位確認。

 

紙をめくる音が増える。

端末を打つ音が重なる。

ひとりで抱えていた部屋の空気が、少しだけ変わる。

 

エアシャカールは無言で資料を読んでいたが、心の中では吐き捨てるように考えていた。

 

(...自分の価値か。答えの出ないものをいちいち考えるのも、ロジカルじゃねえ)

 

それでも、その答えの出なさに揺らぐ気持ち自体は、分からなくもなかった。

 

フォーエバーヤングは、処理すべき数字を追いながら、ふと別のことを思う。

 

(アタシの価値...か。イノベーション起こせるぐらいにはあると良いな)

 

軽く考えたふりをしても、その問いが完全に他人事ではないことくらいは自覚していた。

 

ビリーヴは二人の手が入ることで、目の前の書類が少しずつ“仕事”に戻っていく感覚を覚えていた。

 

価値。

値段。

損害。

補填。

収益。

 

それらは冷たい言葉だ。

でも、その冷たさを一人で抱え込まずに済むだけで、少しだけ呼吸がしやすくなる。

 

深夜の本部長室では、三人の上位フィクサーが淡々と書類を片付けていく。

 

誰も大きな慰めの言葉は言わない。

劇的に救われたりもしない。

ただ、仕事を分け合う。

 

それだけなのに、ビリーヴにとっては十分だった。

 

数字に変わる人命の重さは消えない。

自分の価値への答えも出ない。

けれど少なくとも今夜は、自分だけで全部を抱えなくていい。

 

それは、この都市では案外得難いことだった。

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