ウマ娘×ProjectMoon   作:桜餅 ステラ

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模倣と憧れ

ドデカ協会本部、協会長室。

 

第十二協会――ドデカ協会。

他の協会に比べても輪郭の曖昧な組織だが、その本部中枢は意外なほど整然としていた。

 

広い執務机。

壁際に並ぶ書類棚。

中央に設えられた応接用のソファ。

豪奢ではないが、無機質でもない。

必要な機能と、協会長室としての体面が、過不足なく揃えられている。

 

その室内で、ドゥラメンテはひとり机に向かったまま、珍しく手を止めていた。

 

普段の彼女なら、考えるより先に資料を捌き、書類に目を通し、次の業務へ移る。

仕事の流れを止めることを好まない性格だ。

だが今日は違った。

 

「...はぁ」

 

小さく、しかしはっきりとしたため息がこぼれる。

 

その様子を、少し離れた場所からじっと観察している視線があった。

 

ドデカ協会本部長、サトノクラウン。

ドゥラメンテの右腕であり、同期でもある女だった。

 

サトノクラウンは机に肘をつくでもなく、ただ自然体のまま口を開く。

 

「...ドゥラメンテさん、そんなにリバティちゃんのことが心配?」

 

からかうような口調ではない。

だが、核心を最短距離で刺してくる言い方だった。

 

ドゥラメンテは視線を上げずに答える。

 

「...前まではまだ良かった」

 

その言葉には、ただの杞憂では済まない重さがあった。

 

「イオリの指導で強くなっていることが感じれて、まだ青い残響への憧れも弱かった。だが最近は...青い残響の影響が強くなってる気がする...」

 

サトノクラウンは目を細める。

 

「...アルガリアさんがいなくなって二年半だけど、未だに影響残すって...流石は青い残響といったところかしら...冇計」

 

広東語が混ざるのは彼女の癖だ。

どこか軽く聞こえるその話し方が、かえって内容の厄介さを引き立てる。

 

ドゥラメンテはすぐに返した。

 

「クラウン、笑い事ではない」

 

声は低い。

 

「...このままだと最悪、青い残響に染まってリバティのアイデンティティが失われるかもしれないんだぞ」

 

サトノクラウンはその言葉を聞き、少しだけ考えるように顎へ指を添えた。

 

「...アイデンティティね」

 

ドゥラメンテがようやく顔を上げる。

 

「...どうしたクラウン?」

 

サトノクラウンは視線を真っ直ぐ返した。

 

「...そもそも、アイデンティティって何かしら?」

 

ドゥラメンテの眉が寄る。

 

「...どういう意味だ?」

 

サトノクラウンはゆっくりと言葉を選ぶ。

 

「リバティちゃんは確かに変わったわ。それもアルガリアさんを模倣するという危うい形で」

 

そこで一度区切り、続ける。

 

「でも完璧な模倣じゃない。あくまでリバティアイランドという名前や自分のことは認識してるわ」

 

ドゥラメンテは短く返した。

 

「...それで?」

 

「...なら、リバティちゃんよ。昔とは違っても、リバティちゃんはリバティちゃん...そうじゃないかしら?」

 

その言い方はあまりにもあっさりしていた。

ドゥラメンテにとっては、その“割り切り”が逆に信じがたい。

 

「...クラウンはそんな簡単に割り切ってるのか?」

 

サトノクラウンはすぐに首を振る。

 

「違うわ」

 

そして、少しだけ目を伏せる。

 

「リバティちゃんが名前を持ち続けてるなら、どんなに模倣したとしてもリバティちゃんはリバティちゃんよ。...昔の自分の感覚が分かんなくなってもね」

 

ドゥラメンテはその言葉に一瞬黙り込んだ。

 

「...そういうものなのか?」

 

「さあね」

 

サトノクラウンは肩をすくめる。

 

「でも、リバティちゃんがもう一回前を向いてるなら、私は認めるわ。」

 

ドゥラメンテは納得できないまま、視線を逸らした。

 

「...私はそんな簡単に割り切れない」

 

サトノクラウンはそこで、さらに踏み込んだ。

 

「...なら、ドゥラメンテさんにとってのリバティちゃんって何?」

 

「....っ」

 

その問いは、予想以上に鋭かった。

 

サトノクラウンは続ける。

 

「...ドゥラメンテさんが思うリバティアイランドって...何?」

 

ドゥラメンテは言葉に詰まる。

 

協会長としての部下。

大切な戦力。

怪我をしてからずっと気にかけていた存在。

昔は明るく、真っ直ぐで、見ているこちらまで引っ張られるような少女だった。

 

だがそれを、言葉として定義しようとすると急に分からなくなる。

 

「...わからない。私は...ただ...」

 

そこで言葉が切れる。

 

サトノクラウンは静かに、しかし容赦なく言う。

 

「...結局、アイデンティティってそんなものよ。他人でも自分でも、一度変わるとそれまでの個人が分かんなくなるのよ」

 

ドゥラメンテはなおも食い下がる。

 

「...だが....」

 

サトノクラウンはそこで本質を突いた。

 

「...極端な話、ドゥラメンテさんが嫌なのは青い残響の影響を受けてることじゃないの?」

 

その言葉で空気が変わる。

 

「単純に嫌いな人物が大切な部下を変えてしまったから。リバティちゃんのこと、見れてないんじゃないの?」

 

「...」

 

ドゥラメンテは答えられなかった。

 

その沈黙自体が、ある種の答えだった。

 

アルガリア。

かつては美しく、優雅で、華のある特色。

だがその末路は最悪だった。

残響楽団を率い、都市を掻き乱し、破滅した狂気のカリスマ。

 

そんな男に部下が惹かれている。

しかも、その影響で服装や口調まで変わり始めている。

 

嫌悪しない方が難しい。

 

やがてドゥラメンテは、深いため息をついた。

 

「...いじわるだな、君を本部長にしたのを少し後悔した」

 

サトノクラウンは口元を緩める。

 

「嘻嘻...ドゥラメンテさんは上司だけど、フィクサーとしては同期よ。だったら多少の遠慮のなさは目をつぶってもらうわ」

 

「...そうか」

 

短いやりとりのあと、サトノクラウンは少しだけ真面目な声になる。

 

「...都市で自分を保ち続けるのは案外難しいのよ」

 

その言葉は、リバティだけを指しているわけではなかった。

 

「だって青い残響だって優秀なフィクサーだったのに、妹を失ったことで狂気に堕ちたわ。...優雅さだけは、保ち続けたけどね」

 

ドゥラメンテが低く応じる。

 

「...あの子はその優雅さに惹かれすぎてる」

 

「それだけ美しかったってことよ」

 

サトノクラウンは淡々と言う。

 

「...私から見てもアルガリアさんは、表面的には特色で一番華麗で優雅だったとは思うわ。内面は最悪だったけどね」

 

「そうだ。かつてはともかく、残響楽団を率いていた頃は最悪だった」

 

そこだけはドゥラメンテも迷わない。

 

サトノクラウンは頷いたうえで、さらに言う。

 

「...でもリバティちゃんは違う。あの子の模倣や憧れは優雅さに向いてるだけ。なら、少なくとも心配するほどのことではないわ。アルガリアさんのような破滅はしない」

 

ドゥラメンテはまだ完全には納得していない顔だった。

 

「...」

 

サトノクラウンは静かに締める。

 

「...だから、そんなに悲嘆しない方がいいわ。昔に固執して、今のリバティちゃんを見ないのはダメよ」

 

ドゥラメンテはしばらく沈黙したあと、小さく答えた。

 

「...ああ」

 

その時だった。

 

コンコン。

 

扉がノックされる。

 

「失礼します」

 

入ってきたのは、ちょうど話題の中心にいたリバティアイランドだった。

 

サトノクラウンがぱっと表情を変える。

 

「あっ、リバティちゃん。どうしたの?」

 

リバティアイランドは背負った大鎌を軽く調整しながら答える。

 

「今日の師匠の任務の手伝いが終わったので報告に」

 

以前より落ち着いた声。

丁寧で、どこか演技がかった優雅さを帯びている。

 

サトノクラウンはそれを一目見て、ふと問いかけた。

 

「...リバティちゃん、今の貴女は自分のことどう思ってるの?」

 

リバティアイランドは少しだけ目を瞬かせたが、すぐに答えた。

 

「...そうですね。あまり複雑なことは言えませんが、私は私ですよ本部長。」

 

その返事に、サトノクラウンは柔らかく微笑む。

 

「...ふふ、そうね。貴女はリバティアイランドよ」

 

リバティアイランドはそこで、少し不思議そうに首を傾げた。

 

「...協会長は複雑そうですけど、本部長はあまりそうには見えませんね。」

 

「ええ」

 

サトノクラウンは迷わない。

 

「だって貴女はあくまでリバティアイランド、アルガリアさんじゃないから。」

 

「ふむ、本部長は何故そうだと?」

 

サトノクラウンは少し考えたあと、率直に言った。

 

「本物のアルガリアさんはもっとこう...優雅だけど、聞いててイラッとするような言動が目立ったわ。でもリバティちゃんはそうじゃないから」

 

その返しに、リバティアイランドの口元が少しだけ綻ぶ。

 

「ふふ、本部長結構見てくれるんですね」

 

「っ...」

 

その一言に、ドゥラメンテの肩がわずかに揺れた。

 

サトノクラウンはすかさず指摘する。

 

「...リバティちゃん、そういう言い方はアルガリアさんっぽいわよ。流れ弾がドゥラメンテさんに刺さってる」

 

「そうでしたか。」

 

リバティアイランドはあっさりと引いた。

その素直さが、かえって完全模倣ではないことを証明しているようでもあった。

 

サトノクラウンは少し真面目な声になる。

 

「...リバティちゃん、貴女がどう生きるかは自由だけど、ドゥラメンテさんの気持ちは理解してあげて。...変わったことは事実だから」

 

リバティアイランドは一拍置いたあと、静かに頷いた。

 

「そうですね。分かりました」

 

ドゥラメンテは再びため息をつく。

 

「...はぁ、全く...」

 

だがそのため息は、さっきより少しだけ柔らかかった。

 

リバティアイランドは確かに変わった。

昔のままではない。

模倣している。

憧れている。

危うさもある。

 

それでも、完全にアルガリアになりきれていない。

なりきれない。

その半端さの中に、まだリバティアイランド本人が残っている。

 

それを信じるしかないのかもしれない。

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