ドデカ協会本部、協会長室。
豪奢さで威圧するのではなく、必要なものを必要なだけ置き、その上で雑然としないよう整えられている。
それはそのまま、この部屋の主であるドゥラメンテの気質を表していた。
だが、今日ばかりはその整然さが少しだけ崩れていた。
机の上には書類がいくつか広がり、その脇には走り書きのメモが何枚も置かれている。
普段のドゥラメンテなら、何かを考えながらでも机の上を乱すことは少ない。
それだけ今は、思考の方に意識が偏っていた。
「...色は橙色で良いとして...二つ名か...」
ドゥラメンテは片手で額を押さえながら、小さく呟く。
「...確か他の特色は、赤い『霧』、青い『残響』、紫の『涙』、黒い『沈黙』などだったな...」
視線は机上のメモに落ちる。
そこには色の候補、名詞の候補、過去の特色の呼称傾向が整理されていた。
「現象や名詞が多いが...リバティに合いそうなのは...」
そこまで言って、また手が止まる。
特色フィクサーの色と二つ名。
それは単なる通り名ではない。
その人物の戦い方、印象、在り方、時には都市に刻む傷跡まで含めて定着していくものだ。
だからこそ適当には決めたくなかった。
コンコン。
扉がノックされる。
ドゥラメンテが顔を上げる前に、聞き慣れた声が続いた。
「失礼するわ」
入ってきたのはサトノクラウンだった。
本部長らしい落ち着きを保ちながらも、どこかしなやかで掴みどころのない雰囲気を纏っている。
彼女は室内を見渡し、わずかに目を細めた。
「...あら、随分散らかってるけど、何か仕事中だったの? 」
ドゥラメンテは少しだけ気まずそうに視線を逸らす。
「クラウンか。いや、リバティにもし特色の称号をつけるなら何がいいか悩んでいただけだ」
その答えに、サトノクラウンはふっと笑った。
「ふふ、なんだかんだでドゥラメンテさんもリバティちゃんに甘いのね」
その指摘に、ドゥラメンテは即座には反論しなかった。
数秒ほど沈黙し、それから素直に言う。
「...否定はしない」
その返しがあまりにも正直で、サトノクラウンの笑みが少し深くなる。
ドゥラメンテはメモを一枚持ち上げた。
「...今のところ色は橙色で決まりかけてるが、後ろの名詞が決まらないんだ。どうもしっくり来なくてな」
サトノクラウンは机の近くまで歩み寄り、メモを覗き込む。
そこにはいくつもの候補が並んでいたが、どれも消した跡や線が引かれている。
サトノクラウンは少し考えるように唇に指を当てる。
「まあ確かに、今のリバティちゃんってアルガリアさんの真似してるから、ちょっと唯一無二の個性が足りないようには思えるわね」
それは厳しいようでいて、事実でもあった。
今のリバティアイランドには、確かに独自性が生まれ始めている。
だが、第一印象として先に立つのはやはり青い残響の残り香だ。
大鎌、優雅な所作、落ち着いた口調。
どれも彼女なりに自分へ馴染ませてはいるが、まだ“借り物”の印象が残っている。
ドゥラメンテは頷く。
「最悪、武器が特徴的ならそれをそのまま称号に出来たんだがな...最近特色になったという黄色い銛のように」
「うーん...」
サトノクラウンは少しだけ天井を見上げたあと、思いついたように言う。
「なら、ここはシンプルなものにしたらどうかしら?」
「シンプル?」
「ええ。ほら、特色指折りの実力者の藍色の老人や黄緑の乙女なんて人達もいるし」
そこまで言って、サトノクラウンは楽しそうに続けた。
「リバティちゃんの優雅で可憐な姿を、そのまま名前にするとか!」
ドゥラメンテはその言葉を反芻するように黙り込む。
優雅で、可憐。
今のリバティアイランドを表すなら、確かにその二つは外せない。
アルガリアを模倣しているようでいて、完全な再現にはならない理由。
それはリバティが結局、男の模倣者ではなく、どこか育ちの良い少女の優美さを残したままだからだ。
「...優雅で可憐か...」
ドゥラメンテは低く呟き、候補を言葉に変えていく。
「少女、いや違うな...お嬢....令嬢...」
そこでふと止まり、顔を上げた。
「...橙色の令嬢...というのは?」
サトノクラウンはすぐに笑った。
「橙色の令嬢...うん、良いと思うわ」
彼女は軽く頷く。
「...優雅で可憐だけど、ちょっと世間知らずな箱入り娘感も出てて、今のリバティちゃんにぴったりだと思う」
ドゥラメンテはその言葉を聞いて、ようやく少し肩の力を抜いた。
「よし、なら第一候補としてキープしておこう。ハナ協会の審査を受ける時が来たら申請しておくか」
サトノクラウンも素直に同意する。
「分かったわ」
だがドゥラメンテはすぐに書類へ確定印をつけたりはしなかった。
「一応リバティにも、どんな称号が良いか聞いておくことにしよう。本人の意思も尊重したい」
サトノクラウンはその言葉に、少し柔らかい表情になる。
「そうね。リバティちゃんの二つ名だから、本人の意見は必要よね」
ドゥラメンテは、そこでふと窓の方へ目をやった。
「...リバティが特色か」
その声音は、さっきまでよりずっと静かだった。
「...まだ先のことにはなるだろうが、いずれは有り得ると思うと...まあ、悪い気分ではないな」
その一言には、協会長としての期待だけでなく、もっと個人的な感情が混じっていた。
かつては燻っていた部下。
怪我と義体化を経て、一時は戦いから心を離しかけていた少女。
その彼女が今、再び特色に届くかもしれない場所まで歩き始めている。
上司として、それを嬉しく思わない方が難しい。
だが次の一言で、ドゥラメンテらしい複雑さが顔を出す。
「...青い残響への憧れがキッカケというのは気に食わないが」
サトノクラウンは苦笑する。
「...まあ、リバティちゃんがどこまで成長するか、見守りましょうか」
ドゥラメンテは短く頷いた。
「ああ」
その返事は簡潔だったが、そこにはもうある程度の覚悟があった。
青い残響の影は気に食わない。
模倣も、完全には受け入れ難い。
だが、それでもリバティアイランドがその先で彼女自身の形を掴むのなら。
そして、その先に“特色”という色が見えるのなら。
上司としては、見守るしかない。
ドゥラメンテはメモの端に、静かに一つ書き加えた。
橙色の令嬢
まだ候補。
まだ仮の名。
だが、その文字列を見ていると、少しだけ未来が具体的に見える気がした。
それはたぶん、悪くないことだった。