ウマ娘×ProjectMoon   作:桜餅 ステラ

182 / 196
調律者と翼

A社1区、A社本社。

休憩室。

 

都市の支配者たるA社――頭。

その本社は、外から見ても中へ入っても、ひと目でそれと分かる意匠をしている。

 

壁も床も天井も、基本色は黒。

そこに金色のハニカムパターンが、規則的に、しかしどこか生き物じみた密度で走っている。

威圧感がある。

荘厳でもある。

そして何より、ここが普通の翼ではなく、都市の根幹に位置する存在であることを嫌でも意識させる。

 

だが、どれだけ重々しい場所であっても、形式上はあくまで企業であり、都市を統治する巨大機構の一部だ。

ならば当然、その内部には日々働く者たちがいて、書類が流れ、報告が上がり、休憩時間も存在する。

 

つまり、現実の会社と同じく――休憩室もある。

 

その休憩室の一角で、今、ひとりの調律者が異様な勢いで何かを食べていた。

 

「...」

サクサクサクサクサクサクサクサク

 

黒と金の休憩室に、乾いた軽快な咀嚼音だけがやけに響く。

 

マンハッタンカフェが、その様子をしばらく眺めてから、静かに問いかけた。

 

「...テンさん、何食べてるんですか?」

 

W社23区担当調律者テンは、手を止めずに答える。

 

「かりんとう」

 

「さっきから一心不乱に食べてるけど、そんなにストレス溜まってるの?」

 

そう言ったのはI社9区担当調律者テトだった。

軽い調子だが、わりと本気で心配している顔だ。

 

テンはようやく一度だけかりんとうの袋から顔を上げ、無表情のまま言った。

 

「経営危機のW社の監視と関連書類書き上げのためにA社に泊まり込みが続いた結果、かれこれ十徹ですが何か?」

 

一瞬、休憩室の空気が止まる。

 

それからM社13区担当調律者テミーが、明るさを保とうとしながらも引きつった声で言った。

 

「あ、うん。なんかごめんね...」

 

テンはその謝罪を特に気にすることなく、今度は壁際にいるマンハッタンカフェへ顔を向けた。

 

「カフェ、コーヒー入れてくれない? とにかく苦くて渋いの」

 

マンハッタンカフェは少しだけ眉を寄せる。

 

「...飲みすぎは身体に悪いですよ」

 

「良いから」

 

間髪入れない即答だった。

 

マンハッタンカフェは小さく息をつく。

 

「...分かりました。少し待っていてください」

 

そう言って給湯設備の方へ向かう。

この辺の流れが妙に自然なのは、たぶんこういうことが何度もあったからだろう。

 

その様子を見ながら、A社1区担当調律者クモハタがくすりと笑った。

 

「ふふ、テンも大変だね」

 

テンはすぐさま冷ややかに返す。

 

「全部クモハタさんの指示でやってる仕事ですけどね」

 

その言い方には棘があったが、クモハタは特に気にした様子もない。

むしろ少し楽しそうですらある。

 

休憩室の別の椅子に腰掛けていたX社24区担当調律者ルリが鼻を鳴らした。

 

「W社のやろう、アコギな商売しすぎなんだよな。いくら都市でも、あそこまで利益重視の経営ばっかしてたら、そりゃいつかは持たなくなるだろうが」

 

D社4区担当調律者スージーが、優雅に脚を組んだまま上品に頷く。

 

「ふふ、まあW社の自業自得ですわ。確かもう既にW社...Warp Corporationの後釜を狙う企業も居るのでしょう?」

 

マンハッタンカフェがコーヒーを淹れながら答える。

 

「...リンバスカンパニーと協力してるウェイフェアラー・カンパニーですね。本格的にW社とことを構える準備は進めているようです。」

 

テトが目を丸くする。

 

「つまり近々翼戦争が起こるってことなの?」

 

テンはようやくコーヒーを受け取り、一口も飲まないまま答えた。

 

「十中八九そうなるから、その場合の都市への影響やA社の対応なんかの概算をしてたのよ。そこのクモハタさんの指示で」

 

最後の一言だけ、少し強めだった。

 

クモハタは湯呑みを傾けながら、穏やかに言う。

 

「必要なことだからね。翼が折れるかもしれないという一大事に備えるのは、頭としても必要さ」

 

言い方だけ聞けば実に柔らかい。

だが内容は重い。

翼の一つが経営危機に陥り、後継企業との衝突がほぼ確定している。

それが都市にどういう連鎖を生むか、頭としてどう裁定し、どう管理するか――その試算をしているのだ。

 

テミーが首を傾げた。

 

「でもウェイフェアラー・カンパニーとW社が争うぐらいなら、そこまで大きくはならないんじゃない? 23区はやばいことになりそうだけど」

 

ルリがすぐに返す。

 

「影響が23区だけで済むなら良いんだけどな。煙戦争の時みたいに都市全域にまで影響が及ぶなら、アタシらの仕事だって増えるんだからよ」

 

スージーも、口調は優雅なまま現実的な見立てを出す。

 

「しかし、所詮今のWarp社に味方する翼や組織は存在しないのでしょう? でしたら、きっと心配はいりませんわ。まあテンさんの仕事は増えるでしょうけど」

 

テンは苦い顔のままコーヒーをひと口飲んだ。

 

「そういうこと。連中はほとんど知らないだろうけど、翼になるなら頭の審査と特異点の特許認定は必須。その仕事は基本、調律者の役目。23区のWの翼の場合、その業務、私が担当するの!」

 

最後だけやけっぱちみたいな勢いになった。

 

マンハッタンカフェが、ようやくテンの前へカップを置く。

 

「...テンさん、コーヒー入りましたよ」

 

テンはすぐに両手で受け取り、深く息をつく。

 

「ありがとカフェ。...はぁ、今だけは苦いのが染みる...」

 

その様子を見ていたクモハタが、ふと思いついたように言う。

 

「テン、良かったら僕のお団子何本かあげるけど欲しいかい?」

 

テンが即座に顔を上げた。

 

「あ、それなら是非...」

 

テトもすかさず便乗する。

 

「クモハタさん、私も欲しいけど良い?」

 

「うん、別に構わないよ」

 

クモハタはそう言って、どこからともなく団子を数本取り出した。

 

その動作があまりにも自然で、一瞬誰も突っ込まなかった。

 

テトが一本受け取って笑う。

 

「サンキュー」

 

スージーが優雅に覗き込む。

 

「三色団子によもぎ団子、餡団子...よりどりみどりですわね」

 

クモハタは穏やかに微笑む。

 

「飽きないようにいくつか揃えてるのさ」

 

ルリは呆れたように肩をすくめた。

 

「あんたの団子好きも筋金入りだな」

 

マンハッタンカフェは、自分のカップを持ちながら無言でその光景を見ていた。

 

(...クモハタさんって、気がつけば団子を取り出してますけど、いつもどこに入れてるんでしょう...?)

 

休憩室の空気は、一見するとどこにでもある職場の休憩時間のようだった。

過労をぼやく者がいて、コーヒーを淹れる者がいて、差し入れのお菓子を分け合う者がいる。

 

だが、その雑談の中身は、

 

* 経営危機に瀕した翼の監視

* 企業間戦争の予測

* 都市全体への影響試算

* 特許認定と翼審査

* 頭としての介入基準

 

と、常人には一生縁のないものばかりだった。

 

これが調律者たちの日常。

都市を上から見下ろし、必要なら滅ぼし、必要なら書類を書き、必要なら休憩室でかりんとうを齧る。

 

その全てが、頭という巨大な秩序の中では何ひとつ矛盾していなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。