ウマ娘×ProjectMoon   作:桜餅 ステラ

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Star of the City

ハナ協会本部、資料庫。

 

ハナ協会の資料庫は、都市の中でも特に静かな場所だった。

白を基調とした廊下を抜けた先にある広大な保管区画には、フィクサーたちの戦歴、協会が扱ってきた案件の記録、都市災害に関する判定書類、そして各協会の歴史資料が厳重に保管されている。

 

そこには、都市で起きたほとんどすべての出来事が、誰かの手によって整理され、分類され、記録として残されていた。

戦いも、崩壊も、伝説も、そして敗北も。

都市が生んだすべてが、ここでは“資料”になる。

 

その資料庫を、今日は二人のウマ娘が訪れていた。

 

先に足を止めたのは、ハナ協会本部長のドリームジャーニーだった。

チェーン付きの縁なし眼鏡を掛けた黒髪のウマ娘。

物腰は穏やかだが、どこか協会の運営を支える者特有の冷静さと、必要なら一切の感情を切り捨てるような気配を持っている。

 

「オル、久しぶりにハナ協会に来たと思えば、資料庫に用があるなんて珍しいね」

 

そう声をかけられた相手――オルフェーヴルは、白く豪奢な衣装を纏っていた。

派手で、傲岸で、見るからに只者ではない。

だがその瞳は驚くほど落ち着いていて、資料庫という場にもよく馴染んでいた。

 

A社専属フィクサー。

特色フィクサー「金色の暴君」。

今の彼女は、都市の支配組織であるA社に雇われた存在だ。

 

「うむ、少し昔の都市災害の記録を閲覧しようと思ってな」

 

オルフェーヴルは、ただの興味ではなく、明確な目的を持ってそう言った。

かつて“星”と呼ばれた災害がどう生まれ、どう堕ち、どう終わったのか。

それを知ることには、彼女なりの意味がある。

 

ドリームジャーニーは一瞬だけ目を細め、すぐに穏やかに頷く。

 

「昔の都市災害?」

 

「うむ。今でも都市災害どもは毎日のように発生し、そして消えていく。だが、都市災害の最上位『都市の星』には、古くから生き残ってる強者もいる」

 

オルフェーヴルはゆっくりと資料棚へ視線を向けた。

 

「中には特色フィクサーも殉職するような案件も少なくない。...故に今の星に負けぬよう、かつて堕ちた星どもがどのように生まれ、そして消えたのか、今一度学び直そうと思ってな」

 

その言葉に、ドリームジャーニーは少しだけ微笑んだ。

 

「なるほど、温故知新だね。それなら私も手伝うよ」

 

「うむ」

 

「少し待っていて。今、いくつか資料を持ってくるよ」

 

「感謝する姉上」

 

ドリームジャーニーは資料庫の奥へと消えていった。

本棚の合間をすり抜けるその姿は、本部長というより、すでにここに住み着いた管理者のようでもある。

 

しばらくして、彼女は両腕にいくつかのファイルを抱えて戻ってきた。

 

「ひとまず、ここ30年間の都市の星の資料を持ってきたよ」

 

それを見たオルフェーヴルは、少しだけ眉を上げる。

 

「...思いのほか少ないな。30年にしては少々厚めのファイルが3冊だけか」

 

「うん、都市の星まで指定されることは稀だからね。案外少ないんだよ」

 

都市災害の記録は膨大でも、“都市の星”だけを切り出すと、その数は思ったより絞られる。

だからこそ、それぞれの案件は重い。

一つの記録に、多くの死と、多くの損失と、多くの都市の歪みが詰まっている。

 

オルフェーヴルは、資料を受け取ると机に広げた。

そして最初のページをめくり、目を通し始める。

 

「...ふむ、暁の残影、夕焼けの凝光、秘境の黄昏...どれもその時代で悪名高い星だったようだが...妙に凝った名前が多いな」

 

ドリームジャーニーは少しだけ誇らしげに言う。

 

「都市の星の脅威を知らせるには相応の名前が必要だからね。ハナ協会のネーミングセンスをフルに働かせて命名してるんだよ」

 

「ほう」

 

オルフェーヴルは続きを追いながら、淡々と頷いた。

 

「しかし、どれも多大な犠牲は出たが、最終的には特色や協会、翼などの手によって鎮圧されたか」

 

「そうだね。都市の星といえども永遠じゃない。いつかは必ず堕ちる時が来る」

 

ドリームジャーニーの声は静かだった。

都市の災厄がいつか終わることを、彼女は知っている。

だがそれは救済ではない。

ただ“次の災厄”が来るだけだ。

 

オルフェーヴルは数ページめくり、少しだけ表情を変えた。

 

「...ロボトミーコーポレーションが健在だった頃より前の時代は、そこまで都市の星は多くないな。数年に一度現れるかどうかか....」

 

「うん。...だけど、ロボトミーコーポレーションが崩壊してから、ねじれ現象が起きるようになった。ねじれの場合、裏路地だけじゃなくて本来安全な巣でも容赦なく発生する...その結果、都市の星に昇格する災害が増えたんだよ」

 

オルフェーヴルは目を細める。

 

「...都市災害は損害額やその案件への依頼金の額でランクが決まるのが常だが、それでもこうしてみるとここ数年の都市の星の発生率は異常であるな」

 

ドリームジャーニーは苦笑する。

 

「むしろ、ねじれじゃない都市の星の方が今や珍しいからね...」

 

少し間を置いて、彼女は例を挙げた。

 

「近年だと、南部ツヴァイ協会を半壊させた人差し指の神託代行者リアンとか、8人のシェフ、血染めの夜辺りかな...まあ後者2つは後にねじれになったけど」

 

オルフェーヴルは資料を見たまま、淡々と補足する。

 

「...8人のシェフは、確か7人が自滅したあと、最後の1人は青い残響率いる残響楽団に合流したんだったな。血染めの夜も、かつて黒い沈黙とチャールズ事務所隊長ローランの手によって堕ちたが、後に残響楽団に加入し、再び悪事を働いた...」

 

「だけど残響楽団は図書館で壊滅、そして同じく都市の星だった図書館も頭によって不純物に指定されて外郭に追放されたね」

 

「...うむ」

 

オルフェーヴルは最後まで読み切ると、静かにファイルを閉じた。

 

しばらく、資料庫には紙の擦れる音だけが残っていた。

 

「...やはり、昔と今では都市災害の性質も変わってるな」

 

オルフェーヴルは考えるように言った。

 

「ねじれが存在しなかった頃は、組織や極稀に突出した個人が星に指定されるぐらいだったが、今では都市の星クラスのねじれが頻繁に発生するようになっている」

 

「そうだね」

 

ドリームジャーニーは、椅子の背にもたれながら答える。

 

「...まあ、都市のフィクサーや裏路地の組織の幹部など、実力者たちの水準は年々上昇傾向にある。都市災害が強くなるなら、こっちも強くなればいいだけだよ」

 

その言い方は非常にハナ協会らしかった。

被害が増えるなら、処理側も強くなる。

都市はそうやって均衡を保っている。

 

オルフェーヴルは少しだけ口元を緩めた。

 

「であるな。...ふむ、機会があれば久々に都市の星の案件を引き受けるのも悪くないな」

 

ドリームジャーニーがすぐに反応する。

 

「オルが出張るのかい?」

 

「A社専属となってからというのも、余は調律者の手伝いの仕事がほとんどになった。無論、鍛錬は欠かしておらぬが...前線に出ることは減った」

 

オルフェーヴルは、どこか少しだけ物足りなさそうに言った。

 

「...少々、戦闘の感覚が鈍っておるような気がしてな」

 

その一言には、ただの戦闘狂ではない、実力者ゆえの感覚の鋭さがあった。

前線に立つ機会が減ると、腕は鈍る。

都市では、それが命取りになることもある。

 

ドリームジャーニーは頷いた。

 

「なるほどね。なら、適当な都市災害があればこっちから回すよ。大体、都市悪夢上位〜都市の星下位ぐらいの案件で良いかな?」

 

オルフェーヴルは少しだけ首を傾げる。

 

「余は都市の星上位でも構わぬのだが...姉上がそう言うならそれで良い」

 

その返しには、表向きの尊大さと、姉の言うことには一応従う柔らかさが同居していた。

 

ドリームジャーニーは、その言葉にほんの少しだけ安堵する。

 

「分かったよ。それと、読み終わった資料は私が片付けておくね」

 

「うむ」

 

オルフェーヴルは静かに立ち上がる。

 

「では余はそろそろA社に戻る。またな、姉上」

 

「うん、またね」

 

オルフェーヴルが資料庫を出ていく。

白く整った廊下を、金色の装飾を纏った背中が遠ざかっていった。

 

扉が閉まると、ドリームジャーニーはしばらくその方向を見つめたあと、小さく息を吐いた。

 

「...都市の星...」

 

資料をまとめながら、彼女は少しだけ口元を綻ばせる。

 

「オルは大きい案件でも良いって言ってたけど、万が一が起こらないように、小さめの案件にしておこうかな」

 

そして、ふっと笑った。

 

「...オルが知ったら拗ねるだろうから、バレないようにね...ふふ」

 

資料庫の静けさに、姉の顔をした本部長の小さな独り言だけが残った。

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