C社3区 裏路地
都市の中央――1区から3区。
A社、B社、C社が支配するこの領域は、他の地区と比べて明らかに“整っている”。
巣は頭の直轄。
完全な管理下に置かれたそこは、都市の中でも別格の安全地帯であり、上流階級の人間だけが住むことを許される場所だった。
そして、その外側。
裏路地。
本来ならば無秩序と暴力に満ちるはずの領域だが、この中央区においては少々事情が違う。
五本指――裏社会の支配者たちの本部が存在し均衡を保っているため、一定の規律が存在している。
もちろん、安全ではない。
だが、“ルールに従えば生きられる”程度には整えられている。
そんな3区の裏路地を、ひとりのウマ娘が歩いていた。
白地に金色の装飾を纏った、豪奢な姿。
特色フィクサー――「金色の暴君」
オルフェーヴル。
「……確か、姉上によればこの辺りに幻想体が出現したはずだが……」
彼女の任務は単純だった。
出現した幻想体の討伐。
災害ランクは都市の星下位。
だが、対象は幻想体。
“死なない存在”というだけで、一般のフィクサーにとっては厄介極まりない相手だ。
オルフェーヴルは足を止める。
「……む」
気配。
裏路地の空気が、わずかに歪む。
そして、次の瞬間。
影の中から、それは現れた。
――さすらいの狐。
体毛は淡く濁った橙色。
だがその体躯は、狐というより狼に近い。
四肢は太く、しなやかで、明らかに戦闘に適した構造。
そして何より異様なのは――
口に咥えた、巨大な傘。
さらに背中には、同じような傘が幾本も突き刺さり、まるで花のように広がっている。
幻想的でありながら、どこか歪で、不気味。
狐はオルフェーヴルを視認すると、低く唸った。
敵意。警戒。殺意。
すべてが混ざった音だった。
「……こやつか」
オルフェーヴルは静かに槍を構える。
金色に輝く、細身の長槍。
「随分みすぼらしい姿だが……油断はせぬぞ」
視線が交差する。
その瞬間――
戦いは始まった。
---
A社本社 調律者執務室
同時刻。
都市の頂点に位置する者たちは、その戦いを“観察”していた。
簡易投影盤に映る、3区裏路地の映像。
そこに映るのは、オルフェーヴルと幻想体。
「……オルフェーヴルさん、久しぶりに都市の星の任務を受けたんですね……」
静かな声で呟くのは、調律者マンハッタンカフェ。
手にはコーヒーの入ったマグカップ。
その視線は、どこか遠くを見ているようで、しかし確実に現場を捉えている。
「うん。A社専属とはいえ、たまには外に出させてもいいだろうからね」
隣で湯呑みを傾けるのはクモハタ。
「今一度オルフェーヴルの実力を測る良い機会でもある」
「オルフェ、無様な戦いはしないようにね」
頬杖をつきながら、興味なさげに見ているのはジェナ。
だが、その瞳は鋭い。
「……相手はさすらいの狐ですか。分類番号はT-02-11-03。危険度HE-04ですね」
「うん、幻想体の中では中堅クラスかな」
「HEね。それならオルフェであれば余裕で勝てるでしょう」
「……まあ、五本指幹部などの都市上位層なら、WAWクラスでさえも2撃で終わらせることも珍しくありませんからね」
「僕たちなら言うまでもないけど」
ジェナがくすりと笑う。
「ふふ、オルフェは何発で終わらせるかしら?」
---
裏路地
狐が先に動いた。
地面を蹴り、一直線に突進。
傘が振り下ろされる。
空気を裂く音。
だが――
「ふっ!」
オルフェーヴルの姿は、すでにそこにはない。
跳躍。
一瞬で上空へ。
「はぁ!!」
次の瞬間、槍が投擲される。
一直線。
迷いも、溜めもない。
純粋な暴力。
ドゴォン!!!!
衝撃が裏路地を揺らした。
槍は、さすらいの狐の頭部を貫通していた。
一撃。
ただ、それだけ。
狐は呻く暇すらなく、その体を崩し――
やがて“卵”へと変化する。
静寂。
オルフェーヴルは地面に降り立つ。
「……ふん、口ほどにもない」
---
調律者執務室
「……危険度HEとはいえ、一撃で終わらせたか」
クモハタが静かに言う。
「流石、金色の暴君だね」
「……A社が雇っているフィクサーですから」
マンハッタンカフェは淡々と続ける。
「これぐらいは当たり前です」
ジェナは小さく笑った。
「やるじゃない、オルフェ」
---
裏路地
オルフェーヴルは槍を引き抜く。
その動作は、あまりにも自然だった。
「……これが幻想体の卵か」
足元に転がる、脈打つような殻。
「……確か、これも回収対象であったな」
彼女はそれを拾い上げる。
戦いは、あまりにもあっけなく終わった。
---
数時間後
ハナ協会本部 本部長室
「オル、無事に終わったんだね。どうだった、久しぶりの任務は?」
ドリームジャーニーが穏やかに問いかける。
「所詮幻想体ごとき、余の敵ではない。大したことはなかった」
即答だった。
「ふふ、まあ危険度HEならそんなものだよ。ひとまずご苦労さま」
オルフェーヴルは腕を組む。
「……しかし、都市の星にしては随分弱かったな」
ドリームジャーニーは少しだけ説明するように言う。
「うん。幻想体に関しては“個体”じゃなくて幻想体という“種別”で都市の星に指定してるからね。強さにはかなり幅があるんだよ」
「……なるほど」
「それに、幻想体は倒しても終わりじゃない。卵になって、また復活する。ねじれより厄介な部分もある」
「不死……か」
オルフェーヴルは静かに頷く。
「では、卵も引き渡した。余はA社に戻る。あとは任せた姉上」
「うん、気をつけてね」
オルフェーヴルは振り返ることなく退室した。
扉が閉まる。
静寂。
ドリームジャーニーは机の上の記録を見ながら、小さく息を吐く。
「……ひとまず、この卵はディエーチ協会に渡して管理を任せようか」
そして、少しだけ困ったように笑う。
「……オルにHEクラスは脅威じゃなかったみたいだし、次はもう少し上の任務にした方がいいかな」
だが、そのすぐ後に表情が曇る。
「でも……危険な任務でオルが危ない目に遭うのは避けたいし……」
本部長としての判断。
姉としての感情。
その二つが、静かにせめぎ合う。
「……あんまり過小評価しすぎると、オルも拗ねるし……」
小さく苦笑する。
「……困ったな、本当に」
本部長室の外では、都市がいつも通り動いている。
だがこの部屋の中では――
ただ一人の姉が、妹のために悩んでいた。