A社1区、A社本社。
ジェナの執務室。
正午を少し過ぎた頃。
A社を含めた多くの翼では、ちょうど昼休憩の時間に入っていた。
都市における昼休憩は、決して平和の象徴ではない。
ただ単に、誰もが少しだけ戦いと業務を中断し、食事を取り、椅子に座り、残り半日のために体力と気力を回復させる時間だ。
それでも、その数十分だけは、都市のどこにいようと、ある程度は似たような空気になる。
A社本社の中枢である調律者執務室も、例外ではなかった。
机の上には一時保留の書類。
端に寄せられた報告書。
そして、昼食を終えたばかりの二人の女性が、それぞれ思い思いに休憩を取っている。
ジェナは椅子に深く背を預け、片手にコーヒーを持っていた。
一方、オルフェーヴルは買い物袋を脇に置きつつ、少しだけ目を細めている。
どうやら、食後の満足感がまだ残っているらしい。
「さてと、昼飯も食べたし、しばらくはゆっくり出来るわね」
ジェナがそう言うと、オルフェーヴルは腕を組んだまま少しだけ視線を向けた。
「……それにしてもジェナもサンドイッチなんて食すのだな。それもファストフード店のものとは……」
ジェナは少しだけ肩をすくめる。
「別に調律者だって、値段だけで食べるものを決めてるわけじゃないわ。ハムハムパンパンのスペシャルサンドイッチは、私から見ても良い一品だから気に入ってるのよ。オルフェーヴルだって結構美味しそうに食べてたじゃないの」
オルフェーヴルは、珍しく素直にうなずいた。
「まあ……たしかにあのサンドイッチは美味であった。巣、裏路地問わずあらゆる場所に出店してるとは聞いていたが、A社の巣にまで出店してるとはな……」
ハムハムパンパン。
都市に存在する人気ファストフードチェーン。
サンドイッチやフィッシュ&チップスで知られ、裏路地でも巣でも構わず出店している。
どこでも一定の品質を保ち、しかも値段が極端に高くないため、都市ではかなり評判が良い。
ジェナはコーヒーをひと口飲み、満足げに言った。
「それだけ人気なのよ。コスパも良いし味も良いしで最高の店なんだから」
オルフェーヴルは少し考えてから、ふむ、と小さく頷く。
「次はフィッシュアンドチップスでも購入してみるか……」
昼食の話が一段落すると、自然と話題は次へ移る。
ジェナはふと思い出したように、オルフェーヴルの脇に置かれた買い物袋へ目をやった。
「そういえばオルフェ、さっき買い出しに行った時に月刊フィクサーズ買ってたわよね。貴女もそういうの読むの?」
「当たり前であろう」
オルフェーヴルはあっさり答えた。
「同業者の情報収集は欠かさないようにしているからな。都市の有力フィクサーは大体載っているのが興味深い」
月刊フィクサーズ。
都市に存在する三大フィクサー雑誌のひとつ。
フィクサー業界の広報誌に近い立ち位置であり、特色級や一級フィクサーなどの情報が広く載るため、都市の中でも意外と影響力がある。
その雑誌を読むことが、いつしか一種の文化になっているのが都市らしいところでもあった。
「確か、最近は独自にフィクサーの格付けとかランキングも付け始めたそうだけど、そういうのも見るの?」
「……まあ、少しはな」
オルフェーヴルはそう言うと、買い物袋から折りたたまれた雑誌を取り出した。
表紙には、特集記事とともに格付けランキングの見出しが踊っている。
彼女は雑誌を開き、黙々と読み始める。
「……ふん、相変わらず月刊フィクサーズのランキング1位は藍色の老人か。大湖での活躍が随分凄まじいようだな」
ジェナは少しだけ納得したように頷いた。
「ああ、現役最強候補の一人だったわね。特色でも指折りの存在だとか」
オルフェーヴルはページをめくりながら、評価の理由を淡々と述べる。
「大湖の位置する都市南部は遠いが、会う機会があれば一度手合わせしてみたいものよ。……次点は紫の涙か。まあ、あやつであれば上位には入ってくるであろうな」
ジェナは興味深そうに目を細めた。
「オルフェ、そのランキングで上位に選ばれる傾向とかってあるの?」
「基本的には直近の実績や活動記録を元に評価されるからな。現役で活発的に活動しているフィクサーほど上位に選ばれやすい。逆に実力はあっても管理職に就いているなどで前線に出ないと、評価はやや落ちる。それでも特色などはそのネームバリューで上位には入ってくるが」
「じゃあオルフェはどこらへんかしら?」
オルフェーヴルは雑誌を見たまま、少しだけ間を置いた。
「一応、このランキングは独自のものとはいえ都市のフィクサー上位100人を選出しているが……」
彼女の目が止まる。
「……む、17位……前回よりは上がったな」
ジェナは即座に突っ込んだ。
「前回は何位だったの?」
「……18位」
「大して変わってないじゃないの」
「別に構わぬだろう」
オルフェーヴルは少しだけ不機嫌そうに雑誌を読み進める。
「……ふむ、A社専属という地位が一定の評価に値するが、目新しい実績に欠けるか……」
ジェナは、まるで業務報告のように淡々と返した。
「妥当な評価ね。貴女あまり前線に出ないから、他人から見たら評価がしにくいのよ」
「チッ……私だって本気を出せばもっと……」
オルフェーヴルが言いかけたところで、ジェナは雑誌のページを覗き込む。
「ねえオルフェ、そのランキングって特色以外のフィクサーも載ってるのかしら?」
「ああ、1級で上位に入ってるのは……シ協会の南部支部長ユジンが8位、リウ協会南部1課部長のシャオが7位だな」
彼女はページを指で叩いた。
「どちらも戦闘専門協会の幹部で、つい最近、都市の星の単独暗殺を決めたユジン、シャオも都市悪夢2件と都市の星1件の鎮圧で陣頭指揮を取ったことが評価されたらしい」
「へぇ、凄いのね」
「私から見ても優秀な二人よ」
ジェナはにやりと笑った。
「貴女は17位だけどね」
「やめろ、弄るな」
「はいはい」
ジェナはコーヒーを飲み干し、少しだけ楽しそうに言う。
「ならもっと活躍するか働きなさい」
「くっ……来月のランキングでは、せめて一桁には……!」
オルフェーヴルはそう言って雑誌を閉じた。
だが、その表情には不満だけでなく、妙な闘志もあった。
ランキングとは、結局のところ外から見た評価でしかない。
それでも、上を目指したくなるのが実力者というものだ。
都市では、強さは実績として数字にされ、名前にされ、雑誌に載る。
そして載った以上は、比べられる。
ランキングは単なる娯楽でありながら、フィクサーたちのプライドを静かに煽る。
ジェナは椅子の背に寄りかかりながら、そんなオルフェーヴルを見ていた。
A社専属の特色フィクサー。
昼休憩の短い時間であっても、彼女の中ではまだ“順位を上げる”という戦いが続いている。
都市の昼は、短い。
だがその短さの中にも、競争と評価と矜持が詰まっている。