A社1区、A社本社。
ジェナの執務室。
ある日のA社本社は、いつも通り黒と金の秩序に包まれていた。
だが、執務室の空気はどこか少しだけ違う。
机の上には整理された書類。
隅にはまだ処理途中の報告書。
そしてその部屋には、仕事を進めるジェナとオルフェーヴルのほかに、二人の来客がいた。
A社1区担当調律者クモハタ。
そしてK社11区担当調律者ルミ。
クモハタが静かに口を開く。
ジェナ「模擬試合……ですか?」
クモハタ「うん」
オルフェーヴルと向かい合うように立ったまま、クモハタは落ち着いて頷いた。
「K社理事のアルフォンソが、A社のオルフェーヴルと、K社が雇ってるフィクサー“ジークフリート”との模擬試合を組んでみたいと言っていてね。A社の上層部も、オルフェーヴルの実力を示す良い機会ということで承認したから、伝えに来たんだ」
その言葉に、オルフェーヴルが雑誌を閉じる。
「ジークフリート……確か、月刊フィクサーズのランキングでも上位に食い込んでいたな」
ルミは淡々と補足する。
「ええ、K社の月給取りなんて言われますけど、都市の最強フィクサー談義にもそれなりに話題に上がるぐらいには強いですね」
オルフェーヴルは少しだけ目を細めた。
「ふむ……なら、私としても一度手合わせしてみるのも悪くない。あやつの噂は聞いておったからな」
クモハタは軽く頷く。
「ということだからジェナ、今日1日オルフェーヴルのことを借りて行くよ」
ジェナは特に引き止める様子もなく、事務的に答えた。
「分かりました。オルフェ、分かってると思うけど問題は起こさないようにね」
「分かっておる」
オルフェーヴルは即答した。
「ルミ、11区での裁定は君に一任しているから、あとは任せたよ」
「かしこまりました。それではオルフェーヴル、行きますよ」
「ああ」
ルミに連れられ、オルフェーヴルは執務室を後にした。
---
数時間後。
K社11区、K社本社。
K社は高度なナノテクノロジーを保有する翼として知られていた。
特産品は、瞬く間に生体を治癒する薬品――HPアンプル。
その巣は、緑を基調とした未来的な景観に満ち、どこかサイバーパンクの空気すら漂わせる、科学の匂いの濃い都市だった。
その中心にそびえるK社本社。
オルフェーヴルはルミとともに、その入口をくぐった。
「……ここがK社か」
「ええ。まずはアルフォンソ理事に会いに行きましょう」
二人は本社上層階へ向かう。
理事たちの執務室が並ぶ区画の一角――そこに、今回の模擬試合の発案者が待っていた。
扉を開けると、室内にはすでにK社理事アルフォンソが座っていた。
「ご無沙汰してます、ルミさん。お待ちしてましたよ」
「久しぶりですね、アルフォンソ。貴女も元気そうで何より」
アルフォンソは柔らかく微笑み、それから初対面の相手へ視線を移した。
「そして……初めましてですね、金色の暴君。K社理事のアルフォンソです」
「オルフェーヴルである」
オルフェーヴルは短く名乗る。
「……今日の模擬試合、発案は貴殿らしいな」
「左様です。K社のフィクサー、ジークフリートと、頭が雇ったと噂の特色の試合を見たいと思いましてね」
アルフォンソは視線を細め、続けてルミへ軽く確認を取る。
「……ルミさん、構いませんよね?」
「A社は既に認めてますから問題はありません。ただ、あまり時間は取れないので出来るだけ手短にお願いしますよ」
「ええ、ご心配なく。では早速向かいましょうか」
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K社本社、訓練室。
そこにいたのは、いかにも“派手な戦士”といった風体の男だった。
エキセントリックなスーパーヒーローのような勝負服。
派手なメイク。
そして、存在感そのものが濃い。
K社が雇うフィクサー、ジークフリート。
向かい合うのは、白く豪奢な勝負服を纏ったオルフェーヴル。
金色の槍を手にした彼女は、まるで舞台に立つ貴族のようでもあり、同時に獰猛な戦士でもあった。
訓練室の端では、アルフォンソとルミが試合の立会人として見守っている。
ジークフリートが大きく笑う。
「あんたがA社が雇ったという金色の暴君か! 俺様はジークフリートだ!」
オルフェーヴルは冷ややかに相手を見た。
「オルフェーヴルである。……貴殿がジークフリートか。随分派手な格好だな」
「ははは! これは俺のフィクサーとしての勝負服だからな!」
ジークフリートは胸を張る。
「あんたこそ随分豪奢な格好じゃないか!」
「私はこれでも機能性を取り入れている。……今日はあくまで模擬試合とのことだが、余も手加減はせぬぞ」
「ああ! そうこないとな!」
ジークフリートは嬉しそうに拳を鳴らす。
「アルフォンソ理事からも、今日ばかりはお遊びなしの本気で行けと言われてるし、俺も久々に腕がなるさ!」
「ふん……良いだろう」
アルフォンソが静かに微笑む。
「ふふ、楽しみね」
ルミは腕を組み、淡々と開始を告げる。
「では2人とも、そろそろ始めてください。試合時間は3分、どちらかが行動不能になったらその時点で終了です」
「承知した」
オルフェーヴルは槍を構える。
ジークフリートも、今度はふざけた様子を消し、本気の目つきになる。
「……始め」
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合図と同時に、オルフェーヴルが動いた。
ウマ娘の脚力。
一気に踏み込み、ジークフリートへ距離を詰める。
そのまま槍を振り下ろす。
ジークフリートは右腕を上げる。
「おっと!」
ガキン!
あっさりと受け止めた。
「ぬ……!」
「ははは! そう簡単にはやられないさ!」
「まだだ!」
オルフェーヴルは即座に槍を引き、間を置かず連撃へ移る。
ガキン! キン! キン! と金属音が連続し、訓練室に火花が散る。
ウマ娘としての機動力。
金色の槍による高速の突き。
そこに脚技と体術も混ぜながら、オルフェーヴルは攻め続ける。
だが、ジークフリートもただの見世物役ではない。
「ほう! 中々良い槍じゃないか! ならこっちも出し惜しみはなしだな!」
左腕の義手からレーザーが放たれる。
高出力の光が一直線に走る。
オルフェーヴルは槍でそれを弾く。
ジークフリートは右腕で追撃を叩き込み、オルフェーヴルはそれを脚で捌く。
互いに一歩も引かない。
試合のはずなのに、そこには完全に実戦の緊張感があった。
ルミが静かに言う。
「ふむ、ジークフリートも負けてませんね。流石はK社お抱えのフィクサーなだけはあること」
アルフォンソも、満足そうに頷く。
「ええ。少々目立ちたがり屋な点に目を瞑るぐらいには頼りにしてます」
その間にも戦いは続く。
ジークフリートが腕を振るえば、レーザーと打撃が飛ぶ。
オルフェーヴルが脚を伸ばせば、蹴撃と槍撃が返る。
槍が空を裂き、義手がそれを受け止め、視線がぶつかる。
「その程度か、金色の暴君! 俺はまだまだ行けるぞ!」
「舐めるな!」
ガキン! キン! ドォン!
オルフェーヴルの脳内では、すでに次の一手が組み上がっていた。
攻め手に欠ける。
決定打がない。
ならば、最後に一気に仕留めるしかない。
――一か八かで行くか。
「ふん!」
オルフェーヴルは突如、槍を凄まじい勢いで投擲した。
ジークフリートが笑う。
「おっと! そうは問屋が……」
だが、彼はその槍を右腕で受け止める。
容易く。
流石の反応速度だった。
しかし――その瞬間。
「はぁ!」
受け止めたことで、ほんの一瞬、動きが止まる。
その隙を、オルフェーヴルは見逃さなかった。
いつの間にか踏み込んでいた彼女の横蹴りが、ジークフリートの頭部へ叩き込まれる。
「うおっと!?」
ジークフリートの身体が大きく揺れた。
ウマ娘の蹴りを真正面から受ければ、さすがに無傷では済まない。
オルフェーヴルはそのまま追撃へ移ろうとする。
だが――
「3分経過。そこまで」
ルミの冷静な声が訓練室を切り裂いた。
「チッ……あと少しだったのに……」
「いたた……金色の暴君! 最後の蹴りは俺と言えども結構効いたぞ! 凄いじゃないか!」
「ふん、当然である」
ジークフリートは、痛がりながらも楽しそうに笑っていた。
「なあ金色の暴君! 良かったら今度の『巣の中で優秀なフィクサーたちの集い』に参加しないか? 俺様以外にも強いフィクサーが集まったりするぞ!」
オルフェーヴルは少しだけ考え、それから答える。
「……まあ、考えておこう」
アルフォンソが立ち上がる。
「ご苦労さま、ジークフリート。中々良い戦いでしたね」
ルミも静かに言う。
「オルフェーヴルもA社のフィクサーとして恥じない戦いぶりでしたよ。それではアルフォンソ理事、私たちはこれで失礼しますよ」
「ええ。金色の暴君も、また会いましょう」
「うむ」
オルフェーヴルとルミは訓練室を後にし、K社を出る。
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数時間後。
A社本社、ジェナの執務室。
戻ってきたオルフェーヴルは、クモハタの前で模擬試合の報告をしていた。
「無事に終わったみたいだね。どうだった、オルフェーヴル。ジークフリートの実力は?」
オルフェーヴルは、少しだけ面白くなさそうに鼻を鳴らす。
「ふざけた見た目はしておったが、翼に雇われているだけはある実力の持ち主だった。実力だけなら特色級でもおかしくなかったな」
クモハタは満足げに頷いた。
「そう。オルフェーヴルもそれなりに苦戦したようだし、良い鍛錬にはなったようでなによりだよ。じゃあ、今日はもう仕事終わりで良いから休んでもらって構わないよ」
「そうか、分かった。では失礼する」
オルフェーヴルが部屋を出ると、クモハタは残ったルミへ視線を向ける。
「……さて、ルミ。アルフォンソについては問題なかったよね?」
「はい。アルフォンソも今回の模擬試合については純粋な興味本位だったようですし、特に禁忌に抵触するようなことはなく終わりました」
「そう、なら問題ないね。11区のことは引き続き頼んだよ」
「かしこまりました」
A社の執務室に、再びいつもの静けさが戻る。
だが、その日の模擬試合は、オルフェーヴルにとってもK社にとっても、十分に意味のあるものだった。
都市の強者同士がぶつかる。
ただそれだけのことが、立場と技量と誇りを静かに確かめる場になる。