ウマ娘×ProjectMoon   作:桜餅 ステラ

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暴君と狩人

アラス工房事務所。

 

都市の工房は、翼や協会ほど表舞台に立つことは少ない。

だが、都市の戦いを支える実用品の大半は、結局こうした工房の手にある。

武器。

防具。

補助具。

その一つ一つが、都市で生き残るための“現実”だった。

 

アラス工房は、槍を扱う工房として知られている。

巨大なランス、長槍、突進用の武装。

特に速度を重視した装備に強く、使用者の機動力を極限まで引き上げる武器を多く製造していた。

都市の中でも上級工房に数えられるだけあり、修繕の腕も確かだ。

 

その日、そこを訪れていたのは、A社専属の特色フィクサー――オルフェーヴルだった。

 

白く豪奢な衣装に身を包み、金色の槍を携えた“金色の暴君”。

彼女は無言で、自分の槍の修繕を待っていた。

 

工房の中では、フィクサーたちが忙しなく動いている。

金属を叩く音。

研磨機の回転音。

火花の散る音。

都市の武器が、日常のなかで生まれ、整えられていく。

 

しばらくして、工房の職人がオルフェーヴルの元へやってきた。

 

「金色の暴君様、お待たせしました。武器の修繕が終わりましたよ」

 

「うむ」

 

オルフェーヴルは槍を受け取り、柄、穂先、継ぎ目をひと通り確認する。

ほんの少し角度を変えるだけで、刃の光り方が違う。

その仕上がりを見て、彼女は静かに頷いた。

 

「……ほう、相変わらず見事な仕事振りだ。流石はアラス工房だな」

 

「ありがとうございます。ではお代の方は……」

 

オルフェーヴルは何でもないように、アタッシュケースを差し出した。

中には、十分すぎるほどの札束が詰められている。

 

「このぐらいで構わぬか?」

 

「……はい、確かに。毎度ありがとうございました」

 

都市では、信頼は金と実績で測られる。

工房も例外ではない。

こうして真っ当な金を払い、真っ当な仕事を受けることができるなら、それだけで十分に“まとも”と言えた。

 

オルフェーヴルが槍を担ぎ直し、帰ろうとした、その時だった。

 

「あっ! オルフェーヴルさん!」

 

聞き覚えのある、明るい声。

 

オルフェーヴルはわずかに目を細める。

 

「む……」

 

振り返ると、そこにいたのは白と青を基調にした軽装の少女だった。

青鹿毛のウマ娘。

槍を携え、軽快な足取りで近づいてくる。

 

「空色の狩人……」

 

「お久しぶりです! 元気でしたか?」

 

デアリングタクト。

特色フィクサーの中でもかなり若手ながら、確かな実力を持つ凄腕。

だが、その評価とは別に、都市的倫理観をほとんど気にしないことで知られ、相手をする側からすれば非常に面倒なウマ娘だった。

 

もっとも本人にとっては、それすら“合理性”の一部なのだが。

 

オルフェーヴルは冷ややかに返す。

 

「ふん……余はそう簡単に死んだりせぬ」

 

デアリングタクトはにこにこしたまま、工房の職人へ会釈する。

 

「すみません、私の槍の修繕をお願いしにきたんですけど……大丈夫でしょうか?」

 

「ええ、もちろんです」

 

職人は慣れた様子で応じる。

デアリングタクトは、よくここを利用しているらしい。

 

彼女が差し出した槍は、銀製で無骨な造りだった。

オルフェーヴルの槍が“優雅な突撃”なら、こちらは“狩るための槍”だ。

刃先には返しがあり、獲物を逃がさないための意匠が随所にある。

ただし、使い込まれているだけあって、刃こぼれや細かな傷は少なくない。

 

職人はそれを見て、すぐに頷く。

 

「この程度でしたら、直ぐに修繕できますね。少々お待ちください」

 

「はい!」

 

デアリングタクトは素直に返事をし、槍を預けた。

職人は作業場へ戻っていく。

 

オルフェーヴルはそれを見て、短く息を吐いた。

 

「……では私は先に帰る」

 

「えっ、待ってくださいよ!」

 

デアリングタクトが、少しだけ身を乗り出す。

 

「少しだけお話していきませんか?」

 

「私は貴様に話などない」

 

即答だった。

 

「ええ〜? せっかく同じ工房にお世話になってる特色同士なんですから、仲良くしてほしいです!」

 

オルフェーヴルは、少しだけ目を細める。

そして、相手を真正面から見据えた。

 

「……なら、相応の態度や振る舞いを心掛けるようにするんだな。誤魔化そうとしているつもりだろうが、貴様の視線は私の価値を吟味しているように見える」

 

デアリングタクトは、悪びれもせずに笑った。

 

「えへへ、バレちゃいました? オルフェさんってすっごく強いから、狩れたらどんなに楽しいかなって、つい……」

 

その言葉に、オルフェーヴルの空気が少しだけ冷える。

 

「……デアリングタクト。貴様は何故そこまで狩りに拘る?」

 

「決まってるじゃないですか。無駄にしないためですよ」

 

あっけらかんとした返答だった。

 

「都市って、毎日のように死人は出ますよね? そして死体も夜になれば掃除屋が全て掃除していく。なんだかそれって勿体なくありませんか?

都市は人間やウマ娘も資源として扱うような場所ですから、ならその資源を最初から最後まで有効活用するべきだと思うんですよね。需要は確かにあるわけですし」

 

オルフェーヴルは、何も言わなかった。

 

それは、完全な妄言ではなかったからだ。

都市では、倫理より合理性の方が先に来る。

命は軽い。

弱者は消費され、強者だけが次の消費者になれる。

その世界で、“無駄を減らす”という発想自体は、ある意味では正しい。

 

だが、その正しさが人を不気味に見せることもある。

 

オルフェーヴルは、少しだけ間を置いてから言った。

 

「つまり……貴様は、あくまで無駄なく活用しようとしているだけということか」

 

「はい!」

 

デアリングタクトは頷く。

 

「ただ、この間ハナ協会から狩りの制限が掛けられたので、しばらくは23区からの依頼を断ることになっちゃって……フラストレーションが溜まってるんです。なので、掃除屋相手に発散してるんですけど、それでも最近は退屈なんですよね」

 

オルフェーヴルの眉がわずかに動く。

 

「……貴様、仮にもA社専属である私によくそんな話が出来るな。掃除屋どもを統括しているのはA社だというのに」

 

デアリングタクトは、少し肩をすくめる。

 

「別に掃除屋の指揮系統の最上位に頭がいるだけで、掃除屋に手を出すのは問題ありませんよね? 私だってそれなりにルールには詳しいんですよ」

 

オルフェーヴルは、鼻で笑う。

 

「……ふん」

 

デアリングタクトは続ける。

その口調は柔らかいが、言っていることはかなり危うい。

 

「……言っておきますけど、私も自分の考えが全部正しいとは思ってませんし、他の人の考えだって理解してますよ。

でも、それはそれ、これはこれです。基本的に都市で違う考え同士は反発するんですから、理解はしても納得は出来ませんよ」

 

オルフェーヴルは少しだけ目を閉じた。

 

「……なら、せいぜい生き残れるようにすることだな。やりすぎるとかつての青い残響のように、特色といえどもフィクサー資格を剥奪されることになるぞ」

 

「分かってますよ。私だって規則や命令には従いますから」

 

デアリングタクトは、あっさりと答えた。

 

「少なくとも、フィクサーには一度も手を出したことはありませんし」

 

その時、工房の奥から声が飛ぶ。

 

「お待たせしました、空色の狩人様。修繕が終わりましたよ」

 

「ありがとうございます! 流石アラス工房さんですね!」

 

デアリングタクトは槍を受け取り、嬉しそうに持ち上げる。

 

「いえいえ、ではお代の方を……」

 

「はい! えっと……これぐらいで大丈夫ですか?」

 

彼女は手提げバッグを差し出した。

中には、札束がぎっしり入っている。

 

職人は中身を確認し、満足そうに頷く。

 

「ええ、十分ですよ。毎度ありがとうございました」

 

「こちらこそ!」

 

デアリングタクトは満面の笑みでオルフェーヴルへ向き直る。

 

「……それじゃあオルフェーヴルさん、私はこれで失礼しますね」

 

そう言って、軽やかな足取りで工房を後にした。

去り際まで、彼女は妙に軽い。

だが、その軽さの裏に、都市の倫理観を最初から受け入れた者特有の冷たさが透けて見える。

 

オルフェーヴルはその背中を見送り、短く息を吐く。

 

「……では私も帰るとしよう。世話になったな」

 

「いえいえ、またいつでもご利用ください」

 

工房の職人に軽く会釈し、オルフェーヴルもまた工房を出る。

金色の槍を肩に担いだその背は、いつも通り堂々としていた。

 

---

 

都市には、戦い方が違う者がいる。

武器が違う者がいる。

考え方が違う者がいる。

そして、それぞれが自分なりの“合理性”と“誇り”を抱いて生きている。

 

金色の暴君は、誇りで立つ。

空色の狩人は、合理性で狩る。

どちらも都市では珍しくない。

だが、珍しくないことほど、危ういこともない。

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