トレス協会本部、協会長室。
第3協会――トレス協会。
都市における武器製造所である工房の統括を担う協会であり、頭が定めた都市の禁忌に基づく武器の審査、流通管理、そして工房への課税までを引き受ける存在だった。
十二協会の中でも、戦闘より事務方の比重が大きい珍しい協会。
だが、規定に違反した工房への処罰や、流通を妨げる不法武装への対処もある以上、協会員が全く戦えないわけではない。
むしろ、必要な時には確実に手を下せるだけの戦力が求められていた。
その本部の協会長室に、今日は五人のウマ娘が集まっていた。
中央に座るのは、協会長グラスワンダー。
落ち着いた物腰の大和撫子然とした雰囲気を持つが、その内側には強い闘争心を秘めている。
「皆さん、お久しぶりですね。遠いところわざわざ来てくださり感謝します」
その穏やかな声音に対し、東部支部長イナリワンが明朗快活に笑う。
「へへ! グラスから臨時の呼び出しが掛かったとなったら、来ないわけにはいかねぇからな!」
「それで、アタシたちが呼び出されたってことは、それなりの議題があるってことですよね?」
南部支部長ダイワスカーレットは、いつも通り勝気な目をしたまま問いかける。
西部支部長ウインバリアシオンも、少し身を乗り出した。
「工房関係でそれなりの議題となると、やっぱり遺物やE.G.Oが関わってくることっすか……?」
グラスワンダーは静かに頷く。
「ええ、フラッシュさん、資料を」
「分かりました」
北部本部長エイシンフラッシュが、手に持っていた資料を全員へ配る。
そこに記されていたのは、ディエーチ協会が調査した都市内の遺物情報、そしてE.G.Oに関する記録だった。
配られた紙を見下ろし、グラスワンダーが口を開く。
「既に何度も言っていますが、現在都市では遺跡から回収された遺物、そして個人が発現させるE.G.Oなどの武器が出回り始めています。それも、並の工房製武器を遥かに凌ぐものばかりです」
イナリワンが腕を組んだ。
「ああ、それでアタシらトレス協会は、工房の連中に遺物やE.G.Oに負けないような高品質武器の製造を命じたんだよな。とはいえ、そんなもん作れる技術を持ったのはひと握りの上級工房ぐらいだ。量産化にはまだ時間が掛かりそうさ」
ダイワスカーレットが頷く。
「しかも遺物やE.G.Oって、トレス協会の管理外から発生してるものですから、まだ情報が少ないんですよね」
エイシンフラッシュは、几帳面な声で応じた。
「その通りです。これらの遺物やE.G.Oは工房で開発された訳ではありませんので、トレス協会の武器審査をすり抜けています。そのため、強力なのはもちろんですが、同時に副作用や使用者に負担が掛かる代償が発生する危険な品物も少なくありません」
ウインバリアシオンが首を傾げる。
「代償っすか……具体的には?」
「そうですね。では、セブン協会とディエーチ協会の調査および記録で判明した、五本指の一角である小指が所持していたという遺物『阿頼耶識』を例にあげましょうか」
「阿頼耶識?」
「はい」
エイシンフラッシュは資料の該当箇所を指し示す。
「この太刀の遺物は、斬った対象に不可逆の傷を与えるとされています」
イナリワンが眉を上げた。
「不可逆の傷ってーと、絶対に治せないってことかい?」
「その通りです」
淡々とした説明だったが、その内容は重い。
「都市の医療技術や生命保険などは、脳死以外ではどんな重傷からでも治せることは重々承知でしょう。ですが阿頼耶識の場合、見た目だけは治せても、負傷者が阿頼耶識に近づくとまた傷口が開くという後遺症が絶対に残ります。これは生身の肉体だけではなく、義体においても絶対に修理出来ない不調が永遠に残るということです」
ダイワスカーレットが顔をしかめる。
「とんでもない武器ですね……少なくともトレス協会の審査では一発で弾かれますよ」
「ええ。そして、阿頼耶識を使用することの代償は、振るう度に使用者の記憶が消えていくことです」
ウインバリアシオンが目を見開いた。
「記憶が代償っすか……中々重いっすね」
イナリワンが苦笑する。
「でもよぉ、記憶が代償の割に、効果は絶対に消えない傷を残すってのはなんか割に合わねぇと思うんだけどなぁ。相手を殺すってなら普通の武器使った方が安全じゃねえか?」
グラスワンダーは、そこで静かに言葉を挟む。
「……確かに、これだけなら使用するメリットは少ないでしょう。ですが、阿頼耶識の真骨頂はこんなものではないのです」
ダイワスカーレットが身を乗り出した。
「どういうことですか?」
「……阿頼耶識は、真の力を解放すると、斬った対象の存在を抹消することが出来るのです」
「存在の抹消……?」
「はい。具体的には、斬った対象の存在および記憶が周囲の者から全て消滅します。効果としては、特異点のひとつ『概念焼却機』に近いようですが、あちらは一時的に忘れるだけであり、きっかけがあれば思い出せるのに対し、阿頼耶識は絶対に戻ることはありません。文字通り、無かったことになるわけです」
ウインバリアシオンが椅子から身を乗り出す。
「それヤバすぎないっすか!? だって斬られて存在が消えても、誰がいなくなったとかが分からないってことっすよね!?」
ダイワスカーレットも、さすがに声を低めた。
「そんな物を指が持ってるなんて……一体なんの目的のために……?」
エイシンフラッシュは、すでに記録を追っていた。
「その辺はセブン協会の調査でも全ては判明しませんでしたが……どうも、指にとって都合の良い概念焼却機を作ろうとしていたそうですね。阿頼耶識を十全に扱える者を育て、そして指にとって都合の悪いものを消し去る場所を作るつもりだったようです」
イナリワンが顔をしかめる。
「おっそろしい話だね全く……で、その阿頼耶識って刀は今はどうなってるんだい?」
「ええ、どうやら今はリンバスカンパニーが所持しているようですね。リンバスカンパニーが五本指から阿頼耶識を奪い取って、そのまま管理しているようです」
ウインバリアシオンが少し声を落とす。
「リンバスカンパニーっすか……指よりはマシとはいえ、何を考えてるのか分からない会社に移ったのは不安っすね……」
イナリワンは紙面を指で叩く。
「一応聞くが、何も全部の遺物が阿頼耶識クラスの効果や代償を持ってるってわけじゃないよな?」
「ええ」
エイシンフラッシュは落ち着いて答えた。
「阿頼耶識は遺物の中でも最上位ランクの部類ですので、他の遺物と比べると頭ひとつ抜けています。流石にこれほどの効果を持った遺物は他にはまだ確認されていません」
グラスワンダーが資料を閉じずに続ける。
「ですが、阿頼耶識に劣るとは言っても、他の遺物も十分すぎるぐらいの効果を持っていますよ。あらゆるものを焼き切る高熱の大剣レーヴァテイン、ほんのわずかながら数秒先の未来を観測できる義眼の遺物オーディンの目など……武器に限らず遺物は多数あります。少なくとも、これらが原因で都市のパワーバランスが傾き始めてるのは否めません」
ダイワスカーレットが真剣な顔で問う。
「なら、アタシたちはどんな対応を取るのですか?」
「ひとまずは、従来通り遺物に対抗する武器の製造を指示します。そして出来ることなら、大口顧客の開拓ですね。上級フィクサー、特に特色の方が工房の武器を積極的に利用してくれれば、その工房のブランド価値が上がりますから」
エイシンフラッシュも頷く。
「現在、特色フィクサーの方々が利用している工房は、アラス工房、ムク工房、スティグマ工房などですね。いずれも古くからの一流工房で実績は申し分ありません。一方で、歴史の浅い工房はまだまだ経営難なところも多い傾向です」
イナリワンが腕を組み直す。
「つまり、古くからの老舗工房以外にも、比較的新興の工房の連中にも日の目を見せれるようにしろってことかい?」
「ええ、無論、全部の工房とまでは言いませんが、出来るだけ多くの工房が優れた武器を製造出来るような環境整備を急いでください。もちろん、新規製造の武器に関しては審査および課税をしっかり行うように」
「了解したっす!」
ウインバリアシオンが元気よく応じる。
「それと、遺物の管理や分析を行っているディエーチ協会に対しても協力要請をしておくことにしましょう。遺物に関してはディエーチの専門領域ですから、トレスが干渉し過ぎると問題になりますしね」
議論が遺物からE.G.Oへ移る頃、ダイワスカーレットが、別の気がかりを口にした。
「……遺物については分かりました。なら、E.G.Oについてはどうしますか? 確かE.G.Oには、個人の心から発現する開花E.G.Oと、幻想体から抽出出来る抽出E.G.Oの二種類が存在しているんですよね?」
グラスワンダーは少しだけ言いにくそうにした。
「それなんですよね……開花E.G.Oはまだしも、抽出E.G.Oはハナ協会からの例のお達しもありますから……」
イナリワンがすぐに思い出す。
「ああ、幻想体からの安定したE.G.O抽出技術の研究だっけか?」
「ええ」
エイシンフラッシュが資料をまとめながら続ける。
「E.G.Oが増えるのはトレスや工房としては困りますが、実際、翼のN社やリンバスカンパニーなどが既に独自の抽出E.G.O技術を確立している以上、フィクサー協会が遅れるわけには行きませんからね」
ウインバリアシオンが資料に目を落とす。
「確か今のところ抽出出来たのは、ハナ協会の紅色の衝動スティルインラブさんが使う『何もない』から抽出したミミックだけっすよね? それもかなり強引に抽出したものだとか……」
グラスワンダーは静かに頷いた。
「ええ、スティルさんも扱えるようになるまでに、かなり苦労したみたいですからね」
エイシンフラッシュも補足する。
「現状、E.G.O抽出技術はハナ協会とディエーチ協会が主導して研究しているようですが、まだ目立った成果は少ないようですね」
イナリワンが顎に手を当てる。
「……確か、幻想体からE.G.Oを最初に抽出したのはLobotomy Corporationのはずだよな?」
「そうですね」
グラスワンダーが頷く。
「旧L社が初めて抽出技術を確立し、そこからヒントを得たN社やリンバスカンパニーが新たに発展させたそうです」
イナリワンは、そこからさらに踏み込んだ。
「なら協会も、L社の関連施設を調査して地道にやって行くしかねぇんじゃねぇか? L社の本社は跡形もなく崩壊したが、都市の各地に点在してたL社の支部は埋没したそうじゃねぇか。そこの調査をすればなんか見つかるかもしれねえだろう?」
エイシンフラッシュは少し考え、グラスワンダーへ視線を向ける。
「ふむ……グラス協会長、ディエーチ協会に旧L社支部の調査を進言しますか?」
「そうですね……ディエーチのゼンノロブロイ協会長には、私から伝えましょう」
グラスワンダーは穏やかに、しかし確実に方針を定める。
「ただ、E.G.Oが出回り過ぎると工房の立場も危うくなりますし、その辺の帳尻合わせもハナ協会にはしっかりしてもらいましょう」
「では、E.G.Oや遺物に対するトレスの立場としては、他協会と連携しつつ、トレスの管理する工房の立場も尊重してもらうという方針で行きましょう。皆さんそれでよろしいですか?」
イナリワンが即答する。
「ああ、問題ないぜ」
ダイワスカーレットも頷く。
「大丈夫よ」
ウインバリアシオンも続く。
「もちろんっす!」
トレス協会の会議は、そうしてひとまずの方向性を得た。
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都市にとって、遺物もE.G.Oも、ただの“強い武器”ではない。
工房の技術体系を脅かし、流通の秩序を崩し、時に協会の存在意義すら揺るがす代物だ。
だからこそ、トレス協会は見逃さない。
武器を作る者として、武器を流す者として、そして都市の禁忌を守る者として。