東部シ協会本部、本部長室。
第4協会――シ協会。
都市に存在する十二協会のひとつであり、戦闘、特に暗殺を専門とする協会だった。
所属するフィクサーたちは少数精鋭。
一撃で急所を抜く精密さ。
無駄を削ぎ落とした移動。
そして、対象にたどり着くまでの情報収集と判断速度。
それらすべてを武器とする協会である。
シ協会の理念は、誰にでも平等な死を与えること。
金さえ受け取れば、相手が誰であろうと、どんな立場であろうと、暗殺は実行する。
その姿勢は、都市ではある種の信用にすらなっていた。
ただし、需要が大きい分、常に人手が足りない。
それがシ協会の古くからの問題だった。
その本部長室では、東部本部長ミホノブルボンが黙々と書類を処理していた。
整然と積まれた暗殺案件の報告書。
殉職者の記録。
依頼金の振込確認。
対象の位置情報と、任務後の処理報告。
ミホノブルボンは、それらを一つずつ確認していく。
「……本日の暗殺案件、全て処理完了。殉職者6名。協会業務への影響、想定内。問題なし」
淡々とそう読み上げ、最後の書類に押印する。
それで今日の業務は終わった。
「現在、新規の暗殺案件はなし。本日の業務全て完了。帰宅準備モードに移行します」
その声は、まるで機械のログのように平坦だったが、そこには確かな完遂の感触があった。
だが、そこで――
コンコン。
扉が叩かれる。
ミホノブルボンは顔を上げた。
「入りなさい」
「失礼するよ」
入ってきたのは、シ協会長にして特色フィクサー――シンボリルドルフだった。
都市の星相手でも互角に渡り合える、シ協会の頂点に立つ存在。
深緑の皇帝の名を持つそのウマ娘は、堂々とした態度で本部長室へ入ってくる。
「協会長、どうしましたか?」
ミホノブルボンは椅子から立ち上がることなく、しかし姿勢だけは崩さずに問いかけた。
シンボリルドルフは短く本題を告げる。
「ブルボン、臨時の暗殺案件が入った。対象はH社8区の人差し指の代行者だ」
「代行者ですか」
人差し指。
五本指の一角であり、どこからともなく届く“指令”を重視する組織。
その代行者は幹部のような立場にあり、実力はピンキリだが、総じて手強く面倒な相手だ。
シンボリルドルフは続ける。
「依頼金も既にシ協会に振り込まれた。シ協会としては受けざるを得ない。……良いな?」
ミホノブルボンは即答した。
「オーダー、引き受けました。では代行者の実力を加味して、東部1課から誰か派遣しますか?」
シンボリルドルフは、少しだけ間を置いてから首を振る。
「いや、ここは本部長である君に頼みたい」
「私ですか」
それは、少し珍しいことだった。
シ協会では人材不足のため、本部長や支部長が前線へ出るのは珍しくない。
しかし協会長が直々に名指しで依頼するのは、それほど多くはない。
「今回の案件は既に前払いで振り込まれてるからな。シ協会としては確実に成功しなくてはならない。……頼めるか?」
ミホノブルボンは一切の躊躇なく頷いた。
「問題ありません。では直ちに向かいます」
シンボリルドルフは、机の上に書類を置いた。
「これが今回のターゲットの情報だ。任せたぞ」
「了解です。ミッション、代行者暗殺開始致します」
ミホノブルボンは立ち上がり、弓剣を手に取る。
それはシ協会東部の個性に近い特殊武装で、剣でありながら弓へ変形する構造を持っていた。
ブルボンは、その武器を驚くほど自然に扱う。
剣としての切れ味。
弓としての射程と精密さ。
そのどちらも、彼女にとっては当然の能力だった。
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H社8区、裏路地。
都市北東部。
薄暗いネオンがにじみ、湿った空気が漂う裏路地の上空。
その一角のビルの屋上に、ミホノブルボンは静かに立っていた。
「……対象発見、暗殺開始致します」
遠くの路地を歩いているのは、白いマントを羽織った代行者だった。
人差し指の象徴を持つ者らしい、どこか異様な気配がある。
だが、ブルボンは動じない。
ウマ娘ゆえの優れた視力と聴覚で、距離、角度、風速、遮蔽物――それらを即座に計算する。
シ協会は基本的に赤い軌跡を残す刀を使うが、東部に限っては弓にも変形する特殊な剣がある。
ミホノブルボンは、その武器の扱いに特に優れていた。
彼女は静かに弓を引く。
「……風速東に2m、微調整完了。……暗殺、遂行します」
指が離れる。
音もなく放たれた矢は、空気の抵抗を最小限に抑えながら飛翔し、
およそ1km先の標的へ、寸分の狂いもなく命中した。
代行者の身体が揺らぎ、やがて動かなくなる。
「……対象沈黙。オーダー暗殺、完了しました。ではこれより帰還します」
ミホノブルボンは、任務が最初から最後まで予定通りだったかのような口調で、静かに報告を終えた。
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数時間後。
シ協会本部、協会長室。
シンボリルドルフの執務室には、いつものように深い緑の気配が満ちていた。
執務椅子の背後には、シ協会のエンブレム――漢字の「死」が掲げられている。
ブルボンは姿勢を正して報告する。
「ただいま戻りました。対象、暗殺完了です」
「そうか、無事に暗殺出来たか」
シンボリルドルフは落ち着いた声で応じた。
「はい、対象が代行者にしては反応速度が遅かったことも幸いでした」
「ふむ……それなら1課フィクサーでも十分ではあったか……」
「ですが、担当が私だったことで暗殺成功確率が上がっていたことも考えますと、そう単純な話ではないと思います」
ブルボンは、あくまで事実だけを述べる。
シンボリルドルフはわずかに目を細めた。
「そうだな。ひとまずご苦労だった、ブルボン。残業を頼んで済まなかったな」
「問題ありません、協会長。では私はこれにて」
「ああ」
ミホノブルボンは一礼し、静かに退室した。
扉が閉まったあと、シンボリルドルフはしばらく黙っていたが、やがて小さく息をつく。
「……やはりブルボンの弓の腕前は素晴らしいな。それに事務業務の効率も申し分なし……本部長に任命したのは間違いではなかったな」
彼女は、ミホノブルボンのフィクサー名簿を手に取りながら、静かに賞賛した。
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シ協会は、暗殺を請け負う協会だ。
だがそれは、ただ人を殺すことを仕事にしているのではない。
対象を見極めること。
必要な情報を集めること。
最小の動きで最大の結果を出すこと。
そして、受けた依頼を確実に完遂すること。
その全てが、シ協会の“死”だった。
そしてミホノブルボンは、その死を最も正確に運ぶ一人だった。