I社9区、裏路地。
都市東部のこの区画は、かつて都市史上最悪のねじれ――**ピアニスト**が発生し、約30万人が犠牲になった曰く付きの土地だった。
一度は復興したものの、その影響は今もなお燻り続けており、ピアニストに魅了された犯罪組織や、それに便乗する厄介な連中が活動している。
そんな9区の裏路地の一角で、ひとつの工房が制圧されていた。
黒と緑が混ざった独特の衣装。
その姿は、都市でも指折りの実力を持つ特色フィクサー――**ラヴズオンリーユー**。
「よし、制圧完了。さっさと帰りましょうか」
彼女は、つい先ほどまで親指に弾丸を上納していた違法工房を、ツヴァイ協会からの依頼で鎮圧したところだった。
工房の残骸を一瞥し、槍を収める。
「……依頼とはいえ、今日も組織壊滅の案件かぁ……ううん、大丈夫よ。今の私は……もう、間違えないから」
誰に言うでもない独り言を落とし、ラヴズオンリーユーは帰路についた。
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「ただいま〜」
彼女が帰ってきたのは、古びたアパートの一室だった。
みすぼらしくはあるが、造りは意外としっかりしている。
現在、ラヴズオンリーユーと仲間たちが借りている部屋だ。
玄関を開けると、すぐに声が返ってくる。
「おかえりなさい、ラヴズさん。今日の任務はどうでしたか?」
クロノジェネシス。
元創始事務所所長にして、今は仲間たちのまとめ役。
落ち着いた声で迎えながら、ラヴズオンリーユーの様子をすぐに見て取る。
「問題なかったわ。親指傘下とはいえ、大して強くなかったし」
「そうですか。さすがですね」
すると部屋の奥から、元気な声が飛んでくる。
「あっ! おかえりラヴズちゃん! 大丈夫だった?」
現れたのはグランアレグリア。
天真爛漫で超絶アサーティブ、しかも驚異的な運動神経を持つ、まさに天才肌のウマ娘だ。
「ただいま、グランちゃん。ふふ、心配しなくても私は無事よ。心配性ね」
「だって久しぶりにラヴズちゃん一人の任務だったから、不安で……」
ラヴズオンリーユーは、少しだけ柔らかい表情になる。
「大丈夫よ……もう二度と道は間違えないって決めたもの」
「……そっか、ラヴズちゃんのマイルールだね!」
グランアレグリアは、彼女なりの確信を込めてそう言った。
そのタイミングで、キッチンの方からもう一つの声がする。
「皆さーん、夕食の準備が出来ましたよ」
カレンブーケドール。
元創始事務所所属の7級フィクサーで、今では家事を担当しながら仲間を支える縁の下の力持ちだ。
「ありがとうございます、ブーケさん。では皆さん、夕食にしましょうか」
クロノジェネシスの声で、4人は食卓へ向かった。
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質素だが、温かい夕食だった。
狭い部屋に4人が集まり、肩を寄せるようにして食べる。
かつて、彼女たちは事務所の仲間だった。
そして今は、事務所が失われてもなお、こうして一緒にいる。
食卓の空気が少し落ち着いたところで、ラヴズオンリーユーがぽつりと尋ねる。
「……クロノちゃん、事務所設立の申請はどうだったの?」
クロノジェネシスは、少しだけ目を伏せる。
「……残念ながら、また却下されました。信頼回復には、もう少し時間が掛かりそうですね」
「そっか〜……でも、あたしたちもなんだかんだでフリーランスでやっていけてるし、いつかは何とかなるよ!」
グランアレグリアが、明るく言う。
カレンブーケドールもうなずいた。
「はい。地道にやっていけば、いつかは……」
だが、ラヴズオンリーユーの表情が少し曇る。
「……ごめんね、みんな。私があんなことしなければ……」
その言葉には、重い過去が詰まっていた。
かつてのラヴズオンリーユーは、優秀で、優しく、真っ当なフィクサーだった。
だが、親友のウマ娘を失ったことで“愛”という強迫観念に支配され、裏路地の組織たちに愛を教えるという名目で、殺戮の限りを尽くしていたのだ。
その結果、創始事務所は廃業に追い込まれ、ラヴズオンリーユー以外の3人は三階級降格処分を受けた。
だからこそ、今の謝罪は簡単には消えない。
だが、クロノジェネシスは静かに首を振った。
「もういいんですよ、ラヴズさん。4人とも無事でいるんですから、それだけで私たちは十分なんです」
グランアレグリアも即座に笑う。
「うん! 階級が下がっても、あたしたちは変わらないよ!」
「でも……みんなに入る依頼がかなり少なくなったのに……」
ラヴズオンリーユーは、どうしても自分を責めてしまう。
カレンブーケドールは、そんな彼女を見て穏やかに言った。
「確かに、階級は下がった以上受けられる依頼は限られるようになりました。……でも、階級はまた上げればいいですし、ラヴズさんの方が大事ですから」
クロノジェネシスもうなずく。
「ええ、……ラヴズさん、一人で抱え込まないでいいんです。私たち4人は仲間ですから」
ラヴズオンリーユーはしばらく黙っていたが、やがて小さく笑った。
「……ありがとう、みんな。……私、絶対にみんなを守るから」
するとグランアレグリアが、満面の笑みで返す。
「あたしたちもラヴズちゃんのこと支えるよ! あたしたちの絆は無限大マイルだから!」
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夕食を終えると、次は就寝の準備だった。
部屋は狭い。
そのため、4人で一緒に、自然と密着する形で寝ることになる。
最初は慣れなかった。
だが今では、この距離感の方が落ち着く。
「最初は慣れなかったけど、今じゃ4人でくっついて寝る方が落ち着くわ」
ラヴズオンリーユーがそう言うと、グランアレグリアが嬉しそうに笑う。
「うん! ラヴズちゃんって体温高いよね。暖かくて安心するな〜」
クロノジェネシスも微笑んだ。
「ふふ……確かに、ラヴズさんって私たち4人の中では一番暖かいですね」
カレンブーケドールも静かに目を細める。
「まだ肌寒いですからね……ラヴズさんのおかげで安心して眠れます……」
「ありがとうみんな……ふふ、ちょっと恥ずかしいわね」
ラヴズオンリーユーは少し照れたように言った。
グランアレグリアは、やさしく言葉を重ねる。
「……ラヴズちゃん、特色フィクサーってみんなから怖がられる存在だけどね、あたしたち3人はずっとラヴズちゃんについていくよ。友達だから」
クロノジェネシスも続ける。
「はい。私たちにとっては、特色のラヴズオンリーユーではなく、大切な友人のラヴズさんですよ」
カレンブーケドールは、静かに言った。
「ええ……私たちの愛は……永遠です……」
ラヴズオンリーユーは、目を閉じる。
「……うん、もちろんよ、みんな」
都市の裏路地。
ひとたび壊れれば全てが消えるような場所であっても、
こうして寄り添って眠る4人には、まだ確かな居場所があった。
愛に壊され、愛に救われ、そして今は仲間の愛に支えられている。
それが、ラヴズオンリーユーの今だった。