ディエーチ協会東部支部
第10協会――ディエーチ協会。
知識と研究を専門とし、都市で起きた出来事の記録も担う協会である。
その本質は、ただ本を集めるだけではない。
遺跡から発掘された情報を読み解き、都市で起きた事件を整理し、未来に残すべき記録を選び取ること。
それがディエーチの仕事だった。
さらに、条件付きではあるものの、貧困層や孤児への救恤も行う。
都市の基準で見れば、比較的良心的な協会と言ってよかった。
そんなディエーチ協会東部支部、その支部長室。
机の上には、遺跡調査の報告書が何冊も積まれていた。
部屋の主、東部支部長メジロドーベルは、それらを一冊ずつ確認し終え、やっと小さく息を吐く。
「ふぅ……遺跡調査の報告書はこれで全部のようね。殉職者は少し多かったけど、調査自体は何とか終わったようね。うん、良い感じ」
メジロドーベル。
クールで少し自己卑下気味な言動が目立つが、実際には1級フィクサーであり支部長としての実力は申し分ない。
事務仕事の効率も高く、前線に出ても十分以上に戦える。
だが同時に、乙女チックな趣味を持ち、部下や他幹部には内緒で少女漫画的な同人誌の創作もしている――そういう一面もあった。
ドーベルは書類を揃えながら、ふと眉を寄せた。
「……とはいえ、最近東部支部の人材が少し不足気味ね……殉職者がちょっと多いのもだけど、入ってくる人材が減少傾向にあるし……どうしようかな……」
組織である以上、人手の問題は常について回る。
多すぎれば統制が難しい。
少なすぎれば、仕事そのものが回らない。
都市のどの組織も、その均衡に苦しんでいた。
ドーベルは端末を取り出し、東部地域のフィクサー情報を確認する。
「他支部から派遣してもらうのも難しそうだし、思い切って東部地域にいるフリーのフィクサーか事務所でもディエーチ傘下に勧誘してみようかな……」
画面をスクロールしながら、ふと数ヶ月前の東部地域の事件記録が目に留まる。
「……そういえば、少し前に東部で話題になったフィクサーがいたような……」
記録を開く。
そこにあったのは、ひとつの名前だった。
ラヴズオンリーユー。
「……あった、ラヴズオンリーユー……黒緑の愛……元創始事務所所属、東部地域の裏路地組織への無意味な殺戮を繰り返したため創始事務所の廃業処分および関係者グランアレグリア、クロノジェネシス、カレンブーケドールを三階級降格処分……」
ページを進める。
そこに書かれていたのは、かなり重い経歴だった。
元は有能で優しいフィクサー。
だがある事件をきっかけに“愛”という強迫観念に飲まれ、裏路地の組織へ無意味な殺戮を繰り返していた。
その結果、事務所は廃業。
関係者も大きな処分を受けた。
それでも――現在は正気を取り戻している。
「降格処分になった3人も元は1級や2級の実力者……うん、申し分はないわね」
ドーベルは少し考え込む。
「……でも、ハナ協会の重要監視対象か……これはハナ協会に相談しないといけないわね……」
そう判断すると、彼女はすぐに外出の準備を始めた。
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ハナ協会東部支部 応接室
数時間後。
ドーベルが向かったのは、ハナ協会東部支部だった。
そこで応対したのは、東部4課部長のスイープトウショウ。
大きめの魔女帽子が特徴的で、白いハナ協会制服とは少しミスマッチにも見えるが、そこが彼女らしい。
わがままで子供っぽいところもあるが、洞察力と面倒見の良さは本物だ。
「……で、よーするにその4人をディエーチで雇っていいか聞きに来たってわけ?」
スイープは紅茶を一口飲みながら、ドーベルの話をまとめる。
「うん、一応ね。アタシ的には4人とも実力は優れてるし、東部6課から下積みさせたらディエーチでもやっていけると思ったから」
ドーベルは少し身を乗り出す。
かなり真剣だ。
スイープは紅茶の香りを楽しみながら、じっと考え込んだ。
「ふーん……」
少し沈黙が落ちる。
その間にも、カップの縁に口をつけたまま、彼女は何かを測っているようだった。
「……いいわ、好きにしなさい。ただし、ハナ協会は関与しないわよ。なんかあっても、あくまでディエーチ協会の自己責任ね」
ドーベルは目を見開く。
「本当!? ありがとうスイープ部長……!」
「はいはい。じゃあ4人の管理はディエーチに任せるわ。また何か起こした時は責任取りなさいよ?」
「分かってる。アタシだって支部長だから」
ドーベルは深く頷いた。
その返答には、責任を引き受ける覚悟があった。
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翌日。
ドーベルは、ラヴズオンリーユーたちが暮らしている古いアパートへ向かった。
みすぼらしく見えるが、実際には造りはしっかりしている。
都市の裏路地では、それだけで立派な“住居”だ。
扉を叩き、応対に出たラヴズオンリーユーへ、ドーベルはまっすぐ用件を伝える。
「……私たちが、ディエーチ協会に?」
ラヴズオンリーユーの声には、少しだけ戸惑いが混じっていた。
「うん、もちろん最初は6課からだけど、仕事をしっかりしてくれるなら待遇も保障するわ」
グランアレグリアが、目を丸くする。
「い、いいんですか……? あたしたち、あんなことしちゃったのに……」
「今はもう落ち着いてるから問題ないでしょ? アタシは構わないわ」
カレンブーケドールは、静かにクロノジェネシスの方を見る。
「どうします……? クロノさん……」
クロノジェネシスは、少し間を置いてからドーベルを見た。
「……あの、ドーベル支部長。ひとつだけお願いがあるんですけど良いですか?」
「何かしら?」
クロノジェネシスは、真剣な顔で言う。
「出来ればディエーチでの仕事は……私たち4人一緒に出来るようにしてほしいんです。……ラヴズさんを二度と苦しませたくないので」
その言葉に、部屋の空気が少しだけ変わる。
そこには、単なる条件ではない、強い意思があった。
ドーベルは、その目を見て短く頷いた。
「ええ、わかったわ。その辺のことはこっちで調整出来るから」
クロノジェネシスは、少しだけ肩の力を抜いた。
「では……お受け致します」
「なら、契約成立ね。明日からよろしく頼むわ」
ラヴズオンリーユーは深く息を吸い、静かに礼をした。
「分かりました」
こうして、ラヴズたち4人は東部ディエーチ協会に所属することになった。
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一方その頃、ハナ協会では――
スイープトウショウが、ひとり紅茶を飲みながら考えていた。
あの4人。
ラヴズオンリーユーたちをディエーチに預けること自体は認めたが、彼女の思考はそれだけでは終わらない。
事務所の再建を認めずフリーランスのまま苦労させることは簡単だ。
しかしそれはハナも監視以外で干渉出来ないことでもある。
なので"あえて協会直属のフィクサーとすることで首輪を強くする。"
今はディエーチに任せて様子を見る方が自然だ。
何かあれば、責任はディエーチ側に回せばいい。
スイープはカップを置き、窓の外を見る。
「……それに、創始事務所は廃業のままだし、前ほど自由には行動出来ないわよ。覚悟しておくことね、黒緑の愛」
その呟きには、冷静さと同時に、少しだけ監視者としての厳しさが混じっていた。
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こうして4人は、ただ戻る場所を探すのではなく、
“もう一度働ける場所”を得た。
ディエーチ協会は、知識を集め記録する協会だ。
だからこそ、過去に壊れた者の“今”を受け入れる余地がある。
ラヴズオンリーユーたちにとって、それは贖罪の場であり、再出発の場でもあった。
もちろん、完全に信用されたわけではない。
今もなお、監視はある。
だがそれでも、以前よりずっと前へ進める。
それが、都市で得られる「新しい始まり」だった。