ウマ娘×ProjectMoon   作:桜餅 ステラ

202 / 205
サイモン家

T社20区 郊外

 

T社――正式名称はTime Track社。

その名の通り、時間に関わる特異点を保有する翼であり、「時間」をどう配分し、どう消費するかを都市の中でも独特の形で管理している。

T社20区では、その影響が生活の隅々にまで及んでいた。

 

貧富によって一日の時間の長さが違う。

空間と光までが管理され、都市の景色から色彩は奪われ、全体がモノクロあるいはセピア調に沈んでいる。

どこか現実離れした、しかし都市らしい冷たさのある土地だった。

 

そんな20区の郊外に、ラヴズオンリーユーたち4人――そしてアグネスデジタルが向かっていた。

 

平原を歩きながら、クロノジェネシスが少し顔色の悪いデジタルに声をかける。

 

「……デジタル支部長、そのセントサイモンさんって血鬼はそんなに怖いんですか?」

 

「ええ……何回か会ったことはあるんですけど……怖いというか、関わりたくないというか……」

 

アグネスデジタルは、思わず肩をすくめた。

 

「会うだけで寿命が数年持ってかれるようなオーラがあるんですよ……一応、無闇矢鱈に人を殺すような人じゃないんですけどね……」

 

グランアレグリアが横から覗き込む。

 

「ラヴズちゃんって、何回か血鬼関連の案件は受けたことあったよね?」

 

ラヴズオンリーユーは、少しだけ思い出すように目を伏せた。

 

「ええ。でも、私が倒した血鬼は良くて第4眷属以下だったから、そこまで強いとは思わなかったわ」

 

カレンブーケドールが不安そうに尋ねる。

 

「セントサイモンさんは確か……第一眷属なんですよね……」

 

アグネスデジタルは深く息を吸ってから、説明を始めた。

 

「ええ、20区の血鬼を管理する長老で、血鬼の家門のひとつ『サイモン家』の家長です」

 

クロノジェネシスが首をかしげる。

 

「家門……?」

 

「簡単に言えば、長老血鬼である第一眷属から生まれた血鬼の家系ですね」

 

デジタルは資料めいた口調で続ける。

 

「第一眷属を含めた全ての血鬼は、その生涯において2人まで眷属を作ることが出来るんです。で、その第一眷属から連なる眷属の血筋を家門と呼ぶんです」

 

グランアレグリアが、少しだけ目を輝かせる。

 

「確か血鬼って、人間を血鬼に変えて眷属にするんだよね。下位眷属になるほど弱くなるんでしょ?」

 

「そうです」

 

アグネスデジタルは頷いた。

 

「ちなみに、下の眷属が上位眷属に逆らうのは御法度です。これは血鬼の本能ともいうべきもので、血鬼が人間を眷属にした場合、眷属にされた側を子、した側を親として家族の繋がりが出来るので、絶対に逆らえなくなるんです」

 

少し言いづらそうに、しかし正確に。

 

「これは直接的な親以外にも、上位の眷属全員に対して逆らえなくなるので、血鬼というのは長老の規律に従わざるを得ないんです。……まあ、それでもたまに暴れる血鬼もいるんですけどね……有名どころなら、かつて都市の星に指定された『血染めの夜』辺りでしょうか……」

 

グランアレグリアがすぐに反応する。

 

「それって、大昔に4000人近く殺害したっていう都市の星だよね……」

 

「そうです」

 

デジタルは、なおも淡々と続けた。

 

「ある第一眷属の血鬼だったそうですが、伝説の特色フィクサー黒い沈黙と、その相方の1級フィクサーが2人掛かりでギリギリ倒せたほどの相手だったそうです」

 

クロノジェネシスが、少し息を呑む。

 

「じゃあ、これから会うサイモンさんも、もし戦えばそれぐらい強いということですか?」

 

「そうですね〜……サイモン家は血鬼の家門の中では武闘派寄りらしいので……まあ、あまり怒らせない方が良いとだけは言っておきます……」

 

ラヴズオンリーユーは、短くうなずいた。

 

「……気を引き締めましょうか」

 

そして5人は、平原の向こうに聳える巨大な屋敷へたどり着いた。

 

---

 

「ここがセントサイモンさんの屋敷です!」

 

アグネスデジタルが、半ば震えるような声で告げる。

 

「うわあ……凄く大きい……」

 

グランアレグリアが素直に感嘆する。

クロノジェネシスも、少し引き気味に屋敷を見上げた。

 

「いかにもって場所ですね……」

 

カレンブーケドールは、隣のラヴズオンリーユーを見上げる。

 

「ラヴズさん……私たち……大丈夫なんでしょうか……」

 

ラヴズオンリーユーは、少しだけ前を見たまま答える。

 

「大丈夫よ。いざという時は守るわ」

 

その言葉は、以前の彼女なら出せなかった種類のものかもしれない。

けれど今のラヴズオンリーユーは、誰かを守ることを、少しずつではあるが選べるようになっていた。

 

門が開く。

 

屋敷の中から現れたのは、一人のウマ娘だった。

一見すると普通だが、赤い瞳と縦長の瞳孔――血鬼特有の特徴を持っている。

 

「お久しぶりですね、デジタル支部長。今日は見慣れない方々もいるようで」

 

アグネスデジタルは、明らかに声が上ずる。

 

「ど、どうもジュビリーさん……お久しぶりですね」

 

ダイヤモンドジュビリー。

セントサイモンの血筋に連なる第二眷属。

見た目は穏やかな白髪長髪のウマ娘だが、その内面には人をなんとも思わない冷たさがある。

いわばインテリヤクザのようなタイプだ。

 

「母上様は既にお待ちです。どうぞ中へ」

 

彼女の案内で、5人は屋敷へ入る。

 

---

 

屋敷の内装は、まるで英国貴族の邸宅だった。

豪奢で、整然としていて、そしてどこか“格”がある。

都市の上位階級の空気が、そのまま建物になったような場所だった。

 

廊下やホールには大勢の血鬼がいる。

だが、ダイヤモンドジュビリーの姿を見ると、彼らは恭しく礼をして道を開ける。

その統制の行き届き方は、普通の組織とはまた違う種類のものだった。

 

グランアレグリアが小声で囁く。

 

「……デジタル支部長、一応聞くけど、この人って……」

 

「ええ……セントサイモンさんの直系、第二眷属のダイヤモンドジュビリーさんです……こう見えて滅茶苦茶怖い方なので、怒らせないようにしてください……」

 

ダイヤモンドジュビリーが、ぴたりと足を止めた。

 

「聞こえてますよ」

 

「ひえっ! え、えっとその……!」

 

「ふふ、そんなに私や母上様が怖いですか? 支部長なのに相変わらず肝っ玉の小さい方ですね」

 

アグネスデジタルは、完全に縮こまる。

 

「うう……だってあの方、圧が凄いんですよ……」

 

「まあ確かに、母上様の気難しさは第二眷属の私でも測りきれていませんからね」

 

それでも、ジュビリーの声には侮りや苛立ちではなく、むしろ慣れた諦めに近いものがあった。

 

「今日は依頼の話だけですので、直ぐに帰れますよ」

 

「ソ、ソウデスカ……」

 

---

 

数分後。

一際目立つ扉の前に、一行は立っていた。

 

ダイヤモンドジュビリーがノックをする。

 

「母上様、ディエーチ協会の方々をお連れしました」

 

部屋の奥から、低く静かな声が返る。

 

「……入れ」

 

ガチャ、と扉が開いた。

 

そこにあったのは、玉座めいた椅子に座る一人のウマ娘。

対面した瞬間、ラヴズオンリーユー以外の4人は、心臓をぎゅっと締め付けられるような感覚を覚えた。

 

セントサイモン。

T社20区の長老にして、第一眷属の血鬼。

その存在そのものが圧であり、視線だけで空気を支配するような相手だった。

 

「……久しぶりだな、アグネスデジタル支部長。それと……初めて見るのが4人いるな。大方、護衛といったところか?」

 

クロノジェネシスは内心で息を呑む。

 

(い、息苦しい……! このウマ娘が第一眷属のセントサイモン……!)

 

グランアレグリアは、笑顔を崩さないようにしながらも冷や汗をかいている。

 

(確かに凄いオーラ……! 怖さ無限大マイルだよ……!)

 

カレンブーケドールは、気を抜けばその場で気絶しそうなほど圧倒されていた。

 

(視線だけで……気絶しそうです……!)

 

アグネスデジタルは、かろうじて声を絞り出す。

 

「は、はい! 最近ディエーチ協会に入った特色フィクサー『黒緑の愛』ラヴズオンリーユーと、その仲間の皆さんです!」

 

セントサイモンの目が、わずかにラヴズオンリーユーへ向く。

 

「ラヴズオンリーユー……ああ、数ヶ月前東部で暴れたという奴か。なるほど、特色なだけあって肝はあるようだな。俺を前にして怯まないとは」

 

「ええ、一応血鬼と戦った経験はあるからね」

 

「言っておくが、俺はそんじょそこらの血鬼とは比べ物にはならんぞ。せいぜい大人しくしておくことだな、小娘」

 

ラヴズオンリーユーは、まっすぐに言い返した。

 

「……仲間に手を出さないなら、何もしないわ」

 

その返答に、セントサイモンは鼻で笑う。

 

「ふん……さて、アグネスデジタル支部長。依頼の件だったな」

 

「は、はい……その〜、ディエーチ協会に依頼とは一体なんでしょうか……?」

 

セントサイモンは、ジュビリーへ目をやった。

 

「ジュビリー、あれを」

 

「はい」

 

ダイヤモンドジュビリーが、脇に控えていたそれをアグネスデジタルへ差し出す。

 

それは、何かの額当てのような形状をした遺物だった。

 

「これは……?」

 

「マンブリーノの兜、という遺物らしい。数ヶ月前に16区から回収したものだ」

 

ダイヤモンドジュビリーが説明を引き継ぐ。

 

「デジタル支部長は、3ヶ月ほど前に討伐された都市悪夢『ラ・マンチャランド』をご存知ですか?」

 

「もちろんです、確かP社16区で発生した都市悪夢ですよね?」

 

「その通り」

 

セントサイモンが低い声で続ける。

 

「元々ラ・マンチャランドは、16区の長老血鬼だったドンキホーテという奴が創設した遊園地だ。200年ほど前までは普通の遊園地だったが、所詮は夢見がちな愚か者の計画よ。あっさり頓挫して、そこの従業員だった血鬼連中は人を襲うようになった。そして最後は討伐された」

 

ダイヤモンドジュビリーも頷く。

 

「ええ、そしてラ・マンチャランドの運営が途中で狂い始めた原因が、下位眷属の血鬼たちによるドンキホーテさんへの反乱だったそうです」

 

アグネスデジタルが目を瞬かせる。

 

「反乱? でも血鬼は、下位眷属が上位眷属に逆らうのは出来ないはずじゃあ……」

 

「左様」

 

セントサイモンは淡々と答える。

 

「しかし実際に反乱が起きた以上、我々としてはその原因を探らねばならなかった。そこで16区で調査をした結果見つけたのが、このマンブリーノの兜だ」

 

ダイヤモンドジュビリーは、少しだけ声を低くする。

 

「ただ、我々は遺物の分析は苦手ですから、ディエーチ協会にこの遺物の分析を依頼したいのです。場合によってはディエーチ協会での保管もお願いします。もしこれが反乱の原因なら、我々が持ってるとうっかりが起きかねませんからね」

 

「わ、分かりました……! これの分析をすればいいんですね……!」

 

セントサイモンは、満足したのか、それともただ話を終えたいだけなのか、椅子に深く身を預けた。

 

「うむ……言っておくが、万が一にも紛失はするなよ? そうなれば……覚悟しておくことだな」

 

「も、もちろんですぅ!」

 

「では今日は下がって良い。さっさと帰れ」

 

こうして、セントサイモンからの依頼は無事に受理された。

 

---

 

アグネスデジタルは遺物を受け取り、5人は屋敷を後にする。

平原に戻ると、ようやく少しだけ呼吸が楽になった。

 

グランアレグリアが胸を押さえながら言う。

 

「うわあ……滅茶苦茶怖かった……本当に圧が凄い人だったね……」

 

クロノジェネシスも、少し遠い目をしている。

 

「確かに……寿命が数年縮んだような気がしましたね……」

 

カレンブーケドールは、まだ落ち着かない様子で周囲を見回した。

 

「ええ……でも、依頼自体は問題なさそうですよね。遺物の分析と保管の依頼なんですから」

 

アグネスデジタルは、やっと少し顔色を戻した。

 

「そうですね……ひとまず南部支部に戻ったら早速分析します。ラヴズさんたちも付き添いありがとうございました! 東部支部でも頑張ってくださいね!」

 

ラヴズオンリーユーは静かにうなずく。

 

「ええ、デジタル支部長もお気をつけて」

 

そうして、ラヴズたちとデジタルは別れ、それぞれの支部へ戻っていった。

 

---

 

アグネスデジタルは、遺物を抱えながら歩く。

 

怖い。

だが、重要な依頼だ。

そして何より、ディエーチ協会にとっては、こうした知識の積み重ねこそが価値になる。

 

「……ひとまず、南部支部に戻ったら分析ですね」

 

そう呟くと、彼女は少しだけ背筋を伸ばした。

いつもの自己評価の低さはある。

だが、少なくとも今は、支部長としてやるべきことがある。

 

その背後では、ラヴズオンリーユーたち4人もまた、静かに新しい仕事へ向けて歩き出していた。

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