Y社25区、郊外
都市の最北部に位置する第25区。
面積だけなら都市でも最大級の広さを誇るが、その大半は寒冷地だ。
雪が降り続き、時には吹雪にも見舞われる。
とにかく寒い。
一言で言えば、クソ寒い。
それでも都市の一部である以上、住人は普通にいる。
巣ではY社の庇護下で比較的快適に暮らし、裏路地では五本指の裏の規律と秩序のもと、搾取の日々が続いている。
過酷ではあるが、都市という場所ではそれが当たり前だった。
そんな25区の郊外、真っ白な雪原の中で――
「ほっ! ふっ! はあ!」
何かがぶつかる鋭い音が響く。
ガキン! キン!
デアリングタクトが、銀色の槍を手に巨大な影と切り結んでいた。
その相手は、人喰いバイオ熊。
自然の多い郊外では、こうした危険な野生動物も珍しくない。
「ふふ! 中々やりますね! 久しぶりの大物で私も楽しくなってきましたよ!」
対するデアリングハートは、かなり厚着をしているにもかかわらず、寒さで小さくくしゃみをした。
「クシュン! 貴女なんでそんな軽装なのに寒くないの!? 着込んでる私がこんなに寒いのに……!」
白と青を基調とした軽装。
動きやすさを最優先したような服装。
それを着ているのは、特色フィクサー――**空色の狩人、デアリングタクト**。
一方で、厚手のコートと防寒具をしっかり着込んでいるのが、B社2区・華彩事務所の所長であるデアリングハートだ。
タクトの親戚であり、現在は親代わりとして彼女を見ている人物でもある。
デアリングタクトは、熊の動きに合わせて半歩引き、笑う。
「しっかり身体を動かせばそんなに寒くありませんよ! ふふ、それじゃあそろそろトドメを刺しますね!」
彼女が槍を握り直す。
銀の刃が雪光を反射し、冷たい空気の中で鋭く輝いた。
そして、熊の急所へ一気に突き込む。
ズドン、と重い音がして、巨大な体がぐらりと揺れた。
呻き声を最後に、バイオ熊はその場に崩れ落ちる。
「はい! 一丁上がり!」
タクトは、何でもないことのように笑った。
「それじゃあ早速下処理しますね!」
「r、Really? 本当に食べる気なの?」
「だってこのまま放置してももったいないだけですし、せっかくなら無駄なく活用したいんです」
どこからともなくサバイバルナイフを取り出し、デアリングタクトは手慣れた様子で熊の解体を始めた。
包丁でも工房製の刃物でもなく、まるで野外慣れした狩人のそれだった。
デアリングハートは、その様子を見ながら、もう何度目かわからないため息をつく。
「はぁ……相変わらずの手際の良さね……」
「ふふ、慣れですよ、ハートさん」
ものの十分と少し。
巨大なバイオ熊は、きれいに解体されていた。
肉は部位ごとに分けられ、皮や骨も処理され、使えるものは無駄なく回収される。
デアリングタクトはそれらを大容量の次元クーラーボックスへ詰め込むと、一息ついた。
「ふふ、それじゃあ帰りましょうか。せっかくですし、今日の夕食は私が作りますよ」
デアリングハートは少しだけ眉をひそめる。
「……タクトの料理の腕は信頼出来るけど……材料がbareなのはちょっと……」
「でも美味しいですよ?」
「……そうね。もう仕留めてしまったし、頂くわ」
こうして二人は、雪原を後にした。
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帰路につく道中、デアリングハートは少しだけ真剣な顔になる。
「……タクト。今回は翼からの依頼だったから受けてもいいことになったけど、今の貴女、ハナ協会から目をつけられてるってことは忘れないようにしなさい。図書館の事件と同時期に発生した青い残響の一件で、フィクサーの規律や規則の基準が厳しくなってるから」
デアリングタクトは、あっさりと頷いた。
「分かってますよ。所長には迷惑を掛けませんから」
「……ならいいわ」
一拍置いてから、ハートは少しだけ目を細める。
「……そういえば、最近貴女、任務外でよく外出してるけど、どこに行ってるの? まさか隠れてこっそり狩りをしたりしてないわよね?」
「違いますよ。ちょっと深淵事務所に遊びに行ってるだけです」
「深淵事務所って……確かC社3区の事務所よね? 何しに行ってるの?」
デアリングタクトは、少しだけ視線をそらしながら笑う。
「ふふ、そこのコントレイルっていう新人フィクサーに興味が出来て……ちょっと無理言って仕事の手伝いをするついでに会いに行ってるんです」
「へぇ、貴女もそんなこと思ったりするのね。ふふ、その子のこと気に入ってるの?」
「ええ……可愛らしくて、まだ初心な点も多いんですけど……なんだか放っとけないんですよね……」
デアリングハートは、じっとタクトを見る。
「……もしかしてタクト、その子に恋してるの?」
デアリングタクトは、ふっと目を細めた。
「……ふふ、さてどうでしょうか。そこは秘密ですよ」
「そう。なら、あまり深くは聞かないわ」
ハートは、そこで話を打ち切るように微笑んだ。
「……ひとまず、早く帰ってDinnerの支度をしましょうか」
「分かりました!」
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デアリングタクトは、ただ強いだけの特色フィクサーではない。
彼女は都市の倫理観をそのまま受け入れている。
* 無駄にしない
* 仕留めたなら最後まで使う
* 取れるものは取る
* 生きるために、獲物を最後まで活かす
それは都市の中では、ある意味でとても合理的な価値観だ。
ただ、彼女の厄介さはその合理性が、あまりにも自然に染みついていることにある。
人肉だろうと、野生動物だろうと、彼女の中では「使えるものは使う」の範疇に入ってしまう。
だが同時に、彼女は狂っているわけではない。
そこが大きい。
デアリングハートが後始末に奔走しながらも、彼女を完全には見放さないのは、
タクトが“ただ危険な存在”ではなく、ちゃんと人として会話が成立するからだろう。
そして今、タクトはその興味を、深淵事務所の新人――コントレイルへ向けている。
それが単なる興味なのか、狩猟本能なのか、それとも恋なのかは、本人だけが知っている。
少なくとも彼女は、今日も笑っている。
雪の中でも、獲物の前でも、誰かを気にかける時でも。
それが、空色の狩人の生き方だった。