ディエーチ協会 東部支部
第10協会、ディエーチ協会。
知識と研究をモットーとする協会であり、都市で起こった出来事の記録も担っている。
その東部支部の書庫では、今日も蔵書整理が進んでいた。
「クロノちゃん! 地理分野の蔵書整理終わったよ!」
グランアレグリアの明るい声が、静かな書庫に響く。
「ありがとうございます、グランさん。ブーケさんはどうですか?」
「こちらもちょうど終わったところですよ」
カレンブーケドールも、手元の書類を揃えながら答えた。
クロノジェネシスは、その報告を聞いて満足そうにうなずく。
「そうですか。では支部長に報告に行きましょうか」
グランアレグリア、クロノジェネシス、カレンブーケドール。
つい1週間ほど前にディエーチ協会東部支部へ入ったばかりのフィクサーたちだ。
かつては1級や2級の上級フィクサーだったが、訳あって降格処分を受け、紆余曲折の末にディエーチへ拾われた。
グランアレグリアが、片手を上げてふと思い出す。
「そういえばクロノちゃん、ラヴズちゃんは?」
「確かさっき、自室で自習すると言ってましたね。ディエーチ協会に来てからも、まだまだ知らないことが多いとのことで」
カレンブーケドールは、くすりと微笑んだ。
「ふふ……ラヴズさんらしいですね」
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支部長室
3人が支部長室へ入ると、メジロドーベルが書類仕事の手を止めた。
「失礼しまーす」
「……あっ、3人とも。書庫の整理は終わったの?」
「はい、無事に整理できました」
クロノジェネシスがそう答えると、メジロドーベルは小さく頷いた。
「そう、ご苦労さま。それじゃあ今日の残り時間は自由学習で良いから、好きなように過ごしてて」
その時だった。
「失礼します」
支部長室の扉が開き、ラヴズオンリーユーが入ってくる。
両腕には、何やら巻かれた大きな紙を抱えていた。
「ラヴズ? どうしたの? 何かあった?」
メジロドーベルが尋ねると、ラヴズオンリーユーは少しだけ紙を持ち上げた。
「支部長、都市の地理で少し気になったことがあったので聞きたいんだけど良いかしら?」
「うん、何かしら? 遠慮なく聞いて」
ラヴズオンリーユーは、机の上でその紙を広げる。
それは都市全体の地図だった。
都市は、中央のA社1区から時計回りにB社2区、C社3区……と並び、最北部のY社25区まで、渦巻き状に配置されている。
都市で生きる者にとって、それは当たり前の知識のはずだった。
しかし――。
「これがどうかしたの?」
ラヴズオンリーユーは、地図の端を指でなぞりながら言う。
「……ちょっと気になってたんだけど、Z社の区ってどこにあるの?」
しん、と部屋の空気が止まる。
そう。
都市で一般に出回っている地図には、Y社25区までしか載っていない。
26番目にあたるはずの“Z”の文字が、どこにもないのだ。
しかし都市においては、翼も区も26存在していると明言されている。
それなのに、最後の一つだけが地図上から消えている。
それは明らかに不自然だった。
メジロドーベルが、少しだけ視線を逸らす。
「ああ……Z社……ね……」
グランアレグリアも、あらためて地図を見直して首をかしげる。
「確かに……なんか気にしてなかったけど、改めて考えると地図にはA社の区だって書かれてるのに、ひとつだけ書かれていないって明らかにおかしいよね」
クロノジェネシスも、静かに興味を示す。
「確かに……言われてみると、なんだか気になりますね……」
カレンブーケドールも続く。
「支部長、Z社についてはご存知ですか?」
メジロドーベルは、少し困ったような顔で肩をすくめた。
「Z社……か。……実を言うと、ディエーチ協会でもZ社についてはあまり把握出来ていないのよね。アタシもそこまで詳しくは知らないし」
「そうなの?」
ラヴズオンリーユーが目を細める。
「うん。翼の中でも表舞台にほとんど出てこなくて……12協会にもほとんど依頼してこないから……あんまり関われてないの」
クロノジェネシスは、より実務的な疑問を口にする。
「でも翼ってことは当然、事業もしていますよね? そこから調べたりできないんですか?」
「うーん……翼のことを調べるって結構リスク高いんだけど……」
カレンブーケドールも、それには頷かざるを得ない。
「確かに……それもそうですね」
それでも、グランアレグリアだけは目を輝かせていた。
「でもあたしは気になるな〜、Z社のこと」
そこで、メジロドーベルが結論を出す。
「じゃあさ、4人ともZ社について調査しても良いけど、少しでも危ない兆候があったら止めること。そして報告もしっかりするように。良い?」
「はーい!」
グランアレグリアが元気よく返事をする。
他の3人も、それぞれ頷いた。
ラヴズオンリーユーは、地図の“空白”を見つめたまま静かに思った。
――地図にない区画。
それは、都市にとって“隠したいもの”なのか、それとも“誰にも触れさせたくないもの”なのか。
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4人が退室したあと、メジロドーベルはしばらく机の上の地図を見つめていた。
「……Z社、か」
都市には多くの空白がある。
だが、翼の配置に空白があるのは尋常ではない。
それは単なる未記載ではなく、
**意図的に触れないようにしているもの**のようにも思えた。
メジロドーベルは小さく息を吐く。
「……とりあえず、あの4人なら変に踏み込みすぎることはないでしょうけど……」
彼女は書類を一枚抜き取り、簡単な注意事項を書き添えた。
> Z社に関する情報は極めて限定的。
> 調査は可。ただし単独での深入りは禁止。
> 何かあれば即報告。
ディエーチ協会は、知識を扱う。
だが、知識には触れてはいけないものもある。
そういう種類の情報が、この都市には確かに存在するのだ。
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一方その頃、書庫へ戻ったラヴズオンリーユーは、すでに別の資料棚を見ていた。
「……Z社。やっぱり気になるわね」
クロノジェネシスは、その横に立つ。
「でも、支部長も言っていましたし、危ない兆候があれば止めるべきですよ」
「ええ、分かってるわ」
グランアレグリアは、半分ワクワクしている顔で言った。
「あたし、こういう“地図にないもの”ってすっごく気になるんだよね! なんか冒険って感じで!」
カレンブーケドールが少し苦笑する。
「グランさん、あまり無茶はしないでくださいね……」
ラヴズオンリーユーは、資料の頁をめくりながら静かに答える。
「調べるだけならいいわ。
でも、何かを壊すためじゃなく、知るために調べる。
それがディエーチ協会のやり方でしょう?」
その言葉に、クロノジェネシスがふっと笑う。
「ええ。そうですね」
4人は、Z社の痕跡を探すことになる。
だがそれはまだ、ほんの入口にすぎない。
都市の最後の一つ。
地図の空白。
誰もが名前だけ知っていて、誰もまともに語れない区画。
District Z Corp.
その謎は、これから少しずつ明らかになっていくのだろう。