J社10区 巣
都市南東部、J社が支配する第10区。
ここは都市でも特に有名な**賭博の区**だった。
巣も裏路地も、いたるところで賭場が開かれている。
勝てば一発逆転。
負ければ破産。
破産した者は、噂ではどこかの漫画のように地下施設へ送られる――そんな話まである。
そのせいで、裏路地には
* 中古車店
* 質屋
* 臓器売買組織
まで跋扈していた。
金の匂いがするところには、必ず人の欲望が集まる。
そしてこの区では、その欲望があまりにも露骨だった。
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そんな10区の巣のとあるカジノに、二人のウマ娘がやって来ていた。
「へっ、久しく来ていなかったというのに……ここのカジノの騒がしさは変わってねぇな」
ナカヤマフェスタは、ニット帽のつばを少しだけ持ち上げ、店内を見渡した。
彼女はウーフィ協会の協会長であり、1級フィクサー。
一見すると気だるげだが、実のところ勝負事が大好きな生粋のギャンブラーである。
「久しくっていうが、その割にせいぜい2、3ヶ月の話だろ。まあ……あれだけ大変だったウーフィ協会の予算問題がようやく落ち着いたんだ。今日は久しぶりに楽しもうぜ、ナカヤマ」
隣で笑ったのは、東部支部長のシリウスシンボリだった。
元裏路地の出身らしく、いまだどこか不良っぽい雰囲気を残しているが、今は立派なウーフィの幹部だ。
「だな」
二人は顔を見合わせ、短くうなずいた。
ウーフィ協会は契約の仲介と履行、そして違反者への制裁を担う協会だ。
その性質上、このJ社10区では、直属フィクサーや傘下事務所が賭博の立会人として常駐している。
イカサマや契約違反が見つかれば、処罰もまた彼らの仕事だった。
ナカヤマは軽く肩を回して、店内の熱気を楽しむように言った。
「シリウス、今更言うことでもないだろうが、つまんねえやり方はなしだからな」
「当たり前だ。イカサマは御法度……だろ?」
「ああ。下の連中にも、イカサマをしたことが発覚したなら誰であろうと始末していいと命じてるからな。無論、私らを含めて……な」
「そうこないとな」
「……で、何から遊ぶ気だ?」
「そうだな……そういえば、ここのカジノの名物は花札らしいぞ。1回見に行ってみるか」
「花札?カジノのゲームにしては珍しいな。面白そうだ」
二人は笑いながら、花札コーナーへ向かった。
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花札コーナー
煌びやかなカジノの一角。
そこだけは、どこか和風の情緒が漂っていた。
そこで行われていたのは、花札ゲーム「こいこい」だった。
「ほう、まじで花札やってんだな。へっ、中々楽しめそうだ」
ナカヤマフェスタが席を覗き込む。
シリウスシンボリも辺りを見回した。
「さて……どこか空いてる席は……」
その時、ひとりの女性が声をかけてきた。
「おや、もしかして貴女方、ウーフィ協会のナカヤマフェスタ協会長とシリウスシンボリ支部長ではないですか?」
黒髪のポニーテール、黒いコート、紫の刀。
中世的な顔立ちをしたその女は、ハナフダだった。
「……あんたは?」
「はっ、私はウーフィ協会傘下の定事務所代表、ハナフダと申します。協会長方にご挨拶申し上げます」
シリウスシンボリが、少しだけ目を細めた。
「定事務所……ああ、2年半前の図書館の事件で全滅したと聞いた事務所だったな。無事に戻って来れたのか」
「はい。色々ありましたが、今は元鞘でここの立会人をしております」
ナカヤマフェスタは、変わらず気だるげな調子で言った。
「そうか、それは良かったな」
ハナフダは礼儀正しく頭を下げる。
「協会長方は、今日はご視察ですか?」
「いや、今日はあくまで休暇の遊びだ。今の私らはあくまで客側。あんたも自分の仕事をそのまましてればいいぞ」
「分かりました。では今からはあくまで立会人として接します。……あっ、ちょうど1席空きましたね」
空いた席に、ナカヤマフェスタが座る。
その後ろにシリウスシンボリが立ち、見守る形となった。
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対戦相手の男が、ナカヤマを見てニヤリと笑った。
「おや、次は誰かと思ったら噂のウーフィ協会長様が来るなんてな」
「私のこと知ってるのか?」
「ああ、この辺の賭場に出入りしてるって噂は聞いてたからな。そろそろ来るだろうと思って待っておいて正解だったぜ」
シリウスシンボリが小さく舌打ちする。
「……私らを狙ってたってことか」
「協会長ってことは金持ちなんだろ? 有り金全部置いていってもらうからな」
ナカヤマフェスタは、口元だけで笑った。
「そういうことか……なら……後悔すんなよ?」
シリウスシンボリも腕を組んだ。
「こっちは有り金全部賭けるぜ。そっちも相応の金を出しな」
「良いぜ、俺も今の有り金全部賭けてやる。おい立会人、相手がウーフィ協会のトップだからって忖度はする気じゃないだろうな?」
ハナフダは淡々と答える。
「しませんよ。協会長といえども今は1人のギャンブラーですから。ではこれより花札ゲームこいこいを始めます。協会長もルールは既にご存知ですね?」
「ああ、一応な」
「先に言っておきますが、ここでは役のうち月見および花見で一杯も採用していることは御憂慮しておいてください。まずは先手後手を決めますので各自1枚札をめくってください」
それぞれ山札から1枚をめくる。
ナカヤマフェスタは5月札。
対戦相手は4月札。
「俺が先手だ」
「では順番も決まりましたので、両者始めなさい」
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札が配られる。
花札ゲーム「こいこい」は、場の札と手札を組み合わせて役を作る遊戯だ。
場に8枚、手札に8枚。
同じ月の札を出して取ることで、役のための札が揃っていく。
ナカヤマフェスタは、配られた手札を見てすぐに戦略を組み立てた。
最初の手札は悪くない。
だが場にいきなり**菊に盃**があるのが厄介だった。
対戦相手が動く。
「おっ、菊に盃があるじゃねえか。いただくぜ」
菊のカス札で盃を取る。
そのまま相手のターン。
シリウスシンボリが低い声で言う。
「……こうなると、月と桜は死守しろよ」
「……分かってる」
ナカヤマフェスタは心の中で、無難に**タネ**を狙いつつ、**猪鹿蝶**をサブプランに置いた。
まず牡丹のカス札で、場の牡丹に蝶を取る。
そして山札をめくる。
芒に望月。
「よし、ついてるぜ」
偶然、場に芒に雁のタネ札があった。
これで、相手の月見で一杯を阻止する。
「いいぞナカヤマ……!」
しかし、対戦相手もただでは終わらない。
「おっと悪いな」
桜のカスに対し、桜の光札。
「しまった……!」
ハナフダがすぐに口を挟んだ。
「花見で一杯、成立ですね。こいこいはできますがどうしますか?」
「しねえよ、危ない橋は渡らねぇ主義なんだ」
「では、5点入ります」
シリウスシンボリが小さく舌打ちする。
「チッ……幸先悪いな……」
「……まあいい、まだ勝負は始まったばかりだ」
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だが、その後の流れは最悪だった。
二回戦。
「悪いな、三光だ」
四回戦。
「……カスとタネ」
六回戦。
「ツイてるな! 猪鹿蝶さ」
九回戦。
「青タン、月見で一杯」
十一回戦。
「雨四光さ! いやー悪いな!」
そして最終十二回戦の前。
相手 77点。
ナカヤマフェスタ 38点。
差は39点。
最高役五光を単独で作った程度では到底ひっくり返らない。
シリウスシンボリが、声を潜めて言う。
「……どう見る? ナカヤマ」
ナカヤマフェスタは、札を見つめながら答えた。
「ハナフダが札をシャッフルしている以上、少なくとも技術的なイカサマじゃねえ……J社の願望力を使ったイカサマだな。運をめちゃくちゃに上げて勝ちまくってきたといったところか」
「なら取り押さえるか?」
「……いや、仮にもウーフィ協会長の私に対してイカサマをしたんだ。……そのケジメは取らせないとな。……徹底的に心をへし折らせないと気が済まねえ」
シリウスシンボリは、にやりと笑う。
「ふっ、そう来ないとな」
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最後の配札。
ナカヤマフェスタの手元には、思わず息を呑むような札が来ていた。
芒と桜以外の三枚の光札。
しかも、菊に盃もある。
「……来た」
この土壇場で、必要な札が揃う。
五光と花見と月見。
うまくいけば20点、倍で40点。
シリウスシンボリが小さく言う。
「ナカヤマ……行けるか?」
「ああ……この好機、逃さねえよ」
対戦相手は余裕を見せる。
「最後はさっさと逃げ切りだな。ほらよ」
適当なカス札を取る。
ターンが回る。
ナカヤマフェスタは、まず松の光札を確保した。
続いて、桐。
柳。
そして山札から最後の一枚を狙う。
「……これだ」
桜の光札。
「これで雨入り四光だ」
「チッ、ツイてんな……だがそれで逆転はできねえぞ?」
シリウスシンボリが静かに笑う。
「だからやることは決まってるさ、だろナカヤマ?」
「ああ……こいこいだ!」
こいこい。
役を作った上でさらに続行する選択。
しかも一度の上がり点数が7点を超えれば、点数は倍になる。
ギャンブルとしては、これ以上ないほど熱い局面だった。
ナカヤマフェスタは、勝負の勘に全神経を集中させる。
手札には、まだ菊に盃がある。
だがそれを出せば花見で一杯が増えるだけで、点数は足りない。
必要なのは芒。
芒に望月。
その一枚を、最後に引けるかどうか。
「……残りは芒の光札……芒が場にある時が狙い目だな。……とはいえそのチャンスはたった1回、……ひりつくじゃねえか」
「ああ……これこそ本当のギャンブルってものだ」
やがて、その時が来る。
ナカヤマフェスタは菊に盃を出し、持ち札に加える。
「なに! 花見で一杯!?」
「ああ、そしてもしここで芒に望月を引ければ、五光に月見でこっちの逆転だな」
「で、出来るわけねえ! そんなたった1枚の光札を引くなんて……!」
「お静かに」
ハナフダが制した。
ナカヤマフェスタは、最後の山札に手を掛ける。
「……ラストドロー!」
札をめくる。
「……ふっ……私が引いたのは……満月だ!」
「バカなー!?」
芒に望月。
これで五光が完成する。
場の芒札も取り込み、役が成立した瞬間、場の空気が一変した。
ハナフダが静かに宣言する。
「そこまで。五光、花見で一杯、月見で一杯成立、計20点がボーナスで倍になり合計40点獲得。最終結果77対78でナカヤマフェスタ協会長の勝利です」
「すげえぜナカヤマ! へっ! ざまあみろってんだ!」
「ふぅ……流石に疲れたぜ……」
対戦相手は、悔しそうに歯噛みした。
「ち、ちくしょう……」
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シリウスシンボリは、ここで初めて本気で笑った。
「……さてと、そろそろ問い詰めてもいいな?」
「な、何がだよ?」
「あんた、イカサマしてただろ?」
「なっ!?」
「大方、願望シールを貼ってたんだろうが……前半で飛ばしすぎて、最後の最後に効果が薄れたようだな」
「な、何を言うんだ! 見ろ! どこにも貼ってないだろ!」
「……ハナフダ」
「はい」
ハナフダが、相手の髪を引っ張った。
すると見事なハゲ頭の上に、タトゥーシールらしきものが貼られている。
「こすい手だな。カツラで隠すなんてよ。そんなの裏路地の三流賭場でしか見ないぞ」
ナカヤマフェスタが、静かに問う。
「ハナフダ、願望力を使った場合のイカサマの処罰は?」
「いつも通り規則に則り、手首を切り落としますよ」
「く、くそー!」
男が逃げ出そうとする。
しかし――。
「おっと……!」
ハナフダがあっさり取り押さえ、そのまま得物の刀で粛清した。
「終わりました」
「おう、ご苦労さん」
「ではお二方、あとの始末はこちらでつけますのでどうぞごゆっくり」
シリウスシンボリは肩を鳴らして笑う。
「分かった。ナカヤマ、次はルーレットでもしようぜ。私も遊びてぇ気分なんだ」
ナカヤマフェスタも、久々に満足そうな顔をした。
「ああ、今日はパーッと遊ぶぜ!」