J社10区 巣 カジノ
ハナフダと別れたあとも、ナカヤマフェスタとシリウスシンボリはカジノを満喫していた。
ルーレットコーナー。
ディーラーの声が場内に響く。
「黒の20!」
「だぁー! またハズレかよ!」
ナカヤマフェスタは、少しだけ肩を落とした。
先ほどの花札では見事な逆転勝ちを収めたものの、運というものは気まぐれだ。
今の彼女には、その余韻はもうない。
シリウスシンボリが肩を竦める。
「ナカヤマ、さっきの五光の運はどこ行ったんだ? さっきから外れてばっかりじゃねえか。私は順当に勝ててるってのによ」
「チッ……運が途切れちまったか……」
「まっ、ここはゴールドランクだしな。極端に賭けず気楽にやってれば大負けはしないのが幸いだな」
「だが……イカサマも横行はしてるがな」
「私らはしないから関係ないことさ。ダイヤモンドクラスならともかく、イカサマは見抜けない方もマヌケだからな」
「それもそうだな」
ギャンブルにおいてイカサマは御法度だ。
しかし実際のところ、あまりにも露骨すぎなければ“勝負を盛り上げる程度の小細工”として見逃されることもある。
この区では、勝負の主役はあくまで客同士だ。
つまり、イカサマを見抜けずに負け続けるような者にも責任がある。
それがこの都市のルールだった。
もっとも、そんな理屈が通るのは、あくまで下位ランクまでの話だ。
ナカヤマフェスタがふと視線を上げる。
「……そういえば、なんかスタッフどもが騒がしいな。やけにザワついてるし、連絡を取り合ってるように見える」
「上でなんかあっただろうよ。プラチナクラス辺りは富裕層なんかの上客が多いしな」
その時、黒スーツのスタッフが小走りで近づいてきた。
「失礼します。ウーフィ協会のナカヤマフェスタ協会長。少々よろしいでしょうか?」
「……一応客で来てる私をそう呼ぶってことは、なんか依頼か?」
「はい。これからこのカジノのブルーダイヤモンドクラスで大勝負が始まるのですが、その立会人をするフィクサーが誰も名乗りあげなくて……そこで協会長様にぜひ立会人になっていただきたく……」
ナカヤマフェスタは、ほんの少しだけ目を細めた。
「ブルーダイヤモンドクラスの立会人だと? 誰もやりたがらないって……一体何があったんだ? 少なくともここに常駐してるフィクサーたちにとっては、キャリアになる千載一遇のチャンスのはずだが」
「それが……プレイヤーの1人が親指のカポでして……」
シリウスシンボリが、あからさまに嫌そうな顔をした。
「親指? また面倒な客が紛れ込んだものだな。指が関わるギャンブルとなったらそりゃあやりたがらねえわけだ」
「そんな奴がなんでブルーダイヤモンドクラスにいるんだ? やっぱり相応に強いのか?」
「はい、このカジノのトッププレイヤーの1人です。親指のルールを押し付けることもせず、カジノのルールに従ってるので、流石に出禁にすることもできず……」
ナカヤマフェスタは、しばらく黙ったあと、短く笑った。
「なるほどな……分かった。引き受けるから案内してくれ」
「はい、こちらです」
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ブルーダイヤモンドクラス
上層階に上がると、空気が変わった。
下層の喧騒とは真逆に、そこには厳粛で、重く、静かな空間が広がっていた。
明かりも少ない。
空気もどこか張り詰めている。
シリウスシンボリが懐かしそうに息を吐いた。
「ブルーダイヤモンドクラスか……私も来るのは久しぶりだ」
「……卓はどこだ?」
「こちらです」
案内された卓には、すでに二人の男性が座っていた。
一人は、いかにも巣の上流階級といった風貌の男。
そしてその対面に座るのは、親指の赤いコートとハットを着こなした、整った口ひげの男だった。
ナカヤマフェスタは、その男を見てすぐに理解した。
普通の客ではない。
親指の気配が、まるで肌に刺さるようだった。
「ウーフィ協会の協会長ナカヤマフェスタだ。今回の立会人を任された。言っておくが、ここでは指も翼も関係ない。双方ともにカジノのルールには従うように」
男は、落ち着いた声で答えた。
「ええ……存じておりますとも。今の私は一介のギャンブラー。今だけはギャンブルのルールに従いますよ」
ナカヤマフェスタは、あえて淡々と返した。
「なら良いな。あんたも親指が相手だからって、遠慮はなしでいいぞ」
対戦相手の男が、少し青ざめながらも言う。
「あ、ああ……もちろんだ。親指だからって怖くねえぞ……」
シリウスシンボリは、後ろから冷めた声を落とす。
「……いざって時はウーフィ協会東部支部長として私も介入するからな。ナカヤマ1人とは思わないように」
「ならそろそろ始めるぞ。ゲームは何をする予定なんだ?」
「ポーカーでございます」
「OK、なら私がディーラーもしよう。トランプを用意してくれ」
「はっ」
封印シール付きのトランプが持ち込まれる。
未使用の証。
つまり、この場にいる誰も手を付けていない。
ナカヤマフェスタは慣れた手つきで封を切り、カードをシャッフルした。
その時、親指のカポが静かに口を開く。
「そういえば立会人様に挨拶がまだでしたね。わたしの名はダービー。D'.A.R.B.Y。Dの上にダッシュがつきます」
「ダービーか……その名前、覚えておこう。……よし、配るぞ」
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1戦目
ポーカーは、5枚の手札が配られ、それを一度だけ交換し、その役で勝負するゲームだ。
単純だが、賭け金が乗ると一気に心理戦になる。
「ところで、今日の賭け金はいくらなんだ?」
「チップは双方それぞれ6枚ずつ。1枚で1億眼です」
「計12枚で12億眼か……大勝負だな」
ダービーが薄く笑う。
「ええ……だから私としても久しぶりに楽しめそうですよ。さて、私が先手ですね……」
手札を見たあと、静かに言う。
「ならここは……コールします」
場代と合わせて2枚のチップが出る。
相手の男もコール。
そして交換タイム。
「2枚チェンジ」
「3枚チェンジだ!」
ナカヤマフェスタは、カードが何であるかを瞬時に把握していた。
長年の勝負勘だ。
カードを触れた感触で、おおよその中身が分かる。
最後の選択。
「じゃあ2人とも、最後はどうする?」
「コールです」
「コールだ!」
「よし……カードオープン!」
結果は、ダービーがツーペア。
相手はストレートだった。
「よっしゃあ!」
「おお……中々やるじゃないですか。そう来なくては面白くない」
ナカヤマフェスタは、表情を変えずに次のカードを配る。
「よし、次のゲームだ」
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しかし2戦目、3戦目。
流れは妙にダービーに傾いた。
ナカヤマフェスタは、次第に違和感を覚え始める。
ダービーは強い。
しかし単純に運が良いだけではない。
(……ダービーには既にスリーカードがあったはずだが、それを蹴るだと?)
彼女は気付く。
ダービーは“勝てる役”をあえて捨てることがある。
そして、その後の一手で相手の心を折りに来る。
それはただのギャンブルじゃない。
**相手の判断そのものを壊すやり方**だった。
3ゲーム終了時点で、チップはダービーが10枚、相手が2枚。
相手は完全に追い込まれる。
ナカヤマフェスタは、静かに断言した。
(……なるほど……こいつは厄介な相手だな。少なくとも……このおっさんではダービーには勝てない)
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4戦目
ここで負ければ、相手は終わりだった。
最低チップが足りなくなるからだ。
相手は必死に叫ぶ。
「ご、5枚チェンジだ!」
「ほらよ」
配られたのは、Aのフォーカード。
一気に希望が見えた。
ダービーも交換を行う。
「2枚チェンジ」
そして――。
「私はレイズします」
「レ、レイズ!?」
「ええ……残り8枚合わせて10枚ベットです」
相手は目を見開いた。
「ば、ばかな……! 俺のチップは2枚だぞ!」
「足りない分は借金で賄ってもいいですよ。親指としてはそれで構いません」
ナカヤマフェスタが確認する。
「……ここのカジノのルールではどうなんだ?」
「はい。不足金は当カジノが立て替えする代わりに、債務者には返済プログラムを受けてもらうことになっております」
「……ということだ。どうするんだ?」
「い、良いだろう! 勝負だ!」
「よし……カードオープン!」
「どうだ! Aのフォーカードだ!」
ダービーは、微笑みすら崩さずに言う。
「……残念でしたね。ストレートフラッシュです」
相手は、言葉を失った。
「……そ、そんな……」
ナカヤマフェスタは、静かに勝敗を宣告する。
「そこまで、チップが底をついたから、この勝負ダービーの勝ちだ」
相手は、そのまま床へ崩れ落ちた。
ダービーは、何事もなかったかのようにスタッフへ言う。
「ふふ、それでは、お金はいただいて行きますよ。スタッフ、いつも通り親指の口座に振り込んでおくように」
「は、はい!」
敗者はスタッフに引きずられ、奥へ連れて行かれる。
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帰ろうとするダービーに、ナカヤマフェスタが声をかけた。
「……あんた、随分強いんだな。親指のカポなのに賭場に入り浸って大丈夫なのかよ?」
ダービーは、少しだけ口角を上げる。
「ご心配なく。私の趣味は親指の規律の範疇ですから。それではナカヤマフェスタ協会長。いずれまた会う時があれば」
そう言って、ダービーは賭場を後にした。
シリウスシンボリが、少し低い声で問う。
「……ナカヤマ、あいつどんな感じだ?」
ナカヤマフェスタは、しばらく黙ってから答える。
「……イカサマなしでも既にやばいが……イカサマがありならなんでもやってくるタイプだ。……私以外が立会人だったら、見抜けないサマをしてもおかしくない。幸い、協会長の前でサマをするほど馬鹿じゃなかったか」
「そうか……あいつとゲームする時が来たら気をつけないとな」
「ああ……さて、それじゃあ私らも帰るか」
「そうだな」
ナカヤマフェスタは、スタッフへ軽く手を振った。
「スタッフ、立会依頼の報酬は今日はなしで良い。……面白いものが見れたからな」
「分かりました。どうぞお気をつけておかえりください」