A社1区 A社本社 資料保管庫
A社本社の資料庫には、都市の歴史、各翼の特異点、禁忌、都市災害、そして頭が積み上げてきたあらゆる記録が眠っている。
その広大な書庫の一角で、今日も黙々と資料整理が進められていた。
「オルフェさん、旧G社関連のファイルは7番の棚の上から5段目に入れておいてください」
「うむ」
白く豪奢な衣装を纏ったA社専属フィクサー、オルフェーヴルが、淡々と箱を持ち上げる。
その横で書類を確認しているのは、S社19区担当調律者のシュナだった。
人間の女性で、見た目はごく平凡なOL風。
だが、その実態は頭直属の調律者。
言葉の端々から、都市最上位の仕事人らしい圧がにじんでいた。
しばらくして、ファイル整理が終わる。
「……ひとまずこれで整理は終わりか」
「はい、ありがとうございました。……オルフェーヴルさん、こうしてお話しするのは初めてでしたけど、カフェさんやジェナさんから聞いた通り、優秀なんですね。おかげさまで資料庫の整理が思ったより早く終わりました」
「これぐらいどうということはない」
オルフェーヴルは、ほとんど感情を見せずにそう言ったあと、ふと思い出したようにシュナを見る。
「……それはそうと、シュナ、だったか。確か貴様は19区の担当調律者らしいな」
「そうですね。19区の翼であるS社――サルピッピョ農畜産の監視および監督をしています」
「S社……噂だけは聞いている。翼の中でも特に独裁体制が激しい翼で、代表はかなりのワンマン経営者だと」
シュナは小さく息を吐く。
「その通りです。サルピッピョ農畜産は、朋党――ブンダンと呼ばれる三つの派閥に分かれて業務をする体制を取っている翼です。米と穀物を管理するサル党派、肉と家畜を管理するピョ党派、その二つを包括するピ党派に分かれています」
「……なるほど」
「元々は三派閥が互いに牽制し、時に協力することでS社を成長させるための制度でした。ですが今は、サル党派とピョ党派が結託してピ党派を追いやっているのが現状です」
オルフェーヴルは、わずかに眉を寄せた。
「ふん……それを幹部どもは放っておいてるのか?」
「一応、腐敗が進むS社を改革しようとした者はいました。ですが、皆悪意によって淘汰されました。今ではS社を変えようとする者は、ほとんどいません」
「……H社は変わりつつあるというが、やはりそういう翼は稀ということか」
「S社は特に真っ黒な翼ですからね。早々変わるものではないですよ」
オルフェーヴルは棚に視線を走らせながら、低く呟く。
「だが……そんな体制が続けば、いずれ民草が19区から離れるはずだ。そこまで悪意に塗れた翼なら、その対策も抜かりないのであろう?」
シュナは、どこか事務的にうなずいた。
「ご明察です。19区では、許可なき移住、あるいは亡命は禁忌に指定されています。もし19区から逃げ出した場合、S社のタブーハンター『チュノックン』が派遣され、逃亡者を捕まえます。捕まれば最後、ノビ――19区の用語で奴隷の烙印を刻まれ、二度とまともな生活は送れません」
「……暴君の称号を持つ余が言うのもあれだが、いけ好かぬ翼だな。19区に生まれたが最後、よほどでもない限り、まともな生き方は出来ぬということか」
「ええ。とはいえ、それでも翼は翼です。少なくとも近年は倒産するような経営状態ではありませんし、S社の規則に従えるなら安定した生活は出来ます。……都市の最底辺の環境のW社23区裏路地とは違います」
「……自由無き平穏と、底辺の地獄。どちらがましなのだろうな」
「それは私には分かりませんね」
シュナは、少しだけ遠くを見るような目をした。