南部リウ協会支部 訓練所
数日後。
リウ協会南部支部の訓練所には、熱気が満ちていた。
円形の訓練場の中央で、南部支部長エルコンドルパサーと西部支部長ノーリーズンが向かい合う。
その周囲を、協会長のヤエノムテキと、南部支部のフィクサーたちが取り囲んでいた。
「久しぶりデスねノーリーズン支部長! 今日こそはエルが勝ちマスよ!」
「にゃっはっは! 相変わらずじゃのうエルは! 言っておくが、わしとて手加減はせぬぞ?」
拳を震わせて気合十分のエルコンドルパサーとは対照的に、ノーリーズンは落ち着いたものだった。
古風な口調も、柔らかな笑みも、どこか余裕を感じさせる。
「2人とも気合いは十分ですね、結構なことです」
ヤエノムテキは静かに頷いた。
武人らしい整った姿勢のまま、視線は二人から一切外れない。
シャオは部下のミリスとチュンとともに厳かに見守る
「支部長同士の模擬試合なんて滅多に見られるものではない。お前たち、しっかり見て学ぶように」
「分かりました部長」
「はい、しかと心に刻みます」
南部2課のフィクサーたちも、緊張した面持ちで頷く。
ロウェルは少し後ろで腕を組み、いつもの穏やかな表情のまま観戦の構えを取っていた。
「メイ、セシル、君たちならこの戦いどう見る?」
ロウェルが問うと、2人は顔を見合わせる。
「エル支部長の戦い方は南部支部の私たちもよく知ってますけど、ノーリーズン支部長はあまり詳しくないので未知数ですね」
「ええ。エル支部長やヤエノ協会長は格闘術で戦いますが、ノーリーズン支部長の情報は剣術に秀でている、ということぐらいしか……」
「では2人とも、そろそろ始めてください」
ヤエノムテキの声は低く、よく通った。
「了解デース!」
「うむ!」
ノーリーズンがゆっくりと刀に手をかける。
エルコンドルパサーも、手甲を固めるようにして構えを取った。
「……始め」
その瞬間、2人が同時に踏み込んだ。
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「炎斬!」
「炎拳撃!」
リウ協会の特徴である、火花を帯びた攻撃が正面から衝突する。
金属音と爆ぜる熱が同時に散り、訓練所の空気が一気に熱を帯びた。
ガキン!
ノーリーズンの剣閃と、エルコンドルパサーの拳が真正面からぶつかる。
「剣の流れ!」
「焔龍拳!」
ノーリーズンは剣筋を変え、流れるように次の一撃へ繋げる。
だがエルコンドルパサーも怯まない。
正面から受け止め、拳圧で押し返す。
「凄まじい攻防ですね……見てるだけで暑くなってきましたよ……」
ミリスが汗を拭う。
「支部長クラスになれば、リウ協会の装備の使い方は熟知しているのが前提条件です。互いの装備の長所と短所、そして戦術を知っているからこそ、行動の先読み合いになります。普段の戦争の場においても、相手の行動を予想するのは基本ですしね」
ヤエノムテキは淡々と説明する。
だが、その目は真剣そのものだった。
「なるほど……」
「でもそれなら、お互いが相手の行動を読み合うので膠着するんじゃないですか?」
メイの問いに、ヤエノムテキは首を振る。
「ええ。だからこそ、この戦いで重要なのは“相手の意表を突けるかどうか”です。そのうえで、ノーリーズンさんは相手の隙を作り出す搦め手に優れています」
「隙を作る……ですか?」
「見ていれば分かりますよ」
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しばらくの間、戦いはエルコンドルパサーが主導していた。
彼女は積極的に攻め、拳と足技を織り交ぜて圧をかける。
対するノーリーズンは、避け、受け、時おり返すだけ。
いつになく大人しい。
「今日は大人しいデスねノーリーズンさん! この調子ならエルが勝ちマスよ!」
「わしはエルほど激しいのは苦手じゃからのう、じゃがそんなに攻めすぎるとバテるぞ?」
「心配ご無用デース!」
その言葉の直後、エルコンドルパサーの強烈な一撃がノーリーズンを捉えた。
「ぐっ……!」
「もらったデース!」
エルコンドルパサーは確信した。
このまま一気に決める。
彼女が踏み込み、ノーリーズンの懐へ最接近した――その瞬間。
パァン!!
「うわぁ!?」
目の前で、ノーリーズンが手を叩いた。
ただの拍手ではない。
視界、呼吸、意識、そのすべてが一瞬だけ跳ねたように乱れる。
「なっ……!?」
次の瞬間には、ノーリーズンはもう構えを変えていた。
「空間斬 - 焔」
抜刀術の構え。
そして、すれ違いざまの一閃。
エルコンドルパサーの身体を、音もなく切り裂いた。
「かっ……!」
ノーリーズンが納刀したその刹那。
カチン
遅れて、斬撃が現実に追いついた。
ドォォン!!
斬撃の衝撃と炎が同時に炸裂し、エルコンドルパサーは大きく吹き飛ばされた。
「えええ!?」
「い、今のは……?」
訓練場の空気が一気に固まる。
驚いたのは観戦していたフィクサーたちだけではない。
エルコンドルパサー本人も、何が起きたのかを即座には把握できていなかった。
ヤエノムテキが、落ち着いた声で解説を入れる。
「クラップスタナーです。うかつにもエル支部長がノーリーズン支部長に近づいた瞬間、ノーリーズンさんがエル支部長の顔前で手を叩くことで意識を逸らしたのです。その隙を突いて、奥義“空間斬 - 焔”でトドメを刺した……という感じですね」
「えっと、色々気になりますが……クラップスタナーというのは?」
「一言でいえば猫騙しの発展応用技です。相手の意識の波長に合わせて放つことで、猫騙しの効果を増大させるものですね。ノーリーズン支部長の得意技で、外した時のリスクは大きいですが、当たれば並のフィクサーなら数秒、特色フィクサークラスでもほんのわずかながら意識を失います。無論、その刹那の隙が、強者同士の戦いでは致命的になるのは言うまでもありません」
「一体どこでそんな技術を……」
「ノーリーズンさん曰く、元々はシ協会の廃れた暗殺技術のひとつらしいのですが……他協会の技術であっても取り入れ、自らの強みにするのは流石といったところでしょうか」
「シ協会の技術ですか……」
ロウェルは感心したように頷いた。
「じゃあ最後の“空間斬”というのは?」
「都市の一部の剣豪が習得している、空間ごと相手を斬り裂く技術ですね。空間ごと断ち、相手をその場に固定する……大ダメージと確定スタンを両立させた技です。ただ、抜刀の構えを取るのに僅かな隙ができるので、本来はそこまで便利な技ではありません。ですが、ノーリーズンさんの場合は先に相手をスタンさせるクラップスタナーからのコンボがあります。つまり、一撃入れたからといって迂闊に近づくと、クラップスタナーで隙を作らされ、空間斬の反撃をもらって終わりです。肉を切らせて骨を断つ……といったところでしょうか」
ノーリーズンは、吹き飛んだエルコンドルパサーへ軽く声をかける。
「ふぅ……これでわしの5戦5勝じゃな、エル」
エルコンドルパサーはよろめきながら立ち上がった。
「イタタタ……ノーリーズンさんのあのクラップスタナー反則デスよ! いつも思うんデスけど、どうやって必中させてるんデスか!?」
「相手の意識の波を読むんじゃ。そうすれば当てるのは難しくないぞ?」
「さっぱり分からないデスよ……」
ヤエノムテキは静かに言う。
「ノーリーズンさんがリウ協会で単騎最強と言えるのは、素の実力もさることながら、あらゆる技術を自身のものにすることで得た手数の多さ、そして時には卑怯とも言えるような技を惜しみなく使い、必ず本番で成功させる胆力です。私でも、あのクラップスタナーを完全に躱せたことはありませんからね……」
「なるほど……」
ロウェルも、心から納得したように頷いた。
「はい、ノーリーズン支部長の強さがよく分かりました」
「ええ……味方ながら恐ろしい人です」
ヤエノムテキは、そう言って小さく息をついた。