ディエーチ協会本部 協会長室
第10協会、ディエーチ協会本部。
その協会長室では、今日もゼンノロブロイが山のような書類を前に、忙しなく手を動かしていた。
「えーと……次の遺跡調査は……大分先ですね。しばらくは準備期間ですし、空いた時間で溜まっているほかの仕事に専念することにしましょう」
予定の確認、各支部への仕事の振り分け、自身の裁可。
その動きに無駄はなく、まさしく記録と知識の協会の長に相応しい働きぶりだった。
その時、勢いよく扉が開く。
「おじゃましまーす!」
「テイオーちゃん、そろそろ大人しく入ること覚えようよ!?」
ディエーチ協会西部1課の特色フィクサー「白紫の帝王」トウカイテイオーと、1級フィクサーのツルマルツヨシが、いつものように騒がしく入室してきた。
「おや、テイオーさんにツヨシさん。どうしましたか?」
ゼンノロブロイは驚く様子もなく、穏やかに迎える。
「ねえねえ協会長、ちょっとさ、知りたいことがあるんだけど良い?」
「ふむ、何について知りたいのですか?」
「協会長はさ、図書館って知ってるの?」
ゼンノロブロイの手が、ほんの少しだけ止まる。
「図書館……もしかして、2年半前まで都市の星として名を馳せていた図書館のことですか?」
「そうそうそれそれ!」
ツルマルツヨシが少し申し訳なさそうに続ける。
「実はさっきシ協会のお母さんと連絡していたんですけど、その話の中で図書館の話題が出て……」
「なんか図書館とねじれで被害を受けたシ協会の南部支部がどうとかって言ってたんだけど、詳しく聞こうとしたらこれから仕事だからって電話の時間が終わっちゃったんだよね。詳しいことはゼンノロブロイ協会長に聞けば教えてくれるからって!」
「なるほど……ルドルフ協会長からですか」
ゼンノロブロイは資料棚に視線を移し、すぐに頷いた。
「分かりました。私が教えられる範囲のことであれば、教えますよ」
「やったー!」
「あ、ありがとうございます!」
ゼンノロブロイは資料を一冊取り出し、机の上に置く。
表紙には、都市の災厄として記録された“図書館”の名があった。
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「まずそもそも、この場合の図書館というのは、一般的な単語の図書館とは違います。かつて都市の星としてL社12区に存在していた都市災害――“図書館”のことです」
「都市災害……」
トウカイテイオーが身を乗り出す。
「この組織は、崩壊したロボトミーコーポレーションの後継組織です。ロボトミーコーポレーション崩壊時のいざこざがきっかけで、ロボトミーコーポレーションの管理AIだったアンジェラさんのE.G.Oとして生まれた建物でもあります」
「建物そのものが……E.G.O?」
「ええ。かなり特異な存在です。簡単に言えば、都市に住む人々に対して無差別に試練を与えていた魔窟ですね」
ゼンノロブロイは淡々とした口調で続ける。
「図書館から“招待状”というものが届くと、その招待状にサインするかどうかを選択し、サインすれば図書館にワープして“接待”を受けることになりました」
「接待……?」
「ええ。簡単にいえば、図書館の司書とのバトルです。勝てば図書館にある様々な本を手に入れることができますが、負ければ逆に本にされるというものでした」
「ほ、本にされちゃうの!?」
トウカイテイオーが目を丸くする。
「そうです。図書館が都市の星になった頃には、既に様々な協会、フィクサー、組織、個人、果ては翼の社員までもが本にされ、図書館で消えていっていました」
ツルマルツヨシが息を呑む。
「具体的には、ツヴァイ協会南部6課、シ協会南部2課、セブン協会、リウ協会南部2課と1課、さらにはハナ協会南部3課。また、五本指も親指と人差し指の主要幹部が敗北し、翼のひとつR社も図書館でひとつの部隊を失いました。極めつけは、特色フィクサー紫の涙も図書館で死亡したという情報も出て、図書館の悪名は名実ともに都市に広まりました」
「そ、そんなに多くの人達が負けたんですか!?」
「ええ。図書館の司書は、本にした相手から情報を得て、その相手の戦い方を模倣することができたのです」
ゼンノロブロイは静かに頁をなぞる。
「つまり、翼の戦闘員やフィクサー協会、五本指の技術をそっくりそのまま使うことができる、なんでもありの戦法を取ることができたのが、図書館がここまで大きくなった秘密です」
「な、なんでもありじゃん……」
「そうです。そして同時期には、元特色フィクサーの青い残響率いる残響楽団の騒動もありましたから、当時の12協会はどこもかしこも大変でした。ルドルフ協会長が言っていた話も、その件でしょうね」
「残響楽団は前に教えてもらったよ。確か、理性のあるねじれを集めて作られた組織なんだよね?」
「そうです。ただ、結果論で見れば、図書館よりも残響楽団の方が12協会としては厄介な存在でしたね」
「どういうこと?」
ゼンノロブロイは、少しだけ声の調子を変える。
「さっき、図書館で様々な人たちが本にされたと言いましたが……結果的に、その本にされた人達は全員戻ってきたのです」
「そうなんですか?」
「ええ。図書館が都市の星を超えて不純物に指定された頃、図書館長のアンジェラさんが全ての本を解放して解き放ったんです」
ツルマルツヨシは、しばらく言葉を失ってから、ようやく口を開いた。
「じゃあ……みんな助かったんですか?」
「図書館で死んだ人たちは戻ってこれました。ただ、それ以外で死んだ人たちはそのままです。ですから図書館そのものはともかくとしても、残響楽団や関連する二次災害によって被害を受けた協会は中々苦労しているんですよ」
ゼンノロブロイは、少しだけ苦い顔をする。
「トレス協会やセンク協会南部支部も主要な人材が残響楽団関連のねじれにやられていましたし、我々ディエーチ協会も、当時南部支部がかなり痛手を負いましたから」
「そうだったんだ……」
「では、不純物になった図書館はどうなったんですか?」
「不純物に指定されたことで、最終的に頭の調律者が動き、外郭へ追放されました。今は外郭で引き続き活動していますね」
「外郭ですか……」
ツルマルツヨシが少し身を乗り出す。
「もしかして協会長も行ったことあるのですか?」
ゼンノロブロイは、ほんの少しだけ視線を逸らす。
「ええ。図書館が外郭に飛ばされてから1度だけ」
「へぇ……!」
「本来は好ましくないのですが、ハナ協会すら下したという図書館への知的好奇心が抑えられなくて……/// まあ、図書館の司書の皆さんへの取材みたいなものだったので、接待を受けたわけではありませんけどね」
トウカイテイオーが首をかしげる。
「そうなんだ……どんな人達だったの?」
「話は分かる人達でしたね。図書館が都市災害になるようになった理由も、彼らなりの事情や理由があってのことだったようですし」
ゼンノロブロイはそこで、少し誇らしげに笑った。
「私としては、あの赤い霧のサインが貰えたことが何よりの誇りですけどね! あれはもう一生モノの宝物ですよ、本当に!」
「そ、そうですか……」
テイオーとツヨシは、少しだけ圧倒されたような顔になる。
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「……まあ、ひとまず図書館についてはこんなものでしょうか。どうですか? 理解できましたか?」
「うん……! なんか、本当にとんでもないことやってた組織なんだね……」
「ええ……あそこまで都市に喧嘩を売りまくった組織は、後にも先にも図書館だけでしょうね」
ゼンノロブロイはそう言って、資料を閉じる。
「さて、それじゃあそろそろ仕事に戻りますよ」
「はい! お話ありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
二人が退室すると、協会長室には再び静けさが戻った。