センク協会本部、協会長室
第5協会、センク協会。
都市において「決闘」に関する諸問題を代理人として解決する協会であり、正面からの一対一の勝負を何よりも重んじる組織だった。
個々の決闘を受け持つという性質上、仕事そのものは派手さのわりに多くはない。
その代わり、他協会との交流試合や模擬戦を開催し、腕を磨き、勝負を積み重ねるのが彼らの流儀だった。
そんな協会長室では、普段は穏やかなヒシアマゾンの怒号が、珍しく部屋に響いていた。
「デュランダル! アンタ図書館に行くのは調査のためと自分で言ってたよな!? なのにセブンのビリーヴから聞いたら、図書館でバトルをしたそうじゃないか! 何してんだい!?」
「ご、ごめんなさいヒシアマさん……。ローランさんのデュランダルと……どうしても剣を交えたくて……」
デュランダルはすっかり肩を落としていた。
本部長としての堂々とした姿は消え、今はまるで叱られた子どもみたいに萎れている。
ヒシアマゾンは深いため息をついた。
「全く……本部長としての普段の仕事は優秀だけど、アンタのその癖はなんとかした方が良さそうだね……」
「はい……」
そこへ、様子を見ていた西部センク協会1課の特色フィクサー、アーモンドアイが口を挟む。
「まあヒシアマさん、その辺にしておいたらどうかしら? 本部長もちゃんと反省してるし」
「……ふん。まあ、そうだね」
ヒシアマゾンは腕を組んだまま、デュランダルをじろりと見る。
「デュランダル。ひとまずアンタには罰としていくつか仕事を渡すから、始末書、反省文と合わせてしっかりやりなよ?」
「はい……ご心配おかけしました……」
「反省したならいいよ」
ようやく説教が終わり、デュランダルも解放される。
だが彼女には、まだひとつ気になっていることがあった。
「……あの、ヒシアマさん。ひとつ聞きたいことがあるのだけどいいかしら?」
「なんだい?」
「ローランさんって、今はどういう立場なんですか? 外郭の図書館で働いてるけど……フィクサーの資格とか……もうないのですか?」
その問いに、ヒシアマゾンは「待ちな」と言って棚へ向かう。
そして、2年半前の図書館事件に関する事後処理の記録書類を引っ張り出した。
「まず図書館そのものは最後、頭によって外郭に放逐された。あれで図書館は堕ちた星として記録された。ローランのやつは、事情はどうあれ図書館に協力して事件に加担していた事実は変わらない。それに図書館と一緒に外郭に飛ばされて、都市に戻ることも難しくなった。フィクサーとしての任務も不可能になったからな、フィクサー資格は既に剥奪されてるよ」
アーモンドアイが冷静に言葉を継ぐ。
「ただでさえ、黒い沈黙の名を騙るに近い真似をしていたもの。当然よね」
「そうだ。ピアニストの一件から図書館が現れるまでの期間、ローランのやつは黒い沈黙の手袋と自前の認識阻害の仮面で、裏路地の犯罪者を正当な許可や理由なく殺戮しまくったからな。あれだけでも本来ならフィクサー資格を剥奪されてもおかしくないんだが……そん時のハナ協会は9級までの降格で済ませた。だが、図書館の1件で流石に擁護しきれなくなったからな」
デュランダルは、黙ってそれを聞いていた。
剣を愛する者として、彼女はローランの技量に惹かれていた。
だが同時に、そこに“名”が持つ重さも理解していた。
「そうなのね……」
ヒシアマゾンは、少しだけ声を落とす。
「デュランダル、アンタも気をつけなよ? 裏路地の連中や組織は確かに犯罪者が多いが、協会や翼との関係の基本は持ちつ持たれつだ。大義名分なしに互いに攻撃しあってはいけないんだよ」
アーモンドアイも続ける。
「そもそもフィクサーたるもの、任務以外で無闇矢鱈に暴走するようなら信用に関わるわ」
「……はい」
「あと、特色の名を騙るのも重大な規律違反だな。特色の称号はハナ協会がその個人に与える最上位の名誉と敬意だ。それ以外の他人が名乗ってはいけないんだよ。……まあローランの場合は、たまたま黒い沈黙って間違われただけだが……」
アーモンドアイが、少しだけ目を伏せる。
「でも、実際あの件では“黒い沈黙が暴れた”と大衆に捉えられて、実質的にアンジェリカさんへの名誉毀損になったからね。あれは見過ごせない行為よ」
ヒシアマゾンは頷いた。
「そういうこった。アイは大丈夫だよな? 身分証とか無くしていないか?」
「当然よ。ちゃんと懐に入れて肌身離さず持っているわ」
アーモンドアイが懐から、特色フィクサー「水色の女王」の専用身分証を取り出す。
そこには、英名の「Light blue Queen」と、水色のティアラを模した小さな意匠が記されていた。
ヒシアマゾンはそれを一瞥して、満足そうに頷く。
「大丈夫っぽいな。デュランダルも、いずれ特色になる気があるなら自分の情報管理はしっかりしなよ? 特色の偽物なんて出たら信用に関わるからな」
「ええ、分かってるわ」
デュランダルは、深く息を吐いた。
図書館で剣を交えた高揚感は、今はもうすっかり反省に押し込められている。
だが、それでも彼女の胸には一つ、はっきりと残っていた。
――特色の名は、力の証であると同時に、責任の証でもある。
それを理解したとき、彼女はようやく一歩、騎士に近づいたのかもしれない。