ヂェーヴィチ協会西部支部 支部長室
西部支部の朝は、いつも慌ただしい。
荷の仕分け、配達先の確認、殉職者の引継ぎ、遅配の調整。
都市の物流を担うヂェーヴィチ協会にとって、何よりも優先されるのは「時間厳守」と「荷物を届け切ること」だった。
支部長室で情報を整理していたナイスネイチャは、書類から目を上げる。
「ふぅ……えーっと、今日の配達は現状どこも異常なし。殉職したフィクサーの荷物も素早く引き継ぎ出来てるし……うん、いつも通りだね」
細やかな指示を飛ばしながらも、その声には妙な落ち着きがあった。
西部支部長として、彼女は現場の空気を崩さず、無理のない範囲で回すことに長けていた。
「……にしても、今日はあの2人少し遅いかな……? いつもならもっと手早いけど……」
その言葉の直後、勢いよく扉が開く。
「いやーすまん! 遅なったわ!」
関西弁の大声とともに入ってきたのは、特色フィクサー「青白の稲妻」タマモクロスだった。
「今戻った」
少し遅れて、その後ろに芦毛の長髪を揺らしたオグリキャップが続く。
「おっ、オグリさんにタマモさん。戻ってきたんだね。今日は遅かったけど、なんかあった?」
タマモクロスは肩をすくめた。
「あー……オグリの奴が腹減ったってうるさいから途中で飯食いに行ってきたんやけどな。運悪く出禁リストの店ばっかりしかない場所やったから、入れる店探すのに手間取ったんや」
「済まないタマ、次からは気をつける」
「そういうて、西部地域の飲食店何件出禁になったか知っとるんか!?」
ナイスネイチャは苦笑いを浮かべる。
オグリキャップの天然と、それを押しとどめるタマモクロス。
この西部支部では、もうすっかり見慣れた光景だった。
「まあ、配達は無事に済んだんだよね? なら私は何も言わないから、しばらく休憩してて良いよ」
「おおきにな、ネイチャ……」
その時、ナイスネイチャは声を落としてタマモクロスに耳打ちした。
「……それはそれとしてタマモさん、オグリさんの連絡先の管理は大丈夫だった?」
「安心してや。今日は誰とも会うてへんかった」
「じゃあ、オグリさんに電話、あるいは連絡が来たりは?」
「それも来てへん。今日は本当に平和やったわ」
「よし、OK。今日の午後の配達は前から言ってた通り少し遠出になるから、気を抜かないようにね」
「任せとき」
――と、2人は言葉を交わしていたが、話題の中心は、ほぼ確実にオグリキャップのスマホに入っている異常な連絡網だった。
特色フィクサー、翼の理事、指の幹部。
都市上位層の連絡先が、なぜかオグリキャップの端末にはずらりと並んでいる。
歩く情報ネットワーク。
本人はまったく自覚していないが、配達のたびに人脈が増え、興味を持った相手が勝手に寄ってくる。
それはもう、本人の「友達が増えた」という認識では済まない領域に達していた。
――そして、その余波は、今日の配達先にも届く。
「午後は……H社8区の黎明事務所。東部地域だね」
オグリキャップは頷いた。
「分かった」
タマモクロスは、嫌な予感を振り払うように小さくため息をつく。
「……ま、配達だけや。妙なこと起こすなよ、オグリ」
「心得た」
その返事が、少しだけ不安だった。
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H社8区、黎明事務所
黎明事務所のリビングでは、特色フィクサー「紅白の流星」スペシャルウィークが、鼻ちょうちんを出しながら寝転がっていた。
「うへへ……もう食べられません……」
無防備そのものの寝顔。
しかしその少女が、ここ数ヶ月で都市の星を4件堕とした怪物じみた実力者だと、見た目からは誰も思うまい。
「ふふ、スペちゃんったら特色になってもうすぐ1年だっていうのに、相変わらずね」
サイレンススズカがやさしく微笑む。
その隣で所長のキングヘイローは、少し呆れたように腕を組んでいた。
「全く本当にこの子は……特色の自覚があるのかしら……」
「それはそうとスズカさん、貴女今日は午後から都市疾病の調査任務が入ってたはずだけど、一人で大丈夫かしら?」
「問題ありません。私も2級フィクサーですし。調査だけなら一人で何とかなります」
「そう、でも気をつけていきなさい」
「もちろんです」
少し間を置いて、キングヘイローが思い出したように言う。
「あっ、でも困ったわね。私も午後からハナ協会に行く用事があるのに、今日はヂェーヴィチ協会に依頼していた荷物が届く予定なのよね……」
サイレンススズカは寝ているスペシャルウィークを見やる。
「スペちゃん、ちょっと起きてくれるかしら?」
「ふえ……? ふわあ……おはようございます、スズカさん……」
「スペちゃん、私と所長は午後から外出で居ないけど、ちゃんとお留守番しててもらえる?」
「お留守番ですか?」
「今日はヂェーヴィチ協会から荷物が届く予定なのよ。それをスペシャルウィークさんに受け取って欲しいの」
「荷物を受け取ればいいんですね! 分かりました!」
キングヘイローは念のため釘を刺す。
「配達員の人にも失礼のないようにね? 荷物の受け取り方もキチンと分かってるかしら?」
「ちょっと! 子供扱いしすぎですよ〜!」
サイレンススズカが、くすくすと笑った。
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午後2時、H社8区 裏路地
ヂェーヴィチ協会西部支部からやってきたオグリキャップとタマモクロスは、無事に黎明事務所へ辿り着いていた。
「タマ、目的地はどこだろうか」
「ちょい待ってや……地図だとこの辺やけど……おっ、あれやな黎明事務所」
呼び鈴を鳴らす。
ぴんぽーん。
「はーい!」
扉が開き、スペシャルウィークが顔を出した。
「はい! どちら様ですか?」
「ヂェーヴィチ協会のタマモクロスや。荷物の配達に来たで。……あんたは黎明事務所のもんか?」
「はい! 黎明事務所所属、特色フィクサー『紅白の流星』のスペシャルウィークです!」
「ほう、そうか……特色やて!?」
タマモクロスは一瞬だけ身構える。
特色は同格。怖い相手ではない。
だが、配達先の特色がやたらと面倒なことになる前例を、彼女は嫌というほど知っていた。
青い残響。紫の涙。
あの手の“気まぐれな大物”は、配達員を簡単に巻き込む。
しかも今日は、オグリキャップまでいる。
――また相棒を利用しようとする相手ではないか。
そんな警戒が、自然と湧いてしまうのだった。
「西部ヂェーヴィチ協会のオグリキャップだ。よろしく頼む」
「タマモクロスさんとオグリキャップさんですね! 配達ご苦労さまです!」
オグリキャップは淡々と頷く。
「早速だが、サインを頼む」
「はい!」
スペシャルウィークは手続きを丁寧にこなし、荷物を受け取る。
その間、彼女はふと首をかしげた。
「……あれ、オグリさんとタマモさんは西部地域のフィクサーなんですか?」
「ああ、今回は東部支部の代替として来た」
「そうなんですか……ご苦労さまです」
配達が終わる。
「よし配達終わりやな!ほらオグリ、支部長が心配するしさっさと帰るで!」
「分かった」
だが、そこで終わらないのがオグリキャップだった。
その瞬間、オグリキャップの腹が、控えめではあるが確かに鳴った。
ぐぅ〜……
「……お腹が空いたな」
タマモクロスは額を押さえる。
「アホか!? 昼にどんだけ食べたと思うとるんや!? 言っとくがもうどこにも寄り道せんで! さっさと帰らんと支部長にドヤされるんやからな!」
「そうか……」
しょんぼりとするオグリキャップ。
その姿を見て、スペシャルウィークは思わず口を開いた。
「あの、もし良かったらなにか食べて行きますか? おやつぐらいしか出せませんけど……」
「良いのか?」
「はい! これからちょうどおやつにしようと思ってたので! 良ければタマモさんとオグリさんもどうぞ!」
「それならありがたく頂こう、スペシャルウィーク」
そう言ってオグリキャップは、迷いなく事務所の中へ入っていく。
「はぁ!? ちょ、ちょっと待てやオグリー!!!!」
タマモクロスの叫びが、黎明事務所の廊下に響いた。