ハナ協会北部支部・支部長執務室
重厚な木製の扉が静かに閉まる音が響いた。
エクリプスは椅子に深く腰掛け、書類の束に最後のサインを入れながら呟く。
「これで黎明事務所の協会指定事務所認定手続きは完了ね。キングヘイロー、わざわざ遠いところありがとう」
「いえ! こちらこそ光栄です! それでは失礼いたします!」
扉が閉まると、エクリプスは背もたれに体を預け、柔らかく笑った。
「ふふ……黎明事務所のこれからが楽しみだわ。
特に、あの『赤い流星』がどんな任務をこなしていくのかしら」
部屋の奥、窓際のソファに座っていた二人の特色フィクサーが顔を見合わせる。
「最近の特色は協会所属かフリーか企業専属がほとんどですものね。純粋な事務所所属の特色は、本当に久しぶりですわ」
メジロラモーヌは優雅に紅茶をすすりながら、艶やかな笑みを浮かべた。
「昔は『黒い沈黙』が所属していたチャールズ事務所とか、『赤い視線』が自ら事務所を経営していた時代もあったらしいけどね。一応今でも東部地域にある『創始事務所』に『黒緑の愛』という特色がいるみたいだし
……そういえばエクリプスも、特色になる前は事務所所属だったんでしょう?」
「ええ。Y社25区の『暁事務所』よ。
あの頃は今みたいに堅苦しくなくて、毎日が刺激的で……楽しかったわ」
「黎明事務所には、元々トレス協会長のグラスワンダーさん、エイト協会長のセイウンスカイさんも所属していたと聞きますわ。
今まで協会指定になっていなかったのが不思議なくらいです」
エクリプスは書類をまとめながら肩をすくめた。
「まあ、それが結果的にハナ協会の手に渡ったんだから、結果オーライってやつね。
それじゃあ私は本部への報告書をまとめて送っておくわ。二人はゆっくりしていって」
立ち上がり、大剣を軽く肩に担いで部屋を出ていく。
残された二人。
静寂の中、メジロラモーヌがふっと息を吐いた。
「それにしても……スペシャルウィーク、ね。
私はまだ会ったことないけれど、どんな子なのかしら。
……どんな愛を持っているのか、確かめてみたいわ」
セントライトは優しく微笑み、カップを置いた。
「ふふ、ラモーヌは相変わらず愛を求めてらっしゃいますね」
「そうよ。私はいつだって愛を求めてる。
この都市じゃ、中々本物の愛なんて見つからないのが残念だけど」
「ラモーヌの求める愛……難しいようでいて、実はとてもシンプルですわよね。『何かに一途であること』……それだけなんでしょう?」
メジロラモーヌの瞳が、珍しく柔らかく細められた。
「流石、私を理解してくれるのは貴女だけね。
この都市の連中は、すぐに新しいものに目移りする。
一つのものだけに、ずっと心を向け続けることなんてできない。
……その点、セントライト。貴女はどんな状況でも慈悲を捨てないわ。ハナ協会どころか都市全体で見ても、貴女の慈悲は本当に珍しい……それもまた、一途ってことよ」
セントライトは小さく首を振って、穏やかに微笑んだ。
「Thank you, Ramonu. I'm honored.」
メジロラモーヌはカップを置き、ふと真剣な眼差しになった。
「でも、気になっていたのだけど……
貴女はなぜ、こんな都市で慈悲を持ち続けられるのかしら? この場所じゃ、慈悲なんて通用しないことの方が多いのに」
セントライトは窓の外、灰色の空を見上げた。
「そうですね……確かにこの都市は過酷ですわ。
綺麗事だけでは何も変えられないことも、たくさんあります。
でも……わたくし一人が優しくするだけでも、
何かが少しでも変わるかもしれない……そう信じているんです」
彼女は静かに、けれど力強く続けた。
「0を1にするのは難しい。
でも、1にできれば世界は大きく変わる……そう、昔誰かに聞いた言葉ですわ。
だったら、わたくしがその1になれたら、と思って」
メジロラモーヌは目を細め、ふっと笑った。
「ふふ……その考え方、ルドルフに聞かせたら喜びそうね。一度理想を折られた皇帝様には、ちょうどいい薬になるわ」
「シ協会のシンボリルドルフ協会長ですか?
訳ありの過去があると聞きますが……わたくしは詳しく知りませんわね」
メジロラモーヌは意味深に微笑んだ。
「まあね。付き合いは長いから、色々知ってる。
昔、都市の現実を嫌というほど味わって、理想を折りかけたことがあったの。
口止めされてるから詳しくは言えないけど……
だからこそ、ハナ協会じゃなくてシ協会にいるのよ、今は」
「そんなことが……」
「だからこそ、貴女みたいな子が眩しいんでしょうね。
自分の理想を、ちゃんと体現してくれているから」
セントライトは静かに立ち上がり、窓に手を添えた。
「でしたら……わたくしはなおさら慈悲を貫きますわ。
ルドルフ協会長の理想も、いつか叶えられるように」
メジロラモーヌは立ち上がり、セントライトの隣に並んだ。
「流石、私の相方ね」
二人の影が、夕陽に長く伸びる。
廊下の向こう──
エクリプスは壁に寄りかかり、二人の会話を聞きながら小さく笑っていた。
「……ふふ。セントライトとラモーヌはお似合いのコンビね。私も、昔を思い出すわ」
エクリプスはその場をそっと離れ、静かに歩き去っていく。
聖光は慈悲を、
魔性は愛を、
それぞれの一途さを胸に秘めて、
今日も都市の空を見上げていた。