A社1区 A社本社 調律者執務室
最上階の窓からは、都市の全景が一望できる。
無数の光が規則正しく瞬き、まるで巨大な機械の心臓のように脈打っていた。
ジェナは紅茶を一口すすり、満足げに微笑んだ。
「ふふ、今日も都市は美しいわ。
これこそ頭が長年かけて作り上げた理想の世界よ」
オルフェーヴルは窓辺に立ち、腕を組んで遠くを見据える。
「理想の世界……か。
その割には圧倒的な格差社会だがな」
「まあ、この美しさがわかる者は私たち頭ぐらいね」
オルフェーヴルはゆっくりと振り返った。
「頭か……ジェナ、確かこのA社は頭が直接運営している翼なのであろう?」
ジェナはカップを置き、優雅に頷いた。
「そうよ。たまに勘違いする者もいるけど、
調律者のA社、凝視者のB社、処刑者のC社──
の、さらに上に頭、目、足爪という組織があってそれぞれの翼を管理してるわ
まあ、あんまり複雑に考えるのもあれだし、頭とA社の関係についてはほぼ同一と思っていいわ」
彼女は立ち上がり、窓の外を指し示した。
「で、その直属の指揮下にあるのが目が管理するB社と足爪の管理するC社よ」
「ふむ……都市には26の翼があるが、
A社、B社、C社の3社は一度も折れていないと聞く。
つまり、この都市においては1区〜3区の巣に住むのが最も安全ということか?」
ジェナはくすりと笑った。
「察しがいいわね。その通り。
1区〜3区の巣に住めるものは都市の最上流階級の者だけ。
他の区の巣とは桁違いの安全で快適な暮らしを享受できるわ。
それだけに、並大抵のことでは暮らせないけどね」
「だが他の区の巣も快適なことに変わりはないであろう?」
「そうね、確かに裏路地に比べたら全然マシよ。
ただD社からZ社までの翼には、常に『折れる』という危険性が程度の差はあれど付きまとうわ」
「折れる……翼の倒産か」
「その通り。
特異点という凄まじい技術の特許を持っていて翼なんて仰々しい称号がついていても、
所詮は会社。いつかは消滅する。
そして新たな翼が折れた翼の後釜につく。
そうやってこの都市は循環してきたのよ」
オルフェーヴルは静かに頷いた。
「翼が折れた区の巣は無法地帯となるからな。
新たな翼が後釜になるまでの空白期間は、巣に住んでいた者たちは対応を迫られるのであろう?」
「そうね。
それに、例え折れなくても、なにかの不手際で都市の禁忌を犯せば即刻私たち調律者や処刑者が粛清に向かうわ。
例を上げるなら、ガリオンが粛清した旧H社ね」
「確か旧H社は人間以外の存在を都市で生み出したことが禁忌に違反したとか」
「よく覚えてるわね。
旧H社の詳細としては、現在のH社『鴻園生命工学グループ』の経営陣に連なる氏族が経営していた翼で、
実験中に禁忌違反が発生したからガリオンが出動して粛清したわ。
もっとも、禁忌違反の発生は意図的なものだったようだけどね」
「どういうことだ?」
ジェナは冷ややかに笑った。
「鴻園生命工学グループはいくつかの家門が合議制で経営してる翼でね。
当然勢力争いとかも起こっているのよ。
『ジア家』『シュエ家』『ワン家』『シー家』という四大家門が現在残っているんだけど、
旧H社の粛清は当時経営していた『コン家』を滅ぼすためにジア家が仕組んだものだったそうよ」
「ほう……邪魔者を消すために都市のルールを利用するとはな。
やはり翼の経営陣は中々強かだな」
「まあね、都市じゃあんなことは日常茶飯事よ。
それに頭にとっては禁忌違反を犯したかどうかが問題だからね。
禁忌を犯すまでの過程は無視よ」
オルフェーヴルは少し間を置いて、静かに尋ねた。
「……翼のことでひとつ気になったのだが良いか?」
「何かしら?」
「都市にはA〜Zまでの26の翼がある。
だが都市の地図では区はY社の管理する25区までしかない。
最後のZ社はどこに存在しておるのだ?」
一瞬、部屋に沈黙が落ちた。
ジェナは微笑みながら、ゆっくりと首を振った。
「Z社ね。確かに都市じゃあ度々話題に上がる謎めいた翼よ。
ただね、Z社は少しだけ特別なの。
A社専属の貴方といえど教えることは出来ないわ。
でも1つ言えることは……
都市の区は翼と同じく26あることよ」
オルフェーヴルは目を細めたが、それ以上追及はしなかった。
「ふむ……まあそういうことなら仕方あるまい」
ジェナは再び窓の外を見やり、満足げに呟いた。
「貴方のそういう素直なところは好きよ。
都市のルールに適応できてる強者ね」
「一応褒め言葉として受け取ろう」
窓の外、都市は今日も静かに脈動していた。
26の翼が支えるこの巨大な檻の中で、
誰もが知らず知らずのうちに、
羽となって舞い、
やがて抜け落ちる運命にあることを。