R社18区 巣 創始事務所
およそ1ヶ月後。
事務所の空気は、重く淀み、かつての温かさは完全に失われていた。
窓から差し込む灰色の光が、埃っぽい床を淡く照らすだけ。
テーブルには冷めたコーヒーカップがいくつも残り、
壁の依頼掲示板は空白ばかりが目立つ。
所長室。
グランアレグリアは震える声で呼びかけた。
「ら、ラヴズちゃん……お願いだからこんなこともうやめて……!
あのスマイルを取り戻してよ……!」
ラヴズオンリーユーはソファに座り、
血に染まったスケッチブックを抱きしめながら、
口元だけを歪めて笑った。
「ふふ、グランちゃん、私はいつも笑顔だよ?
ほら、この素敵な笑顔、ラヴでしょ?♡」
クロノジェネシスは静かに、しかし鋭く言った。
「……ラヴズさん、正直にいえば口元以外全く笑えていませんよ……」
ラヴズオンリーユーの笑みが、一瞬凍りついた。
「……クロノちゃんったら、冗談が上手いのね。
私の愛を否定するなんて……」
彼女はゆっくり立ち上がり、深紅の大剣を手に取った。
ヒュン!
振り下ろされた大剣を、クロノジェネシスが慣れた手つきで防ぐ。
ガキン!
「あら、クロノちゃんもすっかり慣れたのね。
その防御、ラヴね♡」
「はぁ……今日はいくつ裏路地の組織を壊滅させたんですか?」
「さあ、覚えてないわね。
私の愛(ラヴ)をいっぱい伝えただけだから」
「……それだけ殺してしまうと何が何だか分からなくなりますよ……」
「別に問題ないわよ、だって愛の前には些細な問題でしょう?」
「ラヴズちゃん……こんなことしてもあなたの親友は……」
「ふふ、グランちゃんも私のラヴが欲しいの?」
「うっ……」
「グランさん、今ラヴズさんに迂闊な一言はやめてください」
「わ、分かった……」
「それでは私は休むから、二人もおやすみなさいね」
深紅のコートを翻し、退室する。
残された二人。
「……クロノちゃん……ラヴズちゃん、戻る気配全然ないよ……」
「……所長として不甲斐ないです。
このままだとハナ協会やウーフィ協会からなんと言われるか……」
「うう……悲しさ100マイルだよ……
昔のラヴズちゃんはもう居ないの……?」
「……まだハナ協会からラヴズさんの処分は下ってません。
まだ間に合いますよ」
「……うん! あたし、絶対にラヴズちゃんを元に戻すんだから!」
「ええ……しかし、今日も裏路地の組織を壊滅させましたか……」
「今東部の裏路地ってどうなってるの……?
聞くの怖いけど……」
「……親指のカポ数名、人差し指の代行者多数、中指の長兄、薬指のマエストロ……
東部の五本指の主要幹部を討ち取ったせいで
ラヴズさんは五本指から完全に目をつけられています。
……しかし、特色のネームバリューや何より正気ではないラヴズさんに
手を出せるはずもないので、今のところ大人しいですね……
しかしいつ堪忍袋の緒が切れるかは……」
「ううう……なんでこうなったの……
ラヴズちゃんが壊れていく姿を見るのは嫌だよ……」
ガチャ
「マルシュさんが死んで以降ラヴズさんはすっかり変わってしまいましたからね……」
「あっ、ブーケさんおかえりなさい」
「はい、ただいま戻りました」
「任務はいかがでしたか?」
「任務自体は何事もなく、ただ裏路地の様子はすっかり恐怖一色に染まっています……」
「ラヴズちゃん……一体どうなっちゃうの……?」
「……まだ間に合うはずです……
そうでないと……ラヴズさんが」
「ラヴズさん……」
ラヴズオンリーユーの自室
ラヴズオンリーユーはスケッチブックを抱き、
誰にも聞こえない声で囁き続ける。
「ふふふ……ええ、そうね♡
分かってるわ……もっとたくさん愛を伝えないとね……♡
あなたがいなくなって私の愛は消えた……
だから私から消えた分の愛をみんなにあげるべきよね♡
みんなにこの痛みを教えてあげないとね♡
ラヴミー♡ ラヴユー♡ ラヴズオンリーユー♡」
赤い愛の狂気は止まらず、
裏路地は崩壊するばかり。
愛に呑まれる先にあるのは
救済か破滅か――
まだ、分からない。
けれど、
その歪んだ愛は、
確実に、
都市を蝕み始めていた。