裏路地 広場 深夜
月は厚い雲に隠れ、街灯の薄い光だけが、崩れた瓦礫を冷たく照らしている。
血の臭いと埃が混じった空気が重く淀み、遠くから風が廃墟の鉄骨を鳴らす音が、
まるで死者の呻きのように響く。
三人は息を潜め、
ねじれと化したラヴズオンリーユーと対峙していた。
彼女の姿は、もはやウマ娘ではなかった。
頭部は底なしの闇に溶け込み、無数のひび割れたハートが周囲を漂う。
黒く荘厳な衣装は血のように輝き、
大剣は、触れるもの全てを呑み込むような禍々しい光を放っていた。
ねじれたラヴズオンリーユーは、
ゆっくりと大剣を振り上げ、
甘く、狂おしく、
誰にも届かない声で囁いた。
「さあ……♡
私の愛、受け取って♡」
Proelium Fatale
LASCIATE OGNI SPERANZA VOI CH’ENTRATE
戦闘開始。
大剣が振り下ろされる。
ズドォォン!!
地面が赤い衝撃波で裂け、瓦礫が粉々に弾け飛ぶ。
衝撃で三人は吹き飛ばされそうになるが、
クロノジェネシスが剣を地面に突き立て、必死に耐えた。
「くっ……! みんな、散開!」
グランアレグリアは高速で側面に回り込み、
短剣を連撃で叩き込む。
ガキン! ガキン! ズシャッ! ズシャッ!
しかし刃は弾かれ、赤いハートが反撃のように彼女を襲う。
シュッ!
「うわっ!?」
触手のようなハートが彼女の腕を掠め、
焼けるような痛みが走る。
「っ……! 熱い……!」
カレンブーケドールが盾を掲げ、グランを庇う。
ドン!
「グランさん! 大丈夫!?」
ねじれたラヴズオンリーユーは笑う。
「ふふふ♡ もっと痛がって♡
これが愛よ……♡ マルちゃんが教えてくれた……♡」
クロノジェネシスは剣を構え直し、叫んだ。
「ラヴズさん! それはカルメンの声です!
マルシュロさんの声じゃない!
貴方は騙されているんです!」
ねじれたラヴズオンリーユーの動きが、一瞬だけ止まる。
「……マルちゃんじゃない……?
違うわ……これはマルちゃんの声よ……♡
暖かくて、優しくて……♡」
だがすぐに、狂気の笑みが戻る。
「みんな……もっと愛を♡
もっと、もっと、痛くしてあげる♡」
大剣が横薙ぎに振るわれ、
黒い斬撃波が三人を襲う。
ズバァァン!!
クロノジェネシスは剣で受け止めるが、
衝撃で膝が折れ、地面に叩きつけられる。
「がっ……!」
「クロノちゃん!」
カレンブーケドールは盾で斬撃を防ぐが、
盾に亀裂が入り、腕が痺れる。
「くっ……!」
ねじれたラヴズオンリーユーはゆっくり近づき、
大剣を高く掲げる。
「さあ……♡
みんな、私の愛で……
永遠に一緒にいましょう♡」
三人は息を荒げ、
互いに背中を預け合い、
必死に立ち上がる。
「……まだ、終われない……
ラヴズさんを……絶対に、取り戻す……!」
「ラヴズちゃん……!
あたしたちの声、聞こえてるよね!?
戻ってきて……!」
「ラヴズさん……!
私たちは、貴方を失いたくないんです……!」
ねじれたラヴズオンリーユーの大剣が、
再び振り下ろされる。
ズドォォン!!
衝撃で地面が陥没し、
三人は吹き飛ばされる。
グランアレグリアは壁に叩きつけられ、
カレンブーケドールは瓦礫に埋もれ、
クロノジェネシスは剣を支えに、
何とか立ち上がる。
「はぁ……はぁ……
……ラヴズさん……
貴方の愛は、こんなものじゃない……!」
ねじれたラヴズオンリーユーは、
ゆっくりと近づいてくる。
「ふふふ♡ もう、みんなも愛を感じてるわよね?♡
この痛み……この苦しみ……♡
これが、私の愛よ……♡」
三人は、
傷だらけの体で、
それでも立ち上がる。
「……私たちは、負けない……
ラヴズさんを……
絶対に、取り戻す……!」
「ラヴズちゃん……!
あたしたちの声、届いてるよね!?」
「ラヴズさん……!
一緒に、帰りましょう……!」
ねじれたラヴズオンリーユーのハートが、
わずかに、ひび割れ始めた。
クロノジェネシスは血を拭い、静かに、しかし力強く声を絞り出した。
「……グランさん、ブーケさん、まだ行けますか?」
グランアレグリアは肩で息をしながら、力強く頷き、
短剣を握る手に力を込めた。
「うん……! ラヴズちゃんを戻すまで……負けないよ……!」
カレンブーケドールは盾を握りしめ、静かに、しかし確かな声で応じた。
「はい……どこまでも……!」
クロノジェネシスは二人を見て、わずかに微笑み、
剣を構え直した。
「良い返事です。
……ラヴズさんのためにも……負けられませんね」
ねじれたラヴズオンリーユーは、
頭を仰け反らせ、狂気の笑いを上げた。
その声は、甘く、しかし耳を刺すように響く。
「アハハハハ!♡ マルちゃん! 見えるでしょ私の姿が!
貴方のために手に入れた私だけの姿よ!
もっと! もーっと愛を広めるんだから!
この痛み! 喪失感! みんなに与えるんだから!」
クロノジェネシスは眉を寄せ、静かに呟いた。
「……痛み……喪失感……」
グランアレグリアは不安げに尋ねた。
「……クロノちゃん……どうしたの?」
クロノジェネシスは剣を握りしめ、決意を込めて言った。
「……ラヴズさんは痛みが愛と信じてます。
そして相手に痛みを与えることで愛を与えたと思っている……
なら、痛みを感じなければ……」
カレンブーケドールは息を呑み、尋ねた。
「痛みを……感じない……?」
「1回だけ試してみましょう……」
クロノジェネシスは単身、ねじれたラヴズオンリーユーに向かって突進した。
彼女の足取りは力強く、剣が赤い軌跡を描く。
「たぁ!」
ねじれたラヴズオンリーユーは首を傾げ、甘く笑った。
「ふふ、クロノちゃん♡ 愛を受け取りに来たのね♡」
大剣が振り下ろされ、クロノジェネシスの体を切り刻む。
ズシャァァン!
血が飛び散り、彼女のコートが裂け、
鮮血が地面に滴り落ちる。
「っ!」
「アハハハハ♡ 痛いよね? 苦しいよね?
これが愛よ♡ マルちゃんが私に残してくれた愛なのよ!」
クロノジェネシスは血を吐きながら、
しかし静かに、
はっきりと告げた。
「……痛く……ありません……!」
ねじれたラヴズオンリーユーの笑みが、凍りつく。
「えっ……」
クロノジェネシスは血を拭い、立ち上がる。
「この程度……屁でもありません……!」
「……な、何言ってるの……!?
血が出てるんだよ! 痛いよね! 苦しいよね!?」
「だから……! 貴方がどんなことをしても……!
痛くありません……!
貴方の愛なんて……! 無意味です!」
「だ、黙りなさいクロノちゃん……! 黙れええええ!」
狂気の叫びと共に、大剣が嵐のように振り下ろされる。
ズドォン! ズシャァァン!
クロノジェネシスは剣で受け止めながら、
二人に叫んだ。
クロノジェネシス
「2人とも! ラヴズさんから攻撃を受けても痛がってはダメです!
痩せ我慢でも良い……! 痛いと口にしなければ
ラヴズさんの愛が無意味だということを突きつけられます!」
「! わ、分かった!」
「わかりました……! 行きましょうグランさん!」
「うん!」
二人は一気に距離を詰め、
ねじれたラヴズオンリーユーに攻撃を仕掛ける。
グランアレグリアは高速で斬りつけ、
カレンブーケドールは盾で攻撃を防ぎながら反撃。
「うう! ラヴズちゃん! あたしだってこの程度全然痛くないよ!」
「な、なんで……!?」
「はい! 痛くも苦しくもありません……!
あなたが戻るまで……! 私たちには愛なんて通用しません!」
「だ、黙りなさい……! 私の愛は……! 無意味なんかじゃ……!」
「……ラヴズオンリーユー、今のあなたには……
愛なんてありませんよ。ただの虚無です」
「っ……!!!!
だ、ダマレ! ダマレエエエエ!
ワタシノアイハムイミジャナイ!
オマエラコロス! シネ! シネエエエ!」
普段の甘い愛の振る舞いすら投げ捨て、
怒りに満ちた叫びを上げて大剣を振るう。
ズドォォン! ズシャァァン!
三人は傷を負いながらも、
痛みを口にせず、
必死に耐え、反撃する。
「グランさん! ブーケさん!
ラヴズさんは愛を見失っています!
止めるなら今です!」
「うん!」
「分かりました!」
「ラヴズさん! これで終わりです!」
「戻ってラヴズちゃん!」
「おねがいします!」
三人が一斉に攻撃を仕掛け、
会心の一撃を与える。
ズバァァン!!
「ウウウ! ハァ! ハァ! ……」
膝を着き、大人しくなる。
「はぁ……はぁ……やっと……止まってくれましたか」
「つ、疲れた〜」
「でも……まだねじれたままですね……」
クロノジェネシスが、ゆっくりと近づく。
「……ラヴズさん」
「……」
「……落ち着きましたか?」
「……殺して」
「えっ……?」
「もう……痛いのよ……苦しくて……心が泣いてるのよ……
早くマルちゃんに……会いに行かせてよ……」
「……!!! ラヴズさんのバカ!!!」
パシーン!
「……クロノちゃん……?」
クロノジェネシスが胸ぐらを掴み、
涙を浮かべながら叫ぶ。
「散々引っ掻き回して勝手に死ぬなんて許しませんよ!
貴方が死んだら……! 残された私たち3人はどうなるんですか!?
私たちの愛はどうなるんですか!?」
「……愛」
グランアレグリアとカレンブーケドールが近寄る。
「そうだよラヴズちゃん! あたしたちだって貴女を愛してるの!」
「……グランちゃん」
「おねがいします……! ラヴズさん……
どうか私たちを忘れないでください……!
私たちのことだって……見てください……!」
「……ブーケちゃん」
「ラヴズさん! 私たちの思いに気づけ!
いい加減に現実を見ろ! ラヴズオンリーユー!」
「みんな……」
彼女の身体が、徐々に元のウマ娘の姿に戻る。
ひび割れたハートが消え、
赤い衣装が元のコートに戻っていく。
「ごめんなさい……! ごめんなさい……!
いっぱい迷惑かけて……! ごめんなさい……!」
クロノジェネシスは優しく抱きしめた。
「……いいんです、もう……いいんですよ……ラヴズさん……」
グランアレグリアは涙を拭いながら、笑顔で言った。
「……うん! あたしたちと一緒なら……! なんでも出来るよ……!」
カレンブーケドールは静かに、しかし温かく微笑んだ。
「はい……! ラヴズさん……!
あなたの痛みも苦しみも……ずっと一緒に背負います……!」
ラヴズオンリーユーは三人を見つめ、
涙を溢れさせながら、
静かに微笑んだ。
「……ありがとう……みんな……」
裏路地の闇に、
わずかな光が、
静かに灯り始めた。
たった一つの罪は赦され、
何百もの愛が、
彼女を包み込んだ。
これからは、
もう一人じゃない。