A社1区 A社本社 調律者執務室
都市の全てを支配するA社の最上階の一室。
重厚な防音扉の向こうは、静寂とコーヒーの香りだけが漂っていた。
マンハッタンカフェは窓際のソファに座り、
黒いマグカップを両手で包み込むように持ち、
ゆっくりとコーヒーを味わっていた。
マンハッタンカフェ
「……ふぅ、仕事の合間のコーヒーというのは至福ですね……
この1杯のために生きています……」
彼女の声は小さく、まるで自分自身に言い聞かせるようだった。
しかし、その静寂を破るように——
「やあやあカフェ〜! 様子を見に来たよ〜!」
扉が勢いよく開き、白衣の裾を翻しながらB社の2級凝視者が飛び込んできた。
マンハッタンカフェはカップを置かず、ただ静かに目を細めた。
マンハッタンカフェ
「……私の至福の一時を邪魔しないで欲しいですね、タキオンさん……」
凝視者アグネスタキオンは気にせずソファの背もたれに肘を乗せ、にやにやと笑う。
アグネスタキオン
「硬いこと言うなよ〜、私と君の仲じゃないか」
マンハッタンカフェ
「あくまで仕事仲間ですけどね……」
アグネスタキオンはわざとらしく肩をすくめた。
アグネスタキオン
「いや〜私としてもね、ガリオン氏がいた頃は紅茶仲間として会いに行ってたんだけど、
ほら、彼女ロボトミーの研究所で死んだだろう?
だから今の仕事仲間の君ぐらいしか知り合いの調律者がいないんだよ〜」
マンハッタンカフェは小さくため息をついた。
マンハッタンカフェ
「はぁ……ガリオンさんも面倒な人を押し付けてくれましたね……。そもそも凝視者って都市で一番忙しい職業でしょう。
どうやって時間を作ったのですか?」
アグネスタキオンは得意げに胸を張る。
アグネスタキオン
「私ぐらいになれば仕事の合間にA社に来ることぐらい朝飯前だよ!まあそれはさておいて、カフェ、今日はなんのコーヒーを飲んでいるんだい?」
マンハッタンカフェはカップを軽く傾け、静かに答えた。
マンハッタンカフェ
「マンデリンです……酸味が控えめでコクがある銘柄ですよ……」
アグネスタキオンはカップを覗き込み、感心したように頷く。
アグネスタキオン
「ふぅん、私自身はコーヒーはあまり飲めないけど、
カフェが飲んでる姿は眺めていられるよ。
いつも様になっていてね」
マンハッタンカフェ
「……そうですか」
二人の間に、奇妙な静けさが流れる。
アグネスタキオンはソファの背もたれに顎を乗せ、
まるで猫のように目を細めた。
アグネスタキオン
「ねえ、カフェ」
マンハッタンカフェ
「……なんですか」
アグネスタキオン
「君ってさ、調律者なのに……
なんでそんなに静かなんだろうね?
ガリオンみたいに喋りまくって人を疲れさせたり、
ジェナみたいに長話で時間を稼いだりしないよね」
マンハッタンカフェはカップを口元に運び、ゆっくりと息を吐いた。
マンハッタンカフェ
「……私は、必要以上に言葉を増やしたくないだけです。
言葉は時に、余計な隙を作りますから」
アグネスタキオンは少しだけ真剣な目になった。
アグネスタキオン
「隙、ねぇ……
でもさ、カフェ。
君がそんな風に静かにしてても、
都市は君を見逃さないよ。
調律者ってだけで、みんなが恐れる存在なんだから」
マンハッタンカフェは静かに微笑んだ。
それは、どこか寂しげで、どこか諦めたような笑みだった。
マンハッタンカフェ
「……知っています。
だからこそ、私はコーヒーを、ゆっくりと味わうのです。
この一杯が終われば、また誰かを粛清しなければなりませんから」
アグネスタキオンはしばらく黙っていた。
やがて、彼女は小さく笑って立ち上がった。
アグネスタキオン
「ふふっ、やっぱり君は面白いね、カフェ。
じゃあ、また暇ができたら来るよ〜!
今度は私もコーヒー飲んでみようかな」
マンハッタンカフェ
「……お待ちしています。
ただし、次はもう少し静かにしていただけると嬉しいのですが」
アグネスタキオンは扉の前で振り返り、悪戯っぽくウィンクした。
アグネスタキオン
「無理!」
扉が閉まる。
再び静寂が戻る。
マンハッタンカフェはカップを両手で包み、
ゆっくりと、最後の一口を味わった。
マンハッタンカフェ
「……ふぅ。
やはり、コーヒーは一人で飲むのが一番ですね」
窓の外、
都市の灰色の空が、
今日も変わらず広がっていた。