A社1区 A社本社 資料庫
無数の棚が天井まで伸び、埃一つない静寂が支配する空間。
ここは都市で今まで起こった全ての記録——翼の栄枯盛衰、特異点の誕生と消滅、禁忌違反の粛清記録——が眠る、A社で最も厳重に守られた場所の一つだ。
オルフェーヴルは古いファイルケースを手に取り、
重厚なテーブルに広げていた。
金色の瞳が、淡々と文字を追う。
オルフェーヴル
「……ふむ」
背後から、静かな足音が近づく。
マンハッタンカフェ
「……おや、貴女は確かオルフェーヴルさん。
資料庫で何を?」
オルフェーヴルはちらりと見ると、直ぐにファイルをめくり続ける。
オルフェーヴル
「む? 確か貴様は……調律者のマンハッタンカフェか。
いや、大したことではない。
かつて存在していた昔の翼の詳細や都市の歴史を調べていた。
……余もA社専属となってしばらく経つが、まだ都市について知らないことも多いからな」
マンハッタンカフェは静かに隣に立ち、
オルフェーヴルが広げたファイルに目を落とす。
マンハッタンカフェ
「そうですか……」
オルフェーヴル
「それにしてもA社というのはマメだな。
折れた翼の詳細やその特異点も全て保管しておるとは……」
マンハッタンカフェ
「特許が消滅しても特異点の力は健在です……
最低限の記録は残しておかないといけないのですよ……」
オルフェーヴルはページを指でなぞりながら、静かに続ける。
オルフェーヴル
「基本的に翼が折れる原因は業績悪化や特異点が使えなくなり、
産業が成り立たなくなることが大半か……
だが、いくつかの翼は頭の規定が原因で廃業になった事例もあるんだな」
マンハッタンカフェ
「ええ……例えばかつて存在した旧U社……
アンブレラ・コーポレーションは人間以外の存在を意図的に都市で生み出したので廃業処分となり、
旧O社、オムラ・インダストリー・ホールディングスは当時最先端だったロボット工学で翼になっていましたが、
頭が新たに定めた人工知能倫理改正案の規定には逆らえず、
主力商品が軒並み規定違反で没収され産業が成り立たなくなり折れました」
オルフェーヴル
「なるほどな……
む、このH社に調律者を派遣したというのはいつぞやジェナが話してた鳥鴣人の一件か?」
マンハッタンカフェ
「はい……当時H社こと鴻園生命工学グループ(Hongyuan Bioengineering Group)の事業部のひとつが
外郭の亜人を都市で生み出すという禁忌を犯したため調律者ガリオンおよび足爪が出動し鎮圧、
その上でその事業部を運営していたコン家という一族をお取り潰しにしました」
オルフェーヴルはファイルを閉じ、静かに息を吐いた。
オルフェーヴル
「……ふん、やはり翼といえども頭には逆らえぬか」
マンハッタンカフェはカップを手に、ゆっくりと頷く。
マンハッタンカフェ
「ええ……とはいえ、頭は都市の冷淡な支配者ですが冷酷非道ではありません。
頭の規定さえ守れば例え都市でどんな事件が起きても咎めは致しません。
過度な締め付けは住民たちの人間らしさを損ないますから……」
オルフェーヴルは窓の外——
1区の完璧に管理された巣を見やりながら、呟いた。
オルフェーヴル
「人間らしさか……頭が何よりも重要視しているとのことだが……
私には理解できぬな」
マンハッタンカフェはカップを口元に運び、
静かに、しかし確信を持って答えた。
マンハッタンカフェ
「……A社に関わり続ければいずれ分かりますよ、貴女にも」
二人の視線の先で、
都市は今日も静かに回り続けていた。
翼は生まれ、折れ、
新たな翼が立ち上がり、
その繰り返しの中で、
頭だけは永遠に変わらぬまま。