およそ8年前 O社15区 ―― 巣
巣の空は、いつも灰色だった。
工場の煙突から吐き出される煤混じりの煙が雲と溶け合い、
太陽の存在をぼやかしている。
金属の軋む音、蒸気の唸り、
遠くで稼働する巨大機械の振動が、地面を通して伝わってくる。
その倉庫街の奥を、二つの影が並んで歩いていた。
一人は、金色の槍を肩に担いだウマ娘。
歩くだけで周囲の空気を圧する、王のような威圧感を纏っている。
オルフェーヴルだった。
もう一人は、緑を基調とした軽装で、
短剣を指先でくるくると遊ばせながら歩くウマ娘――ミスターシービー。
オルフェーヴルは足を止め、倉庫群を見渡す。
オルフェーヴル
「……ここが次の任務地で間違いないな、シービー」
声は低く、静かだが、
命令と断定の間にある独特の響きを帯びていた。
ミスターシービーは短剣をくるりと回し、軽く頷く。
ミスターシービー
「うん。O社から回ってきた案件。
この辺りに住み着いたならず者どもを一掃してほしいってさ」
オルフェーヴル
「ほう……巣の中で勝手気ままに暴れるとは、分を弁えぬ愚か者どもよ」
槍の穂先が、わずかに光を反射する。
オルフェーヴル
「良いだろう。
一人残らず片付ける。例外はない」
ミスターシービー
「はいはい、相変わらずだねオルフェ。
まあ、アタシも仕事はちゃんとやるよ?」
二人は互いに視線を交わし、
次の瞬間、オルフェーヴルが倉庫の鉄扉を――蹴り開けた。
中に足を踏み入れた瞬間、
血の匂いが鼻を刺す。
床に広がる赤黒い染み。
積み上げられるように転がる、ならず者たちの死体。
そして――
アルガリア
「おや、誰かと思えば。
オルフェーヴルに、シービーじゃないか」
白髪の青年が、
巨大な鎌を肩に担ぎながら、にこやかに立っていた。
その笑顔はあまりにも自然で、
まるで惨状など目に入っていないかのようだった。
オルフェーヴル
「……貴様は……」
一瞬で殺気が膨れ上がる。
オルフェーヴル
「青い残響……!」
ミスターシービー
「あれー?
アルガリアじゃん。こんなところで会うなんてね」
アルガリアは肩をすくめ、楽しそうに笑う。
アルガリア
「奇遇だよね、本当に。
いやあ、都市って狭いなぁ」
オルフェーヴルは槍を構え、
床に転がる死体へと視線を走らせる。
オルフェーヴル
「……この有様、全て貴様の仕業か」
アルガリア
「そうなるね。
ここにいた連中、全員“処理”させてもらったよ」
その言葉には、一片の感慨もなかった。
オルフェーヴル
「ふざけるな。
それは余とシービーが請け負った案件だ」
アルガリア
「横取りするつもりはなかったんだけどね。
たまたま君たちが受けたって話を耳にしてさ。
それで、たまたま15区に居たから――」
鎌をくるりと回す。
アルガリア
「代わりに片付けてあげただけ、かな?」
オルフェーヴル
「……随分と都合の良い“たまたま”だな」
苛立ちを隠そうともせず、
槍の柄を床に打ち付ける。
ミスターシービーは、ため息混じりに肩をすくめた。
ミスターシービー
「ほんとさ、アルガリアって何考えてるか分かんないよね〜。
……あ、そういえばさ」
ふと思い出したように、顔を上げる。
ミスターシービー
「アンジェリカって、最近どうしてるの?」
アルガリアの表情が、ほんの一瞬だけ柔らいだ。
アルガリア
「ああ、アンジェリカね。
この前、チャールズ事務所に所属したって連絡が来たよ」
オルフェーヴル
「……チャールズ事務所。
確か“血染めの夜”の案件に関わるという噂の……」
アルガリア
「そうそう。
都市悪夢から、都市の星に格上げされた案件だ」
ミスターシービー
「へぇ……随分物騒じゃん」
アルガリア
「まあ、アンジェリカなら問題ないさ」
その笑顔は、兄としての確信に満ちていた。
アルガリア
「何かあれば――
俺が助けに行く」
ミスターシービー
「はいはい、出た出た。
相変わらずのシスコンっぷりだね〜」
アルガリア
「酷いなあ。
俺はただ、妹が穢れないようにしてあげたいだけだよ」
オルフェーヴルは鼻を鳴らし、槍を肩に担ぎ直す。
オルフェーヴル
「……くだらぬ。
それでアルガリア、今回の件はどう報告するつもりだ?」
アルガリア
「うーん……」
少し考える素振りを見せてから、
あっさりと答える。
アルガリア
「面倒だし、そっちで適当に処理しておいてよ」
オルフェーヴル
「なっ――」
アルガリア
「それじゃ。
お仕事の邪魔をして悪かったね」
彼は軽やかに踵を返し、
倉庫の奥、闇の中へと消えていった。
しばしの沈黙。
オルフェーヴル
「……相変わらず、いけ好かぬ男だ」
ミスターシービー
「まあまあ。
アルガリアって、ああいう人だしさ」
オルフェーヴル
「特色としての自覚があるのかすら怪しい……」
それでも、
その名が都市に轟く理由を、オルフェーヴルは理解していた。
ミスターシービー
「とりあえず、報告行こっか」
オルフェーヴル
「ああ、仕事は仕事だ」
二人は死体の山を背に、
倉庫を後にする。
その背中を、
遠くから――
青い残響が、
音もなく、静かに見送っていた。