ハナ協会北部支部 オフィス
白を基調としたオフィスは、
北部地域の清廉な空気をそのまま映したように静かで整然としていた。
窓からは巣の街並みが見え、
穏やかな午後の光がデスクの上に柔らかく落ちる。
任務を終えたクリフジが、静かに扉を開けて入ってきた。
クリフジ
「ただいま戻りました」
彼女の青紫の衣装には、わずかな埃と血痕が残っていたが、
表情は変わらず無感情。
腰の太刀だけが、静かに光を反射していた。
セントライトは書類から顔を上げ、優しく微笑む。
セントライト
「クリフジ、無事でしたか」
クリフジは埃を軽く払い、
セントライトの傍に寄る。
クリフジ
「はい、任務は滞りなく」
エクリプスはデスクの椅子に深く腰を沈め、
紅茶のカップを手にしながら感心したように言った。
エクリプス
「今日もご苦労さま。
出立してからまだ1時間も経ってないのにもう片付けれたの?」
クリフジ
「些細な相手でしたので問題ありませんでした」
メジロラモーヌは書類を片手に、
感嘆の息を吐く。
メジロラモーヌ
「本当に強いわね……
今からでもハナ協会に所属するつもりはないのかしら?」
クリフジは静かに首を振った。
クリフジ
「……はい、私は1人が性に合っていますので。
この20年『青紫の孤独』の称号のままに生きて来ました」
セントライトは少し心配そうに、
クリフジの袖を軽く引く。
セントライト
「……クリフジ、そんなこと言わないでください。
……わたくしは友人として貴女のことを……」
クリフジ
「それは分かっています。
……ですが、私はあの人が全てだったのです。
……あの人がいなくなってから、心が冷えきったままなんです」
セントライト
「……クリフジ……」
クリフジはわずかに目を伏せ、
しかしすぐに表情を戻した。
クリフジ
「……でも、セントライトは私にとってもかけがえのない友人です。
……そのことは忘れていませんよ」
セントライトは優しく微笑み、
クリフジの手をそっと握った。
セントライト
「……そうですか。それなら良かったです」
クリフジ
「……私もいつかは過去を見つめ直します。
……それまでは、貴女を生きる意味にさせてください」
セントライト
「ええ……いつか貴女がもう一度自分で考えて生きれるようになれることを願ってます」
ふと、エクリプスが気になったことを思い出し、
カップを置きながら尋ねた。
エクリプス
「そういえばクリフジ、貴女って特色の歴は結構長いのよね」
クリフジ
「はい、かれこれ20年以上には」
エクリプス
「それにしては貴女の噂は聞いたことがないと思ってね。
隠居でもしてたならまだしも任務はしていたのでしょう?
貴女の強さを見る限りそれなりに有名でもおかしくないと思ったのよ」
クリフジ
「……名声とか名誉が煩わしいと思ってたので、
私の存在はあまり表に出ないようにしていました。
……一応顔も隠してたので私のことを知ってる者は少ないと思います」
メジロラモーヌ
「ちなみにこれまでどんな任務をしてきたのかしら?」
クリフジは静かに、淡々と答えた。
クリフジ
「……親指のカポを5名仕留めたことはございます」
エクリプス
「親指のカポを5人!?
……す、凄いわね……」
セントライトは少し苦笑しながら、
訂正するように言った。
セントライト
「クリフジ、言うならもっと正確に言った方がいいですわ……」
メジロラモーヌ
「あら、何か間違ってたの?」
セントライト
「正確には西部親指のカポを5名とアンダーボスを1名ですわ」
エクリプス
「アンダーボス!!?」
クリフジ
「……昔の話ですよ」
セントライト
「ふふ、それに赤い霧もいた時代は
『赤い霧か青紫の孤独の2強』……なんて言われたこともありましたわね」
メジロラモーヌ
「へぇ……じゃあ今の都市最強は貴女ってこと?」
クリフジ
「……あれから時代も流れましたし、
私に匹敵するようなフィクサーは数多くいるでしょう。
……それに、私は強さを求めているわけではありませんので」
エクリプスは腕を組み、
感嘆の息を吐いた。
エクリプス
「……なんていうか、孤独というよりも孤高ね。
たった1人でそこまでやれるなんて……貴女って強いのね」
クリフジ
「……そうですかね」
その時、軽やかな声が響いた。
ステイゴールド
「邪魔するよ〜」
ステイゴールドが、いつものグータラした笑みを浮かべて入ってくる。
エクリプス
「あら、ステイゴールドじゃないの」
ステイゴールド
「よっ、師匠久しぶり」
セントライト
「ステイゴールド様、ご無沙汰ですわね」
メジロラモーヌ
「わざわざ外郭から何の用かしら?」
ステイゴールドは肩をすくめ、
部屋を見回した。
ステイゴールド
「いやぁ、さっきまで図書館の連中と特色フィクサーについての談義をしてたんだけど、
その中で青紫の孤独って奴の噂を聞いてな、興味が出来て調べに来たんだ。
で、今はハナ北部支部で滞在してるって聞いたから見に来たんだけど、
あんたがそうかい?」
クリフジは静かに立ち上がり、
軽く頭を下げた。
クリフジ
「はい、青紫の孤独『クリフジ』です。よろしくお願いします」
ステイゴールドはクリフジをじっくり観察し、
にやりと笑った。
ステイゴールド
「へぇ、あんたがかの赤い霧に並ぶと謳われた特色か。
……なるほどな、随分強そうだ」
クリフジ
「分かるので?」
ステイゴールド
「まあ私もフィクサーはかなり見てきたからな、大体の強さは分かる。
で、あんたはどんなフィクサーなんだ?」
エクリプス
「ちょうどその話をしてたのよ。
クリフジって昔親指のカポを5人とアンダーボスを1人仕留めたことがあるらしいの」
ステイゴールド
「……カポを5人とアンダーボスを1人か。
そりゃ赤い霧と並べられるのも納得だ」
クリフジ
「まあ……今は出来るかは分かりませんけどね。
昔と違って親指も強くなっていますし」
メジロラモーヌ
「確か赤い霧の有名な逸話は、人差し指の代行者を5人、伝令を3人仕留めたって話ね」
エクリプス
「まあどっちもどっちね、実力は疑いようもないわ」
ステイゴールドはクリフジの腰の太刀に視線を向けた。
ステイゴールド
「それがあんたの武器か?」
クリフジ
「はい……良ければご覧になりますか?」
ステイゴールド
「いいのか? それなら是非とも」
クリフジは静かに太刀を抜き、
ステイゴールドに手渡した。
ステイゴールドは刀身をじっくり眺め、
感嘆の息を吐く。
ステイゴールド
「……これはムク工房の太刀か。
見たところかなりの高級品だな」
クリフジ
「ええ、昔からムク工房には世話になっております」
ステイゴールド
「ローランの奴もムク工房の武器を使っていたが……
あれよりもさらに良い品だ。相当値は張るな」
クリフジ
「よく分かりましたね。
これはムク工房にオーダーメイドで作ってもらったただひとつのものです。
……私の、大切な方からの贈り物なんです」
ステイゴールドは静かに刀を返し、
優しく微笑んだ。
ステイゴールド
「そうか、そんなに大切なものなんだな。
……ありがとう、返すよ」
クリフジ
「どうも」
ステイゴールドは部屋を見回し、
軽く手を振った。
ステイゴールド
「クリフジ……だったかな。
今日はあんたに会えて良かったよ。
赤い霧と並べられた強さは気になるけど……
あんたは目立つのが苦手なようだし、あんまり深くは聞かないでおく」
クリフジ
「ありがとうございます」
エクリプス
「ステイゴールド、また外郭に戻るの?」
ステイゴールド
「ああ、シービーの奴を待たせてるしな。
それじゃあ私はこれで失礼するよ。またな」
ステイゴールドが去っていく。
セントライトはくすりと笑った。
セントライト
「ふふ、どうやらクリフジの噂が久々に都市で広まりそうですわね」
クリフジは少し照れたように目を伏せる。
クリフジ
「……あんまり有名になるのも恥ずかしいのに」
メジロラモーヌ
「あら、そういう感情は芽生えてきたのかしら?
今までならどうぞ勝手にとでも言うかと思ったのだけど」
クリフジ
「……まあ、セントライトのおかげ……ですかね」
エクリプスは微笑みながら、
紅茶を一口。
エクリプス
「……ええ、少しは人間臭くなってきたみたいね」
青紫の孤独は、
まだ完全に消えていない。
だが——
その瞳に、
ほのかな温かさが戻り始めていた。