ハナ協会北部支部 支部長執務室
午後の柔らかな陽光が、白いカーテンを透かして部屋に淡い影を落とす。
デスクの上には書類の山が整理され、
紅茶の湯気が静かに立ち上っていた。
扉が控えめにノックされ、
クリフジが静かに入室する。
青紫の衣装は埃一つなく、
腰の太刀だけがわずかに光を反射していた。
クリフジ
「……エクリプスさん、少しお願いがあるのですがよろしいですか?」
エクリプスはカップを置き、
穏やかに微笑んで椅子を勧めた。
エクリプス
「何かしら?」
クリフジは一歩踏み出し、
静かに言葉を続けた。
クリフジ
「外郭の図書館に行く許可を頂きたく」
エクリプスはわずかに眉を上げ、
カップを指で軽く叩きながら尋ねる。
エクリプス
「図書館? あの不純物の?」
クリフジ
「ええ、その図書館です」
エクリプスは椅子の背もたれに体重を預け、
静かに目を細めた。
エクリプス
「ふむ……理由は?」
クリフジは一瞬だけ目を伏せ、
しかしすぐに視線を上げて答えた。
クリフジ
「……図書館にいるという赤い霧に会いたいと思いまして」
エクリプス
「赤い霧に?」
クリフジ
「……昔の私はただ死に場所を求めてるだけでしたので他人には興味がありませんでした。
しかし今はセントライトのおかげで少しは自分以外のことを気にする余裕も出てきたんです。
……その上で、私が同格と評されたかつての都市最強『赤い霧』に会って……
1度自分を見つめ直したいと思ったのです」
エクリプスはしばらくクリフジの瞳を見つめ、
やがて小さく息を吐いた。
エクリプス
「……そう、分かったわ。
許可は出すから行ってきてちょうだい」
クリフジは深く頭を下げた。
クリフジ
「ありがとうございます」
エクリプスはカップを手に取り、
軽く微笑む。
エクリプス
「……ふふ、ようやく自分の意志を伝えれるようになったのね。
セントライトはどう感じたかしら」
クリフジ
「感極まって泣いていました。
……ちょっと恥ずかしかったですね」
エクリプス
「なんとなく分かるわ。
……まあ気をつけて行ってきなさい」
クリフジ
「はい」
数時間後 外郭 図書館
荒涼とした外郭の風が、
古びた扉を軽く揺らす。
クリフジは静かに扉を押し開けた。
クリフジ
「……お邪魔します」
広大な書架が天井まで伸び、
埃っぽい空気が静かに漂う。
薄暗い中、青白い照明が灯っていた。
すると、空色のショートヘアに司書服を纏った
金の瞳の女性が現れる。
アンジェラ
「歓迎いたします。ゲストの方」
クリフジ
「……貴女が噂の図書館長のアンジェラでしょうか?」
アンジェラ
「はい、私は司書兼館長のアンジェラです」
クリフジは静かに頭を下げた。
クリフジ
「……青紫の孤独クリフジです。よろしくお願いします」
アンジェラ
「本日は如何なる御用でしょうか?」
クリフジ
「……ここにはかの赤い霧がいると聞きましたので、
一目でいいのでお目にかかりたく」
アンジェラは一瞬だけ目を細め、
しかしすぐに微笑んだ。
アンジェラ
「……ではどうぞお入りください」
図書館 総記の階
古い書架の間に、
簡素なテーブルと椅子が置かれている。
ローランが本を片手に座り、
ゲブラーが壁に寄りかかっていた。
ローラン
「……で、こいつがその青紫の孤独っていう特色フィクサーか」
アンジェラ
「そうよ。クリフジ、この男は私の友達のローラン。
一応元フィクサーよ」
クリフジは静かにローランを見やり、
淡々と答えた。
クリフジ
「……ローラン、話は聞いています。
前後不覚になって暴れた結果1級から9級まで落とされたフィクサーだと」
ローラン
「うっ……まだ有名なのかそれ……」
クリフジ
「ハナ協会に世話になってるので教えてもらいました」
ゲブラーが壁から体を起こし、
赤い大剣を肩に担いだまま近づく。
ゲブラー
「……ほう、お前がかの青紫の孤独か。
昔の私と同格扱いされてた……」
クリフジ
「……初めまして、クリフジです」
ゲブラー
「ゲブラーだ、よろしく」
クリフジは静かにゲブラーを見つめ、
ゆっくりと言った。
クリフジ
「……赤い霧、貴女とは活動時期が被っていただけに生前の貴女に会おうとしなかったことを後悔してます。
今の貴女でもかなりの強さというのは理解できますが、
全盛期はどれほどのものだったのか……」
ゲブラーは軽く肩をすくめ、
落ち着いた声で答えた。
ゲブラー
「そんな大層なものじゃないさ……
これでも全盛期こそ過ぎたが、強さにはまだ自信がある」
クリフジ
「……ひとつ質問です、貴女から見て私はどう映りますか?」
ゲブラーはタバコをくわえ、
火を点けながらゆっくりと煙を吐いた。
ゲブラー
「……精神が成っていない軟弱者……
それでもかつての私と同格と評されるだけの実力は間違いなくある。
そしてその精神も1度自ら壊したんだろう?」
クリフジ
「……ええ、今はまた元に戻す途中です。
……まだまだ時間は掛かりますが」
ゲブラーはタバコを灰皿に押しつけ、
静かに立ち上がった。
ゲブラー
「……少しだけなら手伝ってやるぞ。
1度私が接待してやろうか?」
ローラン
「マジか!? ゲブラーが自ら接待をやるって言い出すなんて久しぶりだな……」
アンジェラ
「それなら言語の階に行きましょう、接待の用意はいつでも出来てるわ」
言語の階
溶鉱炉が赤く脈打つような熱気が立ち込める工場を思わせる空間。
天井からは鎖が垂れ下がり、床には無数の金属片が散乱している。
赤を基調とした照明が、戦場を不気味に照らし出していた。
ゲブラーとクリフジが、互いに10メートルほど離れて向き合う。
ゲブラーは赤い大剣「ミミック」を両手で構え、
剣先がわずかに震えるように低く唸っている。
彼女から炎のようなオーラが立ち上る。
ゲブラー
「よし……始めるぞ」
クリフジは静かに息を吐き、
ムク工房の太刀を鞘から抜き放つ。
刀身に青紫の光が一瞬だけ走り、
彼女の周囲が幻影のように揺らめく
クリフジ
「よろしくお願いします」
アンジェラとローランは、
溶鉱炉の陰に身を寄せ、戦いを見守る。
アンジェラ
「ローラン、貴方はどっちが勝つと思う?」
ローラン
「難しいな〜……ゲブラーは全盛期を過ぎてるとはいえその力はまだまだ強いが、
クリフジの奴だってかつてはその全盛期に近い赤い霧に匹敵するとまで言われていたんだ。
どっちが勝ってもおかしくないだろうな」
両者が同時に踏み込む。
ゲブラー
「はぁッ!」
最初の斬撃は、ゲブラーの縦薙ぎ。
大剣が空気を切り裂き、
赤い軌跡を残しながらクリフジの頭上から振り下ろされる。
クリフジは一歩左に滑り込み、
太刀を斜めに構えて受け流す。
金属同士が激しくぶつかり、
火花が散る。
クリフジ
「!」
受け流した勢いのまま、
クリフジは体を低く沈めて突きを繰り出す。
太刀先がゲブラーの左脇腹を狙う。
ゲブラーは大剣を横に薙ぎ、
突きを弾き返すと同時に左足を踏み込んで踏み込み、
肘打ちを繰り出す。
クリフジは首をわずかに傾けてかわし、
そのまま回転しながら横薙ぎを返す。
青紫の光が太刀に宿り、
斬撃が空気を震わせる。
ゲブラー
「ほう……工房の武器で私のミミックを受け止めるか……」
クリフジ
「……これは私の魂ですから」
二人の間合いが一気に縮まり、
剣戟の音が連続して響き渡る。
ゲブラーの大剣は重く、
一撃一撃が床に亀裂を入れるほどの威力を持つ。
対してクリフジの太刀は軽やかで、
正確無比な軌道でゲブラーの隙を突く。
ゲブラー
「突き!」
大剣を突き出し、
空間を切り裂くような一閃。
クリフジは体を紙一重でかわし、
反撃に左足を軸に回転斬りを放つ。
クリフジ
「快刀乱麻」
太刀が弧を描き、
青紫の残光を残しながらゲブラーの右肩を狙う。
ゲブラーは大剣を盾のように構えて受け止め、
そのまま押し返して距離を取る。
ゲブラー
「なるほどな……ではここからは私のとっておきで相手しよう」
ゲブラーの全身から赤いオーラが噴出し、
E.G.O装備が完全に発現する。
肩当てから炎が立ち上り、
大剣の目が赤く輝き始める。
クリフジも静かに息を整え、
「心」のバリアを纏う。
太刀に金色の光輪が宿り、
刀身が微かに震え始めた。
ゲブラー
「はぁッ!」
ゲブラーが一気に間合いを詰め、
大剣を横薙ぎに振るう。
衝撃波が床を抉り、
金属片が飛び散る。
クリフジは跳躍してかわし、
空中で体を捻りながら太刀を振り下ろす。
クリフジ
「望・壱」
青紫の光が弧を描き、
ゲブラーの頭上から斬りかかる。
ゲブラーは大剣を振り上げて受け止め、
そのまま押し返して反撃。
ゲブラー
「大切断・縦!」
大剣が縦に振り下ろされ、
地面に深い亀裂を刻む。
クリフジは紙一重で横に飛び、
着地と同時に突きを放つ。
クリフジ
「望・弐」
2つの光輪を纏った連続する突きがゲブラーの胸を狙う。
ゲブラーは大剣を回転させて受け流し、
肘打ちから膝蹴り、
さらに大剣を振り回して反撃。
戦いの余波が周囲を揺らし、
溶鉱炉の炎が激しく揺らぐ。
ローラン
「おいおいマジか!
ゲブラー相手にタイマンでここまで拮抗してる姿を見るのは初めてだぞ……!」
アンジェラ
「流石かつての都市の2強対決ね。見応えがあるわ」
両者の感情が高まり、
戦いがクライマックスを迎える。
ゲブラー
「行くぞ!」
ゲブラーが大剣を高く掲げ、
全身から赤い炎を噴出させる。
クリフジも太刀を両手で構え、
金色の光輪が刀身全体を包む。
クリフジ
「乱斬撃・4望」
ゲブラー
「大切断・横!」
最終技が激突する。
轟音と共に衝撃波が広がり、
床が大きく抉れ、
書架が倒れそうになる。
煙が晴れた瞬間——
ゲブラーとクリフジは、
互いの武器を相手の首元で寸止めしていた。
ゲブラー
「……引き分けか」
クリフジ
「……そうみたいですね」
ゲブラーのミミックには深い傷が走り、
クリフジの太刀も刃に無数のヒビが入っていた。
クリフジ
「……都市に戻ったら1番にムク工房に修理に行く必要がありますね」
ゲブラー
「それがいい。
……見事だったクリフジ。
私がここまで追い込まれたのは生前調律者と戦った時を除けばお前が初めてだ」
クリフジ
「……いえ、正直私も今まで負けたことはなかったですが……
今回初めてギリギリのバトルというものを知れました。
……いい戦いが出来て良かったです」
ゲブラー
「ああ」
互いが堅い握手をする。
アンジェラ
「良い接待だったわ、お疲れ様ゲブラー」
ローラン
「図書館が壊れると思ったよ……」
ゲブラー
「アンジェラ、私は疲れたからしばらく横になってくるぞ」
アンジェラ
「ええ、分かったわ」
ゲブラーが書架の奥へ消えていく。
クリフジ
「……では私もこれで失礼します。
ローラン、アンジェラ、ありがとうございました」
ローラン
「おう、また来いよ……俺はあんまり接待したくないけど」
アンジェラ
「ええ、またの来館お待ちしてます」
クリフジは図書館を出て、
都市へと戻る。
図書館を後にするクリフジの背は、
以前よりも、
ほんの少しだけ軽い。
孤独は、
消えてはいない。
だがそれはもう、
凍りついた闇ではなく——
歩き続けるための、静かな影だった