LCCB移動用トラック・車内
エンジンの低い駆動音が、密閉された車内に一定のリズムで反響していた。
P社の特異点によって拡張された内部空間は、外見からは想像できないほど広い。
それでも――今はどこか息が詰まるような、張りつめた空気が漂っていた。
先程まで刃を交えた相手。
それもただのフィクサーではない、“特色”。
LCBの面々は円を描くように座り、中央に立つ青紫のウマ娘を静かに見据えていた。
クリフジは肩の力を抜いたまま、視線だけを巡らせる。
その立ち姿は、警戒を解いたというより――初めから緊張していなかったかのようだった。
ヒースクリフが腕を組み、沈黙を破る。
「……それで。
あんた、結局なんでわざわざ俺らを追ってきたんだ?」
その声には棘があるが、敵意は薄い。
ただ“理由が知りたい”という率直さだけが残っていた。
クリフジは小さく息を吐き、素直に答える。
「先ほども言いましたが……マルゼンさんの名前が聞こえたので。
それに、エクリプスさんから以前話を聞いていましたから」
マルゼンスキーがわずかに目を見開く。
マルゼンスキー
「師匠から?
……あたし、そんなに有名な弟子がいたなんて初耳なんだけど?」
冗談めかした口調だが、視線は真剣だった。
クリフジは曖昧に微笑む。
クリフジ
「私はエクリプスさんの弟子、ではありません。
ただ――少し前、北部で問題を起こしまして」
カツラギエースが眉をひそめる。
「問題?」
「ええ。
他所のフィクサーや事務所が請け負った仕事を、横から奪う“職務逸脱”です」
一瞬、車内の空気が冷えた。
カツラギエース
「……はぁ?それ、ハナ協会案件じゃねぇか」
「実際、北部ハナ協会支部に呼び出されました」
淡々と語られる内容に、ロージャが思わず声を落とす。
「なんでそんな無茶を……?」
クリフジは少し考えるように目を伏せ、それから静かに言った。
クリフジ
「……生きることに疲れていたんです。
だから、どこかで死ねればいいと思って」
その言葉は、装飾も言い訳もない。
ただ事実として落とされた。
シンクレアが思わず身をすくめる。
「そ、そんな……」
「ですが」
クリフジは顔を上げる。
その瞳には、今は確かに“生”が宿っていた。
「結局、死ねなかった。
何度も、何度も……生き残ってしまった」
グレゴールが低く息を吐く。
「……皮肉な話だな」
「ええ。
ただ、今は違います」
クリフジは穏やかに続ける。
「今は、生きる意味を探しています。
その一環として、都市を巡り……私以外の特色フィクサーと出会う旅をしているんです」
マルゼンスキーが小さく笑う。
「なるほどね……
それで、あたしたちに興味を?」
「はい」
その率直さに、張り詰めていた空気がわずかに緩む。
ドンキホーテが、待ってましたとばかりに身を乗り出した。
「おおお!
ではクリフジ殿!
かの“赤い霧”と並び称されたという噂、誠でありまするか!?」
クリフジは少しだけ困ったように視線を逸らす。
「……噂が一人歩きしているだけです」
「しかし!」
ドンキホーテの目は輝いている。
「そなた自身は、赤い霧について如何なる想いを?」
「……生前の彼女が活動していた頃、私は他人に興味がなかった。
だから、正直覚えていません」
一拍。
「ですが――今は、会っておけばよかった、と思っています」
その言葉には、後悔とも敬意ともつかない重さがあった。
イサンが顎に手を当て、静かに言う。
「ふむ……
されど、親指の幹部を複数討ち取ったという話、真であれば赤い霧と並ぶ評価も頷けるなり」
ウーティスが即座に反応する。
「ええ、アンダーボス一人、カポ五人……
それを単独で、ですか...!?」
ムルソーが事務的に補足する。
「事実であれば、我々が過去に対峙したレイホン級が複数。赤い霧と同格と評されても不自然ではありません」
沈黙。
イシュメールが小さく呟く。
「……改めて、敵じゃなくて良かったですよ」
ホンルは屈託なく笑った。
「すごいですね〜。
でも……どこか、寂しそうです」
その言葉に、クリフジはほんの一瞬だけ目を細めた。
ヒースクリフが話題を変えるように顎をしゃくる。
「で、その刀。
あんたの相棒ってわけか?」
「ええ」
ゆっくりと抜かれた刀身は、光を吸うような静かな輝きを放っていた。
ファウストが即座に分析する。
「意匠から判断してムク工房製の品物ですね。
しかし既存モデルと一致しません……オーダーメイド品かと」
「20年以上、共にあります。
一度も完全に壊れたことはありません」
良秀がニヤリとする。
「……良い。
殺しに耐える刃だ」
刀は静かに鞘へ戻される。
クリフジは改めて、マルゼンとヴェルギリウスを見る。
「……特色を複数抱える会社とは。
リンバスカンパニーも、随分と無茶をしますね」
ロージャが肩をすくめる。
「生きてるだけで無茶な世界だもの」
クリフジは小さく頷いた。
「……貴方たちの旅路が、少しでも良いものになることを」
ダンテの時計が、柔らかく音を刻む。
【……ありがとう】
ドンキホーテが我慢しきれず叫ぶ。
「ク、クリフジ殿!
もし可能であれば……サインを!」
一瞬の沈黙の後。
「……構いませんよ」
色紙に記された、流れるような署名。
「おおおお!!
一生の宝でありまする!!」
クリフジは静かに一礼し、トラックを後にした。
扉が閉まり、再びエンジン音だけが残る。
カツラギエースが呟く。
「……また、会いそうだな」
ヴェルギリウスは前を向いたまま言った。
「ええ。
都市は、そういう場所です」
青紫の孤独は、今日も都市を歩く。
理解できぬまま、それでも歩き続ける。
――旅は、まだ終わらない。