ウマ娘×ProjectMoon   作:桜餅 ステラ

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残響楽団

南部ハナ協会1課 オフィス

 

南部ハナ1課のオフィスには、かつてとは違う静けさがあった。

 

書類の山は、もはや机を覆い尽くすほどではない。

整理された棚、分類された報告書、未処理の案件は最低限。

それらは小さな変化だが、確実に“再建”の兆しだった。

 

そして、その変化は人にも表れていた。

 

エナスの目の下にあった濃い隈は、ようやく薄れ始めている。

完全とは言えないが、以前のような危うさは感じられなかった。

 

その一方で――

 

「……」

 

オフィスの一角。

クリフジは椅子に腰掛け、数冊の分厚い資料を机に広げていた。

表紙には、ハナ協会資料庫の刻印。

 

彼女は、まるで時間を忘れたかのように、黙々とページをめくっている。

 

マージはそれを横目で見て、声をかけた。

 

「クリフジさん。

 何をそんなに熱心に見ていらっしゃるんですか?」

 

クリフジは顔を上げ、資料を閉じる。

 

「はい。

 青い残響と、残響楽団についての記録です。

 資料庫から、いくつか借りてきました」

 

「残響楽団……」

 

その言葉に、エナスの表情が一瞬だけ強張った。

 

クリフジは続ける。

 

「……私は、あの時期、図書館にも楽団にも無関心でした。

 なので、正直なところ……何も知らないんです」

 

エナスは静かに頷いた。

 

「……貴女の事情は聞いている。

 今まで、死に場所を探しながら生きてきた、と」

 

クリフジは小さく笑った。

 

「ええ……恥ずかしながら。

 昔は、あらゆることに無関心で……知ろうともしませんでした」

 

資料に視線を落とし、ぽつりと続ける。

 

「……だから、知らなかったことを、知ろうと思いまして」

 

マージは、少し柔らかい表情で頷いた。

 

「それは……良いことだと思います」

 

「はい」

 

クリフジは再びページを開いた。

 

「……青い残響。

 本名はアルガリア。12月31日生まれ、当時39歳……」

 

少しだけ目を丸くする。

 

「……見た目と違って、意外と年齢がいってますね。

 40手前ですか」

 

エナスは苦笑した。

 

「都市では、よくあることだ。

 年齢と見た目が合わないなんて、日常茶飯事さ」

 

「なるほど……」

 

クリフジは読み進める。

 

「……家族構成は、妹がひとり。

 黒い沈黙――アンジェリカ」

 

その名を口にした瞬間、オフィスの空気がわずかに重くなる。

 

「……妹もフィクサーだったんですね。

 それも、特色」

 

マージが補足する。

 

「ええ。

 ハナ協会の関係者以外で本名を知る者は少ないですが……

 “青い残響と黒い沈黙の兄妹”といえば、かつては都市屈指の存在でした」

 

「……ふむ」

 

ページをめくる手が、わずかに止まる。

 

「……およそ3年前。

 アンジェリカさんは、都市で最初に発生したねじれ――

 “ピアニスト”によって殺害」

 

沈黙。

 

「……その後、青い残響は各地で事件を起こし始め、

 同時期に“黒い沈黙”と思われる存在が都市各地で暴れている……」

 

クリフジは眉をひそめた。

 

「……?

 アンジェリカさんは亡くなっているはずなのに……」

 

顔を上げる。

 

「……もしかして、ローランの件ですか?」

 

マージが驚いたように目を見開いた。

 

「……よくご存知ですね」

 

「資料を繋ぎ合わせれば、推測は出来ます」

 

マージは頷く。

 

「アンジェリカの夫で、元チャールズ事務所所属の1級フィクサー、ローラン。

 彼が黒い沈黙の手袋を使い、殺戮を繰り返したため……

 9級まで降格処分となりました」

 

「……黒い沈黙の手袋」

 

クリフジは小さく呟く。

 

「消音機能があると噂の武器ですね。

 ロゴマークも、それを象徴している……」

 

エナスが口を挟む。

 

「ああ。

 特色フィクサーのロゴは、武器由来のものが多い。

 青い残響の“大鎌”が、良い例だ」

 

「……なるほど」

 

クリフジはさらに読み進める。

 

「……青い残響が結成した残響楽団。

 都市各地の都市災害を傘下に収め……

 最終的にはフィクサー資格を剥奪され、都市の星へ……」

 

エナスは、重く頷いた。

 

「ああ。

 そして、楽団の最高幹部は9名」

 

淡々と、しかし確実に名前を挙げていく。

 

「泣く子、歯車の教団、8人のシェフ、ブレーメンの音楽隊、

 8時のサーカス、狼の時間、人形師、血染めの夜、昨日の約束」

 

クリフジは静かに息を吐いた。

 

「……全員が、理性を保ったねじれ。

 特殊能力を行使する都市災害……」

 

資料を閉じる。

 

「……ハナ協会南部1課と、朱色の十字だけでは、

 確かに分が悪かった」

 

マージが苦々しく頷く。

 

「……はい。

 単体でも脅威だった上に、連携まで完璧でしたから」

 

「……ですが」

 

クリフジは言った。

 

「彼らは、全員……図書館で死んだ」

 

「……ああ」

 

エナスの声は低い。

 

「そして、図書館は“不純物”として放逐された。

 それが……あの時期に起きた、全てだ」

 

「……なるほど」

 

クリフジは、しばらく黙り込んだ。

 

「……青い残響。

 特色でありながら、妹の死で狂気に染まった男……

 それでも、実力は確かだった……」

 

小さく首を振る。

 

「……複雑ですね」

 

「だが」

 

エナスは静かに言った。

 

「それが、都市だ。

 誰もが被害者であり、同時に加害者でもある」

 

クリフジは、ゆっくりと頷く。

 

「……そうですね。

 教えていただき、ありがとうございました」

 

エナスは彼女を見つめ、問いかける。

 

「……青紫の孤独。

 貴女は今、他の特色についても調べているそうだが……

 貴女から見て、青い残響はどう映った?」

 

クリフジは、少し考えてから答えた。

 

「……狂気に染まりながらも……

 どこか、寂しそうでした」

 

「……そうか」

 

短い返答。

 

「……そろそろ、仕事に戻りましょうか」

 

クリフジは立ち上がる。

 

「私がここにいられるのも、あと少しですから」

 

マージは深く頭を下げた。

 

「……本当に、ありがとうございました。

 1課も、ようやく再建に向かえそうです」

 

「大丈夫ですよ」

 

クリフジは、静かに微笑んだ。

 

「……では、あと少しの間、よろしくお願いします」

 

青い残響の狂気は、もう消えた。

だが、その残滓は――

 

今もなお、都市のどこかで、静かに燻っている。

 

 

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