ウマ娘×ProjectMoon   作:桜餅 ステラ

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黒い沈黙

およそ9年前

 

都市北部 Y社25区

 

都市の最北端。

Y社25区は、年中冷気に包まれた区域だった。

 

雪は止むことなく降り続き、

舗装された路面を白く覆い、

裏路地の死体も、流れた血も、すべてを平等に隠していく。

 

――ここでは、死すらも音を立てずに訪れる。

 

その雪原を切り裂くように、一人のウマ娘が駆けていた。

 

黒地に赤いラインが走る、仕立ての良いレディーススーツ。

肩には赤く輝く長槍を担ぎ、

足取りは優雅でありながら、一切の無駄がない。

 

北部シ協会一課部長。

ジェンティルドンナ。

 

ジェンティルドンナ

「やれやれ……」

 

吐息は白く、すぐに雪に溶ける。

 

ジェンティルドンナ

「最近は仕事量も多少は落ち着いたと思っておりましたのに……

 結局、誰も行けないから部長であるわたくしが自ら出張る羽目になるとは」

 

自嘲気味に肩をすくめる。

 

ジェンティルドンナ

「――相変わらずですわね。

 シ協会の労働環境は」

 

シ協会。

都市でもっとも需要の高い暗殺業務を専門に扱う協会。

 

依頼は絶えず、

それでいて少数精鋭を是とする体制は、慢性的な人手不足を生んでいた。

 

結果、末端だけでなく、

部長クラスですら現場に立つのが日常。

 

給料だけは他協会より高い――

それが、唯一の救いと言われている。

 

ジェンティルドンナ

「……とはいえ」

 

ジェンティルドンナは、視線を前に戻す。

 

ジェンティルドンナ

「嘆いている暇はありませんわね。

 さっさと終わらせて帰りましょう」

 

標的は、すでに視界に入っていた。

 

護衛を伴い、

街中を油断した様子で歩く数名の影。

 

――背後は、がら空き。

 

ジェンティルドンナは一歩、踏み込む。

 

ジェンティルドンナ「――死の境界」

 

次の瞬間。

 

音もなく、

赤い閃光が空間を切り裂いた。

 

シ協会奥義。

「死の境界」。

 

斬撃は正確無比に走り、

護衛も標的も、同時に崩れ落ちる。

 

叫び声は、ない。

血の飛沫すら、雪に吸い込まれて消えた。

 

彼らは――

自分が殺されたことすら、理解できなかっただろう。

 

ジェンティルドンナ「……これで終わりですわね」

 

槍を担ぎ直し、踵を返す。

 

ジェンティルドンナ

「では帰りましょう。

 書類仕事も、山のように溜まっておりますし」

 

再び雪道を駆け出した、その時だった。

 

――音が、消えた。

 

風の音も、

雪を踏む感触も、

都市のざわめきも。

 

すべてが、唐突に途絶える。

 

(……この感覚)

 

ジェンティルドンナの瞳が、鋭く細まる。

 

(――いますわね)

 

瞬時に臨戦態勢へ。

 

次の刹那。

 

ジェンティルドンナ「――っ!」

 

風を切る音すら、存在しない。

 

何処からともなく放たれた一撃を、

槍で弾き返す。

 

そして――

雪の向こうに、ひとつの人影が立っていた。

 

白髪の長い髪。

黒一色の装束。

手袋に包まれた、静かな殺意。

 

ジェンティルドンナは、ゆっくりと口角を上げる。

 

ジェンティルドンナ「……お久しぶりですわね」

 

その名を、静かに告げる。

 

ジェンティルドンナ「黒い沈黙」

 

アンジェリカ「ご無沙汰しています、ジェンティルドンナ部長」

 

淡々とした声で答えるのは、――アンジェリカ。

 

アンジェリカ「貴女も、相変わらずお元気そうですね」

 

ジェンティルドンナ

「ええ。

 ですが……いきなり背後から斬りかかるとは」

 

槍を構えたまま、問いかける。

 

ジェンティルドンナ

「わたくし、

 貴女の気に障るようなことをした覚えはございませんが?」

 

アンジェリカ「私怨ではありませんよ」

 

アンジェリカは首を振る。

 

アンジェリカ「ただ、依頼を受けただけです」

 

ジェンティルドンナ「……依頼?」

 

アンジェリカ「貴女が以前暗殺したターゲットの遺族から」

 

一瞬、空気が凍る。

 

ジェンティルドンナ「……ふむ」

 

ジェンティルドンナは冷静に言葉を返す。

 

ジェンティルドンナ「それで、どのようなご用件かしら?」

 

アンジェリカ「シ協会に依頼した者の情報を掴んでほしい、と」

 

アンジェリカは淡々と続ける。

 

アンジェリカ

「なかなかの無茶振りでしたが……

 受けることにしました」

 

ジェンティルドンナ「……」

 

ジェンティルドンナの表情が、わずかに厳しくなる。

 

ジェンティルドンナ

「シ協会の掟、

 貴女もご存知でしょう?」

 

アンジェリカ「ええ」

 

ジェンティルドンナ

「依頼人の情報は、何があっても漏らさない。

 それが、絶対ですわ」

 

アンジェリカ「だから――」

 

アンジェリカは、静かに言った。

 

アンジェリカ「力ずくで知ることにしました」

 

ジェンティルドンナ「……協会に、楯突くおつもりですの?」

 

アンジェリカ

「依頼を受けた以上、それはそれ。

 これはこれです」

 

そして、わずかに微笑む。

 

アンジェリカ

「どんな依頼も受けるのが、

 本来のフィクサー……そうでしょう?」

 

ジェンティルドンナ「……」

 

沈黙の後、ジェンティルドンナは低く告げた。

 

ジェンティルドンナ

「その言葉――

 後悔なさらぬように」

 

互いに武器を構える。

 

ジェンティルドンナの赤槍。

アンジェリカの、手袋から引き出される無音の武器。

 

ジェンティルドンナ「はぁっ!」

 

アンジェリカ「――ふっ!」

 

衝突。

 

激突の衝撃で、

積もった雪が一斉に弾け飛んだ。

 

世界は再び、沈黙と殺意に満ちた。

 


 

――そして現在

 

北部シ協会 支部長室。

 

時は流れ、

ジェンティルドンナは北部支部長となっていた。

 

机の上には、相変わらずの書類の山。

 

ペンを走らせながら、

ふと、一枚の資料に視線を落とす。

 

ジェンティルドンナ「……アンジェリカさん」

 

呟きは、静かだ。

 

ジェンティルドンナ「貴女がいなくなって、もう三年以上になりますが……」

 

資料に記された、

特色フィクサー『黒い沈黙』――死亡の文字。

 

ジェンティルドンナ

「今でも、思い出しますわ。

 貴女に襲われた、あの日のことを」

 

小さく、苦笑する。

 

ジェンティルドンナ

「実力は認めますけれど……

 性格は、随分と悪かったですわね」

 

資料を閉じ、机に仕舞う。

 

ジェンティルドンナ

「……結局、あの戦いの後、遺族は正式にシ協会へ暗殺依頼をしました。ですから、事なきを得ましたけれど……」

 

窓の外を見やる。

 

ジェンティルドンナ

「貴女の姿が見られないというのは……

 それはそれで、寂しいものですわ」

 

小さく息を吐く。

 

ジェンティルドンナ

「二度と戦いたくはありませんけどね」

 

そして再び、書類へと視線を戻す。

 

黒い沈黙は、もういない。

だが――

その名と、その静けさは、今も都市のどこかに残っている。

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