都市西部 F社6区 裏路地
薄暗い路地の奥で、最後の敵が崩れ落ちる音がした。
血と油の臭いが混じり合い、冷たいコンクリートに染み込んでいく。
スティルインラブはゆっくりと息を吐き、ミミックを肩に担ぎ直した。
スティルインラブ
「……ふぅ……
ミミック、貴方のおかげで今日も終えれました。……感謝します」
返事はない。
だが、確かに何かの鼓動を感じる。
刃の奥で、静かに脈打つような――
“在る”という実感。
スティルインラブ
「……貴方を使うようになって、私自身の衝動も落ち着けれるようになりました。
……貴方となら、どんな相手にも負ける気はしません」
彼女は誤魔化さず、本心を伝える。
あくまで道具ではなく、対等なパートナーであるミミックに。
スティルインラブ
「……それでは帰りましょうか」
ミミックを担ぎながら帰路に着く。
足音だけが、静かな裏路地に響いた。
ハナ協会西部支部
ハイセイコー
「おかえりスティルちゃん! 今日も無事で良かったよ!」
支部のロビーで待っていたハイセイコーが、ぱっと笑顔になる。
彼女の後ろでは、夜勤明けの1課フィクサーたちが疲れた顔でコーヒーを飲んでいる。
スティルインラブ
「はい、特に問題はなく……」
ハイセイコー
「ミミックの侵食も大丈夫そうだし、すっかり慣れたようだね」
スティルインラブ
「ええ……今では大切なパートナーです……」
ハイセイコー
「そっか! それなら良かったよ!」
1課のフィクサーたちも、微笑ましそうに見守る。
「それにしても最近スティルさんって本当に赤い霧っぽくなってきたよな……」
「ああ、あの冷静沈着だったカーリーさんの雰囲気が受け継がれてるみたいだ……
カーリーさん程の荒々しさはないけど、スティルさんにはこれぐらいがちょうどいいな」
「そもそも赤い霧ってどんな方だったんですか?
あの方が都市にいたのってかれこれ17年近く前ですよね……」
「えっとハナ協会のデータベースにプロフィールと写真があったはずだ……
ああ、これだこれだ」
1人のフィクサーがパソコンで赤い霧ことカーリーの写真を見せる。
スティルインラブと同じミミックを肩に担いで、タバコを咥えた赤髪の女性。
その表情は勇ましい。
黒いコートも相まって、まさしく強者のオーラを纏っている。
ハイセイコー
「あっ! 懐かしいね! こんな感じだったんだよカーリーちゃんって」
「そうですね……あの方ってヘビースモーカーで、常にタバコを咥えてましたから、
いつもタバコの匂いがきつくて……まあそれが逆に安心しましたけどね。」
「確か赤い霧って護衛専門の特色フィクサーだったんですよね。
どこの協会や事務所にも属していないフリーランスフィクサーと聞いてます」
「ああ、フィクサーでありがちな金のためではなく誰かを護るためにしか力を出さなかった。
この都市では稀にしかいない本当に強くて勇敢な方だった」
「だからこそ英雄と呼ばれる存在にまでなった、今も語り継がれるほどにな。」
スティルインラブも赤い霧の写真を眺める。
スティルインラブ
「この人が赤い霧……とっても強くて逞しそうですね……」
ハイセイコー
「うん、カーリーちゃんは本当に唯一無二の伝説だったんだ。」
スティルインラブ
「……私もこの方と同じ武器は手にしましたけど……
勝てる気はしませんね……」
ハイセイコー
「あはは……まあスティルちゃんのは質も悪いし、
赤い霧は本当に別格の存在だから……」
「でもスティルさんにはスティルさんの良さがありますからね。
強さだけで比べるものでもないですよ」
スティルインラブ
「そ、そうでしょうか……」
その時、1人のフィクサーが恐る恐る手を挙げた。
「…その、スティルさん、ひとつお願いがあるんですけど良いですか……?」
スティルインラブ
「なんでしょう……?」
「ミミックも使いこなせるようになったのでスティルさんのプロフィール写真の更新も兼ねて
1回赤い霧と同じ格好で写真を撮りませんか……?」
スティルインラブ
「しゃ、写真……?」
「ええ、この黒いコートを羽織ってタバコを咥えてミミックを肩に担ぐ構図で……
1回だけいかがでしょう?」
ハイセイコー
「確かにそれいいかも! じゃあ私ちょっと調達してくるから待ってて!」
スティルインラブ
「えっ! 支部長!?」
しばらくして……
ハイセイコー
「買ってきたよ! 赤い霧と似たような服とタバコ!」
「流石支部長! 仕事早いですね!」
ハイセイコー
「それじゃあスティルちゃん、ハナ協会の制服脱いでこれ着てみてくれる?」
スティルインラブ
「わ、わかりました……」
スティルインラブが赤い霧のセット一式を渡され、更衣室に向かう。
そして……
スティルインラブ
「い、いかがでしょうか……///」
ハナ協会の白い制服から黒いコートに着替えたスティルインラブが姿を現す。
ハイセイコー
「おおお! 今のスティルちゃんとっても赤い霧だよ!」
「すごくお似合いですスティルさん!」
「それじゃあぜひタバコも咥えてみてください!」
スティルインラブが火のついていないタバコを咥えてミミックを肩に担ぐ。
……赤い霧のプロフィール写真と同じ構図にフィクサーたちは興奮する。
「うおおお! スティルさんすげぇかっけえっす!」
「はい! とっても様になっていて素敵です!」
スティルインラブ
「うう……ちょっと恥ずかしいですね……///」
「支部長! いっその事スティルさんの正装これにしませんか!?」
スティルインラブ
「えっ!?」
「ええ!ハナ協会の広報も兼ねてかの赤い霧の遺産を継ぐ特色フィクサーみたいな感じで、スティルさんを売り出しましょうよ!良い宣伝になりますし!」
ハイセイコー
「うーん……それ採用! スティルちゃん! 今度からその格好で任務に行ってちょうだい!
服もタバコもスティルちゃんにあげるから!」
スティルインラブ
「え!えっ!?」
こうしてなんやかんやで赤い霧と同じ格好がデフォルトになったスティルインラブ。
その夜……
スティルインラブ
「はぁ……結局3時間ほど撮影会になって疲れました……」
自宅で休むスティルインラブ。
スティルインラブ
「……赤い霧と同じ……なんだか実感が湧きませんけど……
でも支部長に頼まれたのでやるしかありませんね……」
ふとスティルはもらったタバコを見る。
スティルインラブ
「……タバコってどんな味なんでしょう……」
スティルが1本咥え、タバコと一緒にもらったライターで火をつける。
スティルインラブ
「……スゥー……うっ!?ゴホッ……ヴ……ゲホッゴホッゴホッ……!
……こ、これがタバコ……結構肺に来ますね……」
落ち着くと今度はゆっくりタバコを吸い、煙を吐く。
スティルインラブ
「スゥー……はぁー……。……これは慣れるまで時間が掛かりますね……」
紫煙が漂う中、スティルインラブは1人苦笑した。
赤い霧にはなれない。
なるつもりもない。
それでも――
紅は、確かに受け継がれていた。
武器ではなく。
伝説でもなく。
“誰かを守るために刃を振るう意志”として。
夜の都市は、今日も眠らない。
そしてスティルインラブは、
ミミックの重みを背負いながら、静かに次の朝を待っていた。