B社2区 ―― 巣
数日後。
企業の管理が行き届いた白亜の街並みが広がるB社2区の“巣”。
裏路地とは違い、舗装は清潔で、空気には人工的な芳香が混じっている。
だがその整然とした景色の中を、異質な存在が歩いていた。
赤髪のウマ娘――
ハナ協会西部1課、特色フィクサー《紅色の衝動》スティルインラブ。
背には、赤黒く脈動する肉塊の大剣《ミミック》。
生き物のように微かに震え、彼女の鼓動に同調している。
スティルインラブ「……地図では華彩事務所は……こちら、でしょうか……?」
片手に端末の地図を表示しながら、彼女は慎重に歩を進める。
巣の住民たちが、遠巻きに彼女を見る。
――あれが“紅色の衝動”。
――噂じゃ赤い霧の再来だとか。
視線は慣れている。
だが彼女は、どこか居心地悪そうに目を伏せていた。
やがて、小洒落たビルの前で足を止める。
スティルインラブ「……あ、ここですね。」
表札には“華彩事務所”の文字。
\ピンポーン/
軽い電子音。
ややあって、扉が開く。
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デアリングハート「はーい、どなた……あっ。」
現れたのは柔らかな栃栗毛のウマ娘。
華彩事務所所長、2級フィクサー――デアリングハート。
デアリングハート「あら……スティルインラブさん。」
スティルインラブ「どうも、お久しぶりです。デアリングハート所長。」
一瞬の沈黙。
ハートは苦笑した。
デアリングハート「……今日の用件、なんとなく察しはつくわ。」
スティルインラブ「はい。空色の狩人の任務の件です。」
デアリングハート「やっぱりね……とりあえず、come in。」
スティルインラブ「失礼します。」
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華彩事務所 ―― 応接室
応接室は上品で、どこか温かみがある。
だが空気は重い。
ソファにはデアリングハート。
その隣には、空色の服を纏い青鹿毛の髪を揺らす特色フィクサー――
《空色の狩人》デアリングタクト。
対面にスティルが座る。
《ミミック》の圧が、室内の温度を数度下げたように感じられた。
スティルは封筒を取り出す。
スティルインラブ「……こちら、ハナ協会からの警告文書です。」
ハートがそれを受け取り、目を通す。
デアリングハート
「任務の自粛要請……依頼の選別提案……
ええ、予想通りね。」
タクトが小さく首を傾げる。
デアリングタクト「……ハートさん。私、しばらく狩りしちゃダメなんですか?」
その声音は、まるで遊びを取り上げられた子供のようだった。
ハートは眉を寄せる。
デアリングハート
「タクト。あなたの実力は疑いようがないわ。
でもね、always too muchなのよ。やり過ぎなの。」
スティルインラブ「……」
デアリングハート「私の謝罪だけじゃ、もう抑えきれないの。」
タクトは少し困ったように笑う。
デアリングタクト「でも、23区の人たちからもう結構依頼受けてるんですけど……」
デアリングハート
「全部断ってちょうだい。
これからは都市災害鎮圧が中心。普通のフィクサーと同じ仕事よ。」
デアリングタクト
「そうですか……。
あそこの賄い飯、美味しかったのにな……」
デアリングハート「タクト!」
ハートが慌てて声を荒げる。
デアリングハート「ハナ協会のスティルさんの前で、そんなこと堂々と言わないで!」
スティルは静かにタクトを見る。
スティルインラブ「……空色の狩人。ひとつ、聞いても?」
デアリングタクト「なんですか?」
スティルインラブ
「なぜ狩りを主に?
貴女ほどのフィクサーなら、別の道もあるはずです。」
タクトは少し考え、明るく答えた。
デアリングタクト「昔、“笑う顔たち”にお世話になったことがあって。」
スティルの目がわずかに鋭くなる。
スティルインラブ「都市悪夢指定の組織。暗殺と拷問専門の陽気なカニバリスト……ですね。」
デアリングタクト
「はい! 裏路地で迷子になった時、助けてもらって。
それに特製ジャーキーをご馳走になったんです!」
嬉しそうな笑顔。
デアリングタクト「だから私も、あんな風に出来たらいいなって!」
室内の空気が凍る。
スティルは無表情のまま言う。
スティルインラブ「……なるほど。人肉食に抵抗がない理由は、それですか。」
デアリングタクト
「良ければスティルさんもどうです?
一口食べれば慣れますよ?」
スティルインラブ「お断りします。」
即答だった。
デアリングタクト「そうですか……残念。」
デアリングハート「タクト! I'm so sorry, スティルさん!」
スティルインラブ「いえ。」
スティルは立ち上がる。
スティルインラブ
「通達は以上です。
必ず守ってください。」
ハートは深く頭を下げた。
デアリングハート「もちろんよ……」
デアリングタクト「はーい……」
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スティルが去り、扉が閉まる。
静寂。
タクトがぽつりと言う。
デアリングタクト「……スティルさん、前より強くなってそうでしたね。」
ハートは息を吐く。
デアリングハート
「あれが噂のE.G.O武器《ミミック》……。
命がいくつあっても足りないわよ。」
タクトは無邪気に呟く。
デアリングタクト「……スティルさんって、どんな味がするんでしょう。」
デアリングハート「タクト!!」
ハートの声が響く。
デアリングハート「冗談でもそんなこと言っちゃダメ!」
タクトはくすりと笑う。
デアリングタクト「分かってますよ。ただの冗談ですから。」
だがその瞳の奥には、
狩人の光が宿っていた。
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一方、巣を後にするスティル。
背中の《ミミック》が、低く唸る。
――あの狩人は、いずれ止まらなくなる。
自分と同じ“衝動”を感じたからこそ、分かる。
都市の均衡は、薄氷の上。
紅色の衝動と空色の狩人。
二つの本能が、いつか交差する。
それは警告か。
それとも、不可避の“狩り”か。
都市だけが、静かに見ている。