西部ハナ協会支部
スティルインラブ「ただいま戻りました」
静かな声がオフィスに響く。
ハイセイコー「あっ!おかえりスティルちゃん!」
支部長、ハイセイコーがぱっと顔を上げた。
ハイセイコー「どうだった? 空色の狩人は」
スティルインラブは背中の《ミミック》を壁に立てかけながら答える。
スティルインラブ
「書類は無事に渡せました。
23区で受けた依頼もしばらくは全て断ると同意しています。……当面は問題ないかと」
ハイセイコー「そっか……よかったぁ」
オフィスの空気が少し緩む。
「お疲れ様でした、スティルさん」
スティルインラブ「ありがとうございます」
彼女は自分のデスクに戻る。
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ハイセイコーが小声で尋ねる。
ハイセイコー「空色の狩人とは何か話したの?」
スティルインラブ「……彼女が昔、“笑う顔たち”と関わっていたことを」
ハイセイコー「ああ〜……笑う顔ね……」
周囲のフィクサーたちも顔をしかめる。
「都市悪夢指定のカニバリスト集団ですよね」
「それなら今の行動理念も分からなくはないな……」
ハイセイコーは頷く。
ハイセイコー
「まあ、指示に従ってくれるなら当面は大丈夫かな。
スティルちゃん、少し休んでいいよ」
スティルインラブ「はい」
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スティルは一本、煙草を取り出す。
火をつける。
紫煙がゆらりと立ち上る。
「……最近、スティルさんってクールになったよな」
「前より落ち着いてる。
4課のアドマイヤグルーヴ部長にちょっと似てきたかも」
ハイセイコーが苦笑する。
ハイセイコー
「ミミックを扱ううちに精神鍛錬みたいになったのよ。
それに、元々アルヴちゃんに憧れてたしね。
煙草も吸うようになったのもきっかけの一つかな」
――そんな会話を、スティルは聞いていない。
彼女は煙を吐きながら、静かに口を開いた。
スティルインラブ「……支部長。ひとつ、気になることが」
ハイセイコー「う、うん?」
スティルインラブ
「12協会が空色の狩人を警戒していると言っていましたが……
他にも警戒対象の特色はいるのですか?」
ハイセイコーは棚から資料を取り出す。
ハイセイコー
「今のところ、彼女ほどグレーな子はいないかな。
みんな真面目に働いてる」
一枚、ページをめくる。
ハイセイコー「ただ……2年半前の件があるからね」
オフィスが静まる。
「青い残響と、残響楽団の一件……」
「図書館騒動も含めてな……」
スティルは小さく呟いた。
スティルインラブ「……アルガリアさん、昔は良い人でしたのに」
ハイセイコーが目を丸くする。
ハイセイコー「え? スティルちゃん、知り合いだったの?」
スティルインラブ「はい……一度だけお会いしたことが」
「いつ?」
「特色になって半年後。……今から9年前です」
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9年前
V社22区 裏路地のbar
当時、スティルはまだ若い特色。
衝動に悩まされる日々を送っていた。
スティルインラブ「……今日も、あんなはしたない戦い方……」
グラスの中で赤いカクテル――スカーレット・オハラが揺れる。
スティルインラブ「もっと……抑えられるように……」
その時、扉が開いた。
アンジェリカ「お兄ちゃんったら、特色の身分証なくすなんて何やってるのよ。見つかったから良かったけど危うくハナ協会から大目玉食らうところだったでしょ」
アルガリア「はは、ごめんよアンジェリカ」
優雅な青衣の男。背に大鎌。
白髪の女性。黒い手袋。
スティルは息を呑む。
(青い残響……アルガリアさん。
黒い沈黙……アンジェリカさん)
二人は隣に座る。
アルガリアはドライマティーニ。
アンジェリカはマンハッタン。
アルガリア「それでアンジェリカ、最近はどうなんだい?特に面倒事には巻きこまれてないかな?」
アンジェリカ「別に大丈夫よ、この間依頼の一環でシ協会のジェンティルドンナ部長と1戦交えたけど、事なきを得たし。」
アルガリア「へぇ...協会の部長と戦うなんて、相変わらず無茶をするね。俺の妹らしいよ」
アンジェリカ「そういうお兄ちゃんもあまり綺麗なやり方をしてるわけじゃないでしょ。
都市悪夢級の組織を利用したりしてるし、協会からもちょっと苦言を言われてるって聞いたよ」
アルガリア「別に任務自体は全て終わってるんだからいいじゃないか。俺は俺のやり方で終わらせるだけさ」
軽口を交わす兄妹。
都市悪夢を利用するやり方を咎める妹。
「任務が終わればいい」と笑う兄。
その姿は――
強く、自由で、迷いがなかった。
(私より……ずっと優秀だ)
その時。
アルガリア「……ところで、さっきから見ている君は?」
スティルインラブ「むぐっ!?」
盛大にむせるスティル。
アルガリア「驚きすぎじゃないかな?」
スティルインラブ「も、申し訳ございません……」
アルガリアは微笑む。
アルガリア「ふふ、別に構わないよ。...おや、よく見たら君は最近噂の紅色の衝動じゃないか。」
スティルインラブ「えっ...ご存知なんですか...?」
アンジェリカも続ける
アンジェリカ「最近都市西部で認定された特色って噂ですよ、
なんでも随分荒々しい人物って聞いてましたけど...想像より控えめなんですね」
スティルインラブ「あっ、その...それは戦闘時のことで...///
気持ちが昂ると自分でも抑えきれなくなるんです...///
こんなはしたないのに...」
俯くスティル。
アルガリアはあっさり言った。
アルガリア「任務をこなせているなら、問題ないさ」
スティルインラブ「え……?」
アンジェリカ「そうね、フィクサーに“正しい在り方”なんてないわ」
アンジェリカの静かな声。
アルガリアはグラスを揺らす。
アルガリア
「綺麗なやり方にこだわらなくていい。
遂行できるかどうか。それが全てだ」
その言葉は、衝動に悩む少女の胸に深く刺さった。
アルガリア「気楽にやるといいよ」
スティルインラブ「...ありがとうございます、少し...気が楽になりました...」
アルガリア「それは良かった。じゃあ俺たちはそろそろ行こうかアンジェリカ」
アンジェリカ「ええ、...それじゃあ私たちはこれで」
兄妹は去っていった。
スティルは思った。
――いつか、あんな特色になりたい。
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そして現在
スティルインラブ「……ということがあって」
オフィスは静まり返る。
「青い残響と黒い沈黙……
昔は優秀な兄妹だったのに」
「黒い沈黙が亡くなってから、全てが変わった……」
ねじれ《ピアニスト》。
最初の悲劇。
スティルは煙草を消す。
スティルインラブ
「……アルガリアさんのしたことは、許されません。
でも……あの時の言葉は、今も私を支えてます」
ハイセイコーは優しく笑う。
ハイセイコー「いい出会いだったんだね」
スティルインラブ「はい」
彼女は静かに頷く。
スティルインラブ
「私は忘れません。
昔の、優秀なフィクサーだったあの人を」
窓の外、都市の空は曇っている。
衝動は、今も胸にある。
だがもう、振り回されてはいない。
残響は狂い、
沈黙は消え、
都市は血を流した。
それでも――
あの日、バーで交わした言葉だけは。
今も、紅色の衝動を支えている。