――西部センク協会支部 訓練所
白を基調とした広い訓練場。
磨き上げられた床に、羽根飾りのついた白いハットが整然と並ぶ。
センク協会。
決闘を専門とする協会――個の技量を極限まで研ぎ澄ます者たちの集団。
細身のレイピアが交差し、金属音が鋭く響く。
「そこ、踏み込みが半拍遅いわ」
凛とした声が訓練場に通る。
一際目を引く存在――
白のコートに水色の意匠、優雅な佇まい。
特色フィクサー
水色の女王――アーモンドアイ。
最後の一撃。
彼女のレイピアが軽く相手の喉元に触れる。
「……そこまで」
静寂。
アーモンドアイは剣を下ろし、軽く息を吐いた。
アーモンドアイ「ふぅ……今日の訓練はこのぐらいにしましょうか」
「お疲れ様でした、アイさん! 今日も素晴らしかったです!」
アーモンドアイ「当然よ。私は特色だもの」
汗一つ乱れていない顔で微笑む。
アーモンドアイ
「例え訓練でも手を抜くのは嫌なの。明日生きている保証なんて、この都市にはないのだから」
その言葉に、若いフィクサーたちが背筋を伸ばす。
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アーモンドアイ
「フィクサーは強ければいいってものじゃないわ」
レイピアを鞘に納めながら、彼女は続ける。
アーモンドアイ
「特色ともなれば振る舞い方も問われる。
少なくとも――“青い残響”みたいなやり方は私は嫌いよ」
訓練生たちが顔を見合わせる。
アーモンドアイ
「残響楽団を結成して暴れた件もそうだけど、狂う前から都市災害を利用して任務を解決するなんて……邪道もいいところよ」
「あはは……あの人は特色の中でも例外ですから……」
アーモンドアイ「例外で済ませるには被害が大きすぎるわ」
きっぱりと言い切る。
アーモンドアイ
「力は誇示するものじゃない。
都市に秩序を示すためのものよ」
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訓練が終わり、事務室へ戻る途中。
「そういえばアイさん、最近裏路地で黒雲会の動きが活発だとか……」
アーモンドアイの足が止まる。
アーモンドアイ
「ええ。親指が傘下組織への上納金を値上げしたらしいわ」
黒雲会。
五本指の一つ“親指”の傘下組織。
都市災害ランクは“都市疾病”。
アーモンドアイ
「資金繰りに奔走してるようね。五本指といえど、不景気の影響は受けるらしいわ」
「黒雲会って、確か組長が元東部十剣の剣豪とか……?」
アーモンドアイ「ええ」
彼女は頷く。
アーモンドアイ
「上から順に組長、副組長、若頭、若頭補佐、若衆。
親指の規律に従っているから上下関係は絶対。礼を欠けば終わりよ」
レイピアの柄に手を添える。
アーモンドアイ
「都市疾病だからと侮ると痛い目を見るわ。
下手に刺激すれば――親指が出てくる」
空気がわずかに重くなる。
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「親指……」
若いフィクサーが小さく呟く。
「ゴッドファーザーが頂点にいるとか。でも協会でも把握できてないんですよね?」
アーモンドアイ「ええ。詳細は不明」
アーモンドアイは淡々と答える。
アーモンドアイ
「分かっているのは、現場に出ることのある最高幹部――
アンダーボスとコンシリエーレの存在くらい」
「コンシリエーレって……?」
アーモンドアイ
「相談役。ゴッドファーザーの最も信頼する助言者。
参謀ね」
彼女の瞳がわずかに細まる。
アーモンドアイ
「親指は規律と階級の組織。
秩序を重んじるが、それは彼らの“秩序”。都市のものではない」
「私たち一般フィクサーじゃ絶対関わりたくないです……」
アーモンドアイ「当然よ」
即答。
アーモンドアイ「五本指と正面から渡り合えるのは、私のような特色か、それに準ずる1級だけ」
少しだけ微笑む。
アーモンドアイ
「それに、私だって無闇に敵に回す気はないわ」
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窓の外。
西部の巣の空は白く霞んでいる。
アーモンドアイ
「五本指は裏路地の必要悪。
けれど放置しすぎれば、協会の面子が立たない」
彼女は振り返る。
アーモンドアイ
「牽制は忘れないこと。
センクの決闘でも同じよ」
レイピアを軽く抜き、刃を光らせる。
アーモンドアイ
「如何に相手に隙を与えないか。
それが基礎中の基礎」
凛とした声。
アーモンドアイ
「決闘は一瞬。
躊躇も慢心も――死に繋がる」
訓練生たちが力強く答える。
「はい!」
アーモンドアイは満足げに頷く。
アーモンドアイ
「いい返事ね。
……さあ、事務仕事に戻るわよ。完璧に片付けるわ」
白いコートが翻る。
水色の女王は歩き出す。
都市がどれほど歪んでいようと。
裏路地で五本指が蠢いていようと。
彼女は今日も剣を携える。
明日生きている保証がないからこそ――
一切の不備を許さないために。