L社12区 ―― 巣の跡地
かつて“巣”と呼ばれた区域。
整然と並んでいた高層住宅はひび割れ、
広告塔は光を失い、
空気には常に薄い埃が漂っている。
翼――ロボトミー社が消えた今、
この区域は五本指の支配下にある。
治安は裏路地と大差ない。
だが住民は残っている。
かつて富裕層だった彼らは、今や搾取対象。
それでも“指のルール”に従う限り、安全は保証される。
都市とはそういう場所だ。
守られるのではない。
従うことで生かされる。
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白いコートが瓦礫の間を歩く。
アーモンドアイは周囲を見渡した。
アーモンドアイ「……ここも相変わらずね」
街の体裁は保っている。
だが活気はない。
「元々は巣だった場所として形はあるけれど……ボロボロ。鬱屈としてる」
遠くで子どもが怯えた目を向ける。
「……ネズミに落ちる者も多いでしょうね」
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都市の最下層は“ネズミ”。
裏路地で搾取され、
組織にも入れず、
フィクサーにもなれない。
その上に、弱小組織や下級フィクサー。
都市災害ランクで言えば“都市怪談”程度。
さらに上へ――
都市伝説。
都市疾病。
都市悪夢。
都市の星。
善悪は関係ない。
強さや能力が階級を決める。
巣に住む“羽”と呼ばれるエリートでさえ、
翼が崩壊すれば意味を失う。
――彼らは守られる雛ではない。
いずれ抜け落ちる羽に過ぎない。
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「……うん?」
通りの向こう。
黒スーツに白い外套。
静かに、しかし確実に近づいてくる。
アーモンドアイは立ち止まった。
「……どうも、人差し指の皆さん」
先頭の長身の男が答える。
「水色の女王……久しいな」
エスター。
その後ろに、
巨大な大剣を携えたヒューバート。
煙を吹き出す義体のグローリア。
五本指の一角――
人差し指。
指令を絶対とする組織。
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「確か貴方たち、2年半前に図書館へ向かったと聞いたけれど」
アーモンドアイは軽く微笑む。
「帰ってこれたのね」
グローリアが明るく笑う。
「そうなんだよ〜! 本にされたはずなんだけど、気づいたら戻ってこれたの!」
ヒューバートは低く言う。
「『指令』があった。それだけだ」
エスターの瞳は揺れない。
「我々は指令を遂行するのみ」
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「今日は?」
アーモンドアイが尋ねる。
ヒューバートが答える。
「12区の住民で、指令を遂行できなかった者を処罰する」
「……そう」
感情は表に出さない。
「今日は遂行者が少ないわね」
エスターがわずかに目を細める。
「どこぞの特色に受けた被害が甚大だったからな」
ヒューバート
「空色の狩人によって遂行者が減った」
アーモンドアイの瞳がわずかに冷える。
アーモンドアイ「……空色の狩人」
特色フィクサー――デアリングタクト。
朗らかな笑顔で“狩り”を行う存在。
グローリアが無邪気に言う。
グローリア「ハナ協会が止めてくれたからよかったけど、もう少しで指令が滞るところだったんだよ?」
アーモンドアイはため息をつく。
アーモンドアイ「私もあのウマ娘は好きじゃないわ。狩りと称して裏路地を滅茶苦茶にするなんて」
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エスターが一歩前に出る。
「水色の女王。お前は特色の中では比較的理性的だ。我々も信頼している」
静かな警告。
「だが忘れるな。裏路地の管理を任されているのは翼や協会ではない。“指”だ」
空気が張り詰める。
アーモンドアイは視線を逸らさない。
「分かってるわよ」
一歩も引かない。
「でも、出過ぎた真似をすれば――私が相手になるわ」
ヒューバートが剣をわずかに鳴らす。
グローリアは楽しそうに首を傾げる。
エスターは短く告げる。
「……行くぞ」
三人は踵を返す。
処罰へ向かう足音が遠ざかる。
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瓦礫の街に静寂が戻る。
アーモンドアイは小さく呟いた。
「……指令、ね」
誰かの指示に従うだけの人生。
思考も、疑問も持たず。
「完璧じゃないわ」
完璧とは、自分で選び、責任を負うこと。
彼女は剣の柄を握る。
人差し指は盲信する。
親指は支配する。
だが彼女は違う。
「私は、私の意志で剣を振るう」
風が吹き抜ける。
12区の空は灰色。
遠くで銃声。
そしてどこかで、
今日も誰かが“指令”に従って裁かれる。
アーモンドアイは歩き出す。
水色の女王は、
指の支配する街を静かに進んでいった。