ディエーチ協会 本部 ― 協会長執務室
都市に存在する十二のフィクサー協会。
その十番目――
ディエーチ協会。
知識と探求を司る協会。
巨大な図書館のような建築物の内部には、古書、禁書、遺物、遺跡資料が整然と保管されている。
本棚は天井まで届き、
司書たちが静かに往来する。
戦闘専門というより、
研究と蓄積の協会。
だが――
その静寂の裏に、都市屈指の実力者たちが潜んでいる。
執務室。
書類を閉じ、眼鏡を押し上げる協会長。
ゼンノロブロイ。
「ふぅ……午前の業務はここまでにしましょうか。そろそろ昼休みですね」
紅茶に手を伸ばしかけた、その時。
コンコン、とノックもなく扉が開く。
「失礼しまーす!」
「ちょっとテイオーちゃん! ノック!」
入ってきたのは二人。
ディエーチ西部1課の特色フィクサー
“白紫の帝王”トウカイテイオー。
そして1級フィクサー、ツルマルツヨシ。
ゼンノロブロイは苦笑する。
「おや、どうしましたか?」
テイオーは机に身を乗り出す。
「ねえねえ協会長! ライス本部長のことで聞きたいことがあるんだけど!」
「ライスさん、ですか?」
その名が出た瞬間、室内の空気がわずかに変わる。
ライスシャワー。
ディエーチ協会本部長。
特色フィクサー“黒い刺客”。
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「前にハナ協会の資料で見たんだけどさ。ライス本部長って昔、シ協会にいたって本当?」
ロブロイは一瞬だけ視線を落とす。
「ええ。本当です」
シ協会――
暗殺専門の第四協会。
「特色になったのも、その時代ですね」
「それでさ! “黒い刺客”って二つ名の意味、ちゃんと聞いたことなくて!」
ツヨシが苦笑する。
「最近、テイオーちゃんってば特色の勉強にハマってて……」
「ふふ、知識欲旺盛なのは良いことですよ」
ロブロイは眼鏡を押し上げる。
「ライスさんの二つ名は、シ協会時代の働き方に由来します」
室内が静まる。
「彼女は尾行を得意としていました。どこまでも、気づかれずに」
「そして人気のない場所に入った瞬間、短剣で一突き」
淡々と語られる事実。
「音もなく、確実に。何度も」
テイオーが目を丸くする。
「えっ……今と全然イメージ違う!」
「シ協会の通常武器は刀ですが、ライスさんは短剣を選びました。刺客という呼び名はそこからです」
ツヨシが小さく息を呑む。
「じゃあさ、なんでディエーチに...?」
ロブロイは声を落とす。
「……当時ライスさんは西部シ協会1課に所属していましたが、シ協会の労働環境と暗殺という仕事に、嫌気がさしていたそうなんです」
都市で命を奪い続けること。
その過程で心が擦り切れるのは決して珍しいことではない
「ちょうどその頃、ディエーチには特色がいなかった。
そこで私は当時のシ協会支部長と交渉して彼女を引き抜きました」
他協会から特色を奪う。
本来なら問題行為。
「でも……彼女は、知識の守り手になる道を選んだのです」
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コンコン。
今度はきちんとノック。
ライスシャワー「失礼します...ロブロイさん、頼まれてた古書用意出来たよ...」
黒髪の小柄なウマ娘。
ライスシャワー。
どこか控えめで、穏やかな笑み。
「ああライスさん、ありがとうございます。そこに置いておいてください」
「分かった」
ライスは二人を見る。
「...テイオーちゃんにツヨシちゃんは、ロブロイさんに何か用だった?」
「ねえねえライス本部長!ひとつお願いがあるんだけど良い?」
テイオーが勢いよく言う。
「え、えっと……なあに?」
「今度さ、ボクと模擬戦してよ!ライス本部長の本気見てみたいんだ!」
ライスは目を瞬かせる。
「ライスと模擬戦?良いけど...ライスじゃあテイオーちゃんに勝てるかは...」
「1回本気で戦うだけで良いから!お願い!」
少しの沈黙。
「……うん。予定が空いたら、ね」
テイオーが笑顔になる。
「やった!」
ツヨシが頭を下げる。
「すみません本部長……」
「ううん……テイオーちゃんが喜ぶなら……」
その笑みは柔らかい。
だがロブロイは知っている。
戦場での彼女の顔を。
血を浴びても表情を変えず、
音もなく敵を沈める姿を。
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執務室を出た後。
ライスは静かな廊下を歩く。
窓から差す光。
指先で短剣の柄を撫でる。
シ協会時代の癖は、まだ抜けない。
「……テイオーちゃん、本気を見たいって言ってた」
小さく笑う。
「でもライスは……誰かを驚かせたいわけじゃない」
歩みが止まる。
「誰かの幸せになれたら……それでいい」
だが都市は優しくない。
暗殺者だった過去は消えない。
黒い刺客は今も生きている。
静かに。
影の中で。