ハナ協会 西部支部 オフィス
都市西部。
この地域は工房や協会支部、物流施設などが密集する比較的秩序の整った区画だ。
裏路地の勢力も存在するが、ハナ協会西部支部の影響力は強く、表通りでは大きな抗争が起きることは少ない。
ハナ協会西部支部のオフィスは、白を基調とした広い執務室だった。
壁には任務記録の棚、都市地図、そして協会から配布された各種報告書が整然と並んでいる。
白いコートを羽織ったフィクサーたちが忙しそうに仕事をしていた。
書類の整理。
任務報告。
都市における日常の風景だ。
だが、その中でひとりだけ明らかに異質な存在がいた。
黒いコート。
赤い髪。
そして机の横に立てかけられた、
赤い肉塊のような大剣。
特色フィクサー
「紅色の衝動」スティルインラブ。
彼女は書類を書き終えると、静かにペンを置いた。
スティルインラブ
「……よし、これで良いですね」
その瞬間、近くのフィクサーが声をかけた。
「スティルさん、何しているんですか?」
スティルは顔を上げる。
赤い髪の下の表情は、普段通り控えめで大人しい。
スティルインラブ
「ええ」
書類を持ち上げる。
「申請書を書き上げたので、今から支部長に見せに行くところです」
「申請書?」
周囲のフィクサーも気になって振り向いた。
スティルは少し躊躇してから答える。
「はい、図書館に行こうと思いまして」
その瞬間。
オフィスの空気が変わった。
「……図書館?」
「図書館!?」
ざわめきが広がる。
その名前は、都市の住民なら誰でも知っている。
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図書館
約二年半前。
L社崩壊後。
ロボトミーコーポレーションの跡地。
12区。
そこに突如として現れた存在。
巨大な建物。
無限の書架。
そして奇妙なルール。
招待状を受け取った者だけが入れる場所。
だがその代償は恐ろしい。
図書館に挑んだ者は――
敗北すると本にされる。
人間も。
ウマ娘も。
フィクサーも。
組織も。
全てが本となって収蔵された。
都市災害ランク最上位。
都市の星。
数え切れないほどの強者が挑み、
そして敗北した。
最終的には
A社による不純物認定。
図書館は都市から追放され、
外郭へと移動した。
しかし。
図書館に収められていた本の中の人間は
都市各地に解放された。
その影響は
今でも都市中に残っている。
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オフィスに戻る。
フィクサーが言う。
「図書館に行くってことは外郭に向かうってことですよね…」
「なんでまた…?」
スティルは少し視線を落とす。
そして静かに言った。
「……図書館にいるという赤い霧に会いに行こうと思いまして」
その名前を聞いた瞬間、
今度は別の意味で空気が凍った。
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赤い霧
かつて都市最強と呼ばれた特色フィクサー。
特色フィクサーの中でも頂点。
数々の伝説を残し、
幻想体を狩り、
調律者と戦い、
そして姿を消した。
その存在はもはや神話に近い。
「赤い霧を明確に超える者はいない」
都市では今でもそう言われている。
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フィクサーが言う。
「赤い霧って……あの?」
スティルは頷いた。
「ディエーチ協会の資料では現在図書館で司書をしているそうです」
静かな声。
「だから一度、話を聞きに行こうと思ったんです」
別のフィクサーが不安そうに言う。
「でも大丈夫ですか?」
「図書館って…殺した相手を本にする場所だったって…」
スティルは落ち着いて答えた。
「今は特に悪事はしていません、
以前ディエーチ協会のゼンノロブロイ協会長が訪問した時も話の通じる人達だったと聞いています」
フィクサーたちは顔を見合わせる。
そして一人が言った。
「まあ…スティルさんほどなら大丈夫でしょう、
気をつけて行ってきてください」
スティルは小さく頷いた。
「ありがとうございます」
そして立ち上がる。
「まずは支部長に許可を貰わないといけませんね」
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支部長室
ドアをノックする。
「失礼します」
中から明るい声が返ってくる。
「どうぞ〜」
部屋の中には一人のウマ娘がいた。
可愛らしい雰囲気。
しかしその瞳には強い意志が宿っている。
ハナ協会西部支部長。
特色フィクサー。
「桃色の偶像」ハイセイコー。
ハイセイコー
「スティルちゃんだ〜どうしたの?」
スティルは申請書を差し出した。
「図書館に行きたいんです」
ハイセイコーは書類を見る。
数秒後。
即答した。
「いいよ」
スティルが少し驚く。
「え?」
ハイセイコーは笑った。
「スティルちゃんが行きたいなら止めないよ。許可は出すから、好きにしてきなさい」
スティルは深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
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外郭
都市の外。
荒廃した土地。
建物の残骸。
放置された機械。
遠くには奇妙な影が蠢く。
ここは都市の秩序が届かない場所だ。
スティルは歩いていた。
「図書館……」
視線を遠くに向ける。
そして見つけた。
「……あれでしょうか?」
巨大な建物。
まるで空間そのものを歪めているような存在感。
図書館。
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図書館 内部
扉を開けた瞬間。
景色が変わった。
無限の書架。
天井の見えない巨大空間。
本。
本。
本。
スティルは驚く。
「外見よりも広いですね…」
小さく呟く。
「特殊な空間なのでしょうか…」
その時。
声が響いた。
アンジェラ
「あら、久しぶりにゲストが来たのね」
ローラン
「物好きは減らないな全く...」
二人の人物が現れる。
青い髪の女性。
司書服。
アンジェラ。
隣には黒スーツの男。
ローラン。
スティルは少し緊張する。
「貴方たちは…」
アンジェラが優雅に微笑む。
「歓迎します」
「私はこの図書館の館長のアンジェラです」
ローランが肩をすくめる。
「司書のローランだ」
スティルは礼をする。
「ハナ協会西部1課特色フィクサー、
紅色の衝動のスティルインラブです」
アンジェラの目が細くなる。
「特色?珍しいわね」
ローランがぼそっと言う。
「特色かぁ...特色のゲストってあんまりいい思い出ないんだがな...」
スティルが苦笑する。
「...そこまで言われると流石に傷つきます...」
「ローラン、謝りなさい」
「なんで俺が!?」
アンジェラがふと視線を下げる。
スティルの剣。
ミミック。
「...それにしても、貴女中々興味深いもの持ってるわね」
スティルが剣を持ち上げる。
「これですか?」
赤い肉塊の大剣。
アンジェラが言う。
「ミミックは通常幻想体から抽出しないと手に入らない、
どうやって入手したの?」
スティルは答える。
「...実は今日、私は赤い霧に会いに来たんです。...会ってもよろしいでしょうか?」
アンジェラが少し驚く。
「ゲブラーに?」
少し考えてから言う。
「いいわ、会わせてあげる」
そして微笑む。
「その代わり、ミミックの話を聞かせてもらうわ」
スティルは頷いた。
「ありがとうございます」
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言語の階
赤い書架。
荒々しい空気。
そこに座る女性。
赤い霧。
ゲブラー。
彼女はスティルを見て笑う。
「ほう、お前が私に会いに来た特色か。名前は?」
スティルは礼をした。
「紅色の衝動、スティルインラブです」
ゲブラーは煙草を見て笑う。
「...お前、武器といい服装といいタバコまで私に似せてるんだな。コスプレのつもりか?」
スティルは顔を赤くした。
「い、いえ...これはその...同僚や上司にハナ協会の広報活動として、この格好をしてほしいって乗せられて...いつの間にかこうなって...///」
ゲブラーは笑った。
「……苦労してるな」
そしてミミックを見る。
「その武器、どうやって手に入れた?」
スティルは答えた。
「ハナ協会が、ディエーチ協会やセブン協会と協力して入手したそうです」
「なるほど、協会もE.G.O運用を本格化させたか」
「ただ…このミミック、本来の五分の一以下の性能しか出せません」
ゲブラーが驚く。
「五分の一以下?...よく使いこなせてるな。そこまで粗悪だと不安定にも程があるだろう」
スティルは静かに言う。
「最初は侵食されかけました。ですが...ミミックと対話しました」
ゲブラーの目が細くなる。
「対話?」
スティルは頷く。
「使うのではなく、力を貸してもらう対等な関係です」
ゲブラーは少し笑った。
「面白い、私は意思でねじ伏せたが
お前は共存を選んだか」
ふと、ゲブラーが言う。
「...私のミミックも見てみるか?」
「いいんですか?」
「ああ」
ゲブラーが取り出したミミックは、スティルのと見た目はほぼ一緒だったが明らかにオーラが違った
「...これが赤い霧のミミック...」
「これでも純正品に比べれば半分以下の性能しか出せない。だが、お前のミミックとの違いは分かるだろう」
「はい...明らかに違う雰囲気を纏っています...」
そしてアンジェラに言う。
「アンジェラ、スティルのミミックの質、
上げられるか?」
「ええ、純正品には及ばないけど、ゲブラーのミミック程には出来るわ」
「えっ、良いんですか?」
「私と同じ武器を使うよしみだ」
「...分かりました。アンジェラさん、お願いします」
「ええ」
しばらくして、ミミックが強化される。
「終わったわ。ミミックのリニューアル」
「ありがとうございます...」
戻ってきた瞬間。
スティルの表情が変わる。
「……声が強い」
「純度を上げたからね、当然よ」
スティルは目を閉じる。
ミミックの意思。
暴力。
飢え。
血。
しかし。
スティルは微笑んだ。
「大丈夫です、私とミミックは対等です」
ローランが言う。
「おお、雰囲気変わったな」
アンジェラが言う。
「ええ。...それならせっかくだし、ここで試し斬りしていけば?」
「そうだな、お前の実力見てみたい」
「えっ?で、でも相手は...?」
「そうね...ローラン、貴方がやりなさい」
「...俺!?なんでだよ!?」
「貴方ぐらいがちょうどいいのよ。ゲブラーじゃちょっと差がありすぎるから」
ゲブラー
「お前だって元1級フィクサーだろ。それもほぼ特色に近い実力の」
「いやでも...」
「なに?」
「....誠心誠意やらせていただきます」
図書館の書架の間で
戦闘が始まろうとしていた。