ウマ娘×ProjectMoon   作:桜餅 ステラ

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都市災害

図書館の内部。

静寂と紙の匂いに満ちた空間の中、巨大な本棚が幾重にも並び、天井の見えないほど高い空間を埋め尽くしていた。

 

その一角、総記の階。

 

テーブルを囲むようにして、数人が腰掛けていた。

 

ローランは椅子の背もたれに体を預け、少し大げさに肩をすくめながら話を締めくくる。

 

「……とまあ、そんな感じで危うく死にかけたりもしたが、俺とアンジェリカはなんとか“血染めの夜”を撃退してな。

その戦いがきっかけで、まあ……色々あって結ばれたってわけだ」

 

軽い調子で語るその言葉の裏には、都市を揺るがした惨劇の記憶が隠れている。

 

話を聞いていたスティルインラブは、思わず息を呑んだ。

 

赤い髪のウマ娘は膝の上で手を組み、少し前のめりになりながら言う。

 

「そうだったんですね……。

それにしても、特色級が二人いたのにそこまで危険だったなんて……」

 

彼女の瞳には純粋な驚きが浮かんでいた。

 

「血染めの夜って……そんなに強い都市災害だったんですか……?」

 

ローランは苦笑する。

 

「まあな。仮にも“都市の星”に指定されるくらいだからな。

あの時は本当に危なかったんだ。少しでも判断を間違えてたら、俺も今ここにいなかったかもしれない」

 

彼の言葉に、横で腕を組んでいたゲブラーが鼻を鳴らす。

 

「都市の星……か」

 

彼女はゆっくりと椅子にもたれながら言う。

 

「私もフィクサー時代、何度か都市災害と戦ったことがある。

だが都市の星に分類される連中は……総じて厄介な奴ばかりだったな」

 

赤い霧――かつて都市最強と謳われたフィクサーの声は、どこか懐かしそうでもあり、同時に冷静だった。

 

「無論、全員が私の敵ではなかったがな」

 

その言葉に、スティルインラブは小さく笑った。

 

「ふふ……さすがですね、赤い霧」

 

そして少し遠くを見るような目で呟く。

 

「都市の星……私も何度か戦ったことがありますが……

やっぱり今も昔も、脅威は変わらないんですね……」

 

ローランは頷く。

 

「ああ。都市は変わらない。

化け物も、人間も、昔からずっと同じだ」

 

少し考えるように顎に手を当て、彼は言った。

 

「……そういえば俺としてはさ、ピアニストの奴も都市の星でいいんじゃないかって思ってるんだけどな」

 

スティルが顔を上げる。

 

「ピアニスト……」

 

ローランは頷いた。

 

「そう。あの楽器狂いの化け物。アンジェリカでさえ勝てなかった奴だ。でもハナ協会の指定だと、あいつ“都市悪夢”なんだろ?」

 

スティルインラブは苦笑する。

 

「ええ……被害が裏路地だけに限定されていましたから……

公式分類では都市悪夢なんです」

 

ローランは呆れた顔をした。

 

「いやいや、あれで都市悪夢ってのはどうなんだよ……」

 

彼は笑いながら言う。

 

「“デミグラスソースの秘法”と同じランクだなんて信じられないぞ」

 

その名前を聞いて、スティルは思い出すように頷いた。

 

「デミグラスソース……確か16区の裏路地で起きた都市悪夢ですよね」

 

ローランは懐かしそうに笑う。

 

「そうそう。俺が初めて挑んだ都市悪夢だな。

親友のオリヴィエと一緒に鎮圧したんだ」

 

彼は少し遠くを見る。

 

「チャールズ事務所時代の任務で、特に覚えてるのは

“血染めの夜”と“デミグラスソース”の二つだな」

 

スティルは少し困ったように笑った。

 

「……ハナ協会が名付けたとはいえ、

デミグラスソースが都市悪夢って……やっぱり少し変ですよね」

 

ローランは大きく頷く。

 

「そうなんだよ!

ハナ協会のネーミングセンス、たまに予想の斜め上に行くんだよな!」

 

ゲブラーも同意する。

 

「それは私も思っていた」

 

彼女は腕を組み直す。

 

「ハナ協会の名付けは、良いものも多いが……

時々妙なものが混ざる」

 

スティルは小さく笑った。

 

「ふふ……」

 

そしてふと、話題を変える。

 

「都市の星といえば……

残響楽団の幹部たちも、最終的には全員都市の星に指定されましたね」

 

ローランの表情が少し引き締まる。

 

「ああ……図書館と総力戦をやった連中だ」

 

ゲブラーは指を折りながら言う。

 

「泣く子。

歯車の教団。

八人のシェフ。

ブレーメンの音楽隊。

八時のサーカス。

狼の時間。

人形師。

血染めの夜。

昨日の約束」

 

彼女は淡々と続けた。

 

「……どいつもこいつも都市の星に相応しい化け物だった」

 

スティルは静かに頷く。

 

「そして、それらをまとめ上げていたのが……」

 

「アルガリア」

 

ローランが言葉を継ぐ。

 

「“青い残響”だ」

 

一瞬、空気が静まる。

 

ローランは軽く息を吐いた。

 

「あいつも最終的にはねじれてな。

最後は俺がトドメを刺した」

 

スティルは静かに言った。

 

「……そうですか」

 

彼女の声はどこか優しかった。

 

「あの人の狂気を……終わらせたんですね」

 

ローランは肩をすくめる。

 

「まあ、そういうことになるのかな。

正直、あの時は考えるより先に体が動いてた」

 

ゲブラーが淡々と補足する。

 

「……あの男も、最後は憑き物が落ちた顔をしていた」

 

彼女はローランを見る。

 

「お前のことも“義弟”と認めていた」

 

ローランは苦い顔をした。

 

「正直あんまり嬉しくないけどな」

 

スティルは思わず笑った。

 

「あはは……冷たいですね」

 

ローランは少し照れくさそうに頭を掻く。

 

「いやまあ……今は割り切ってるさ。

ただ険悪な時期が長すぎた」

 

スティルは静かに言う。

 

「でも……私は覚えています」

 

二人が彼女を見る。

 

「昔のアルガリアさんを。

真っ直ぐで……迷いがないフィクサーだった頃のことを」

 

彼女の瞳はまっすぐだった。

 

「アンジェリカさんと並んで特色として働いていた、あの頃の姿を」

 

ゲブラーは少しだけ微笑む。

 

「……そうか、お前のそういうところは立派だ」

 

スティルは少し照れたように笑った。

 

「ありがとうございます……」

 

そして静かに言う。

 

「私の夢は……誰かの助けになれる特色になることなんです」

 

彼女はゆっくり言葉を続けた。

 

「赤い霧のように。

黒い沈黙のように。

……そして、昔の青い残響のように」

 

ローランは笑った。

 

「それはいい夢だな」

 

そして軽く指を立てる。

 

「でもアルガリアみたいに狂気に堕ちるのはやめとけよ?

あんなのがまた出てきたら面倒だからな」

 

ゲブラーも頷く。

 

「私のような無茶もするな」

 

彼女は真顔で言った。

 

「調律者と戦うなど普通はやらん」

 

スティルはくすっと笑った。

 

「分かっています」

 

彼女は立ち上がる。

 

赤い髪が揺れる。

 

「私は霧でも、残響でも、沈黙でもありません」

 

彼女は静かに言った。

 

「……“紅色の衝動”ですから」

 

ローランは満足そうに笑った。

 

「それが分かってるなら大丈夫だな」

 

そして時計を見る。

 

「……おっと、結構話し込んだな、そろそろ帰るのか?」

 

スティルは頷く。

 

「はい。そろそろ戻ります」

 

彼女は頭を下げた。

 

「今日はありがとうございました」

 

ゲブラーが腕を組んで言う。

 

「気軽に来れる場所ではないだろうが……」

 

「また来るといい」

 

「次は私が相手になってやる」

 

スティルは少し驚いた後、微笑んだ。

 

「ええ」

 

「楽しみにしています」

 

その時。

 

アンジェラが静かに口を開いた。

 

「そういえばローラン、スティルインラブは接待に勝ったわけだけど、なにか本を渡すべきじゃないかしら?」

 

ローランは「あっ」と声を上げる。

 

「そうだった、でもいい本あったかな……」

 

ゲブラーが言う。

 

「なら、“赤い霧の本”をやろう」

 

スティルが驚く。

 

「いいんですか?」

 

ゲブラーは平然としていた。

 

「今図書館にある本で、お前に一番似合うのはそれだ」

 

アンジェラは頷く。

 

「分かったわ。持ってくる」

 

数分後。

 

アンジェラは一冊の赤い本を持って戻ってきた。

 

「どうぞ」

 

スティルは両手でそれを受け取る。

 

「……ありがとうございます」

 

彼女は静かに言った。

 

「アンジェラさん。ミミックのことも……ありがとうございました」

 

アンジェラは微笑む。

 

「またの来館、お待ちしています」

 

そして――

 

スティルインラブは図書館を後にした。

 

都市へと戻るために。

 

---

 

ハナ協会西部支部 オフィス。

 

フィクサーたちが雑談していた。

 

「今頃スティルさん何してるんだろうな」

 

「赤い霧に話聞きに行ったって言ってたよな」

 

「冷静に考えるとすごいよな。

あの伝説のフィクサーに会いに行くなんて」

 

その時。

 

ハイセイコーが手を叩く。

 

「はいはいみんなー!スティルちゃんの話もいいけど仕事してね!」

 

「はーい支部長!」

 

その瞬間。

 

扉が開く。

 

スティルインラブが立っていた。

 

「ただいま戻りました……」

 

ハイセイコーが駆け寄る。

 

「スティルちゃん!おかえり!」

 

周囲のフィクサーたちも集まる。

 

「どうでした図書館!」

 

スティルは少し考えてから言う。

 

「赤い霧の話を聞いてきました」

 

「あと……ローランさんと模擬戦を」

 

その瞬間。

 

空気が止まった。

 

「え?」

 

ハイセイコーが固まる。

 

「ろ、ローランって……あの元1級フィクサー!?」

 

別のフィクサーが叫ぶ。

 

「あの裏路地の組織を単独壊滅させたっていう!?」

 

「南部中指も壊滅させたって噂の!?」

 

スティルは頷く。

 

「アンジェラさんにミミックを強化してもらったので……試し斬りということで」

 

ハイセイコーは震えながら聞く。

 

「それで……どうなったの……?」

 

スティルは静かに言う。

 

「ミミックが赤い霧のものと同等の質になって……戦いはギリギリでしたが……勝ちました」

 

一同。

 

「「「ええええええええ!?」」」

 

ハイセイコーは叫んだ。

 

「ローランさんに勝った!?あの2代目黒い沈黙って言われてる人に!?」

 

スティルは本を取り出す。

 

「これ……景品です」

 

ハイセイコーが叫ぶ。

 

「赤い霧の本!?」

 

フィクサーたちが騒ぐ。

 

「本当に持って帰ってきた!」

 

「図書館から本を!?」

 

ハイセイコーは感動していた。

 

「すごいよスティルちゃん……!図書館から本を持ち帰った人なんてほとんどいないのに!名だたるフィクサーや実力者たちが挑んでも勝てなかった場所でしかもローランさんに勝つなんて!」

 

フィクサーたちが口々に言う。

 

「西部支部の伝説ですよ!」

 

「これは本部に報告するべきです!」

 

ハイセイコーは頷いた。

 

「そうだね!私協会長に報告してくる!」

 

スティルが慌てる。

 

「えっ、そこまでしなくても……!」

 

だがハイセイコーは既に走っていた。

 

---

 

支部長室。

 

ハイセイコーは通信機を取る。

 

「も、もしもし協会長!?ちょっと緊急の報告です!」

 

スピードシンボリの声が響く。

 

「聞こえてるよハイセイコー支部長、随分慌ててる様子だね。どうしたんだい?」

 

ハイセイコーは叫ぶ。

 

「は、はい!実はさっきうちのスティルちゃんが図書館に行ってきたんです!」

 

「スティルというと...紅色の衝動スティルインラブかい?...ふむ、それで?」

 

「そ、そしてスティルちゃんが図書館でローランさんとの接待に勝って赤い霧の本を持って帰ったんです!」

 

沈黙。

 

そして。

 

「ん゛っ!?」

 

スピードシンボリはコーヒーを吹き出した。

 

「ゴホッ……ヴ……ゲホッゴホッゴホッ……!」

 

ハイセイコーが慌てる。

 

「だ、大丈夫ですか協会長!?」

 

スピードシンボリは息を整える。

 

「あ、ああ...大丈夫だ...本当なのかい?スティルが...あのローランに勝ったんだね?」

 

「はい!」

 

スピードシンボリは静かに言った。

 

「分かった...そのスティルインラブが手に入れたという赤い霧の本の情報は、セブン協会やディエーチ協会とも共有する。...また後日詳しい話を聞かせてくれ」

 

ハイセイコーは元気よく答えた。

 

「分かりました!!」

 

通信が切れる。

 

都市のどこかで。

 

新たな伝説が静かに生まれつつあった。

 

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