B社2区 裏路地
午前3時50分
都市には数え切れないほどのルールがある。
だが、その中でも最も異様で、最も恐れられているものの一つがある。
それが――
「裏路地の夜」
毎日、必ず訪れる。
午前3時13分から午前4時34分までの81分間。
その時間だけ、都市の裏路地では常識がひっくり返る。
禁忌に触れない限り――
あらゆる犯罪が合法になる。
殺人。
誘拐。
臓器売買。
人体加工。
暴力。
すべてが、ただの出来事になる時間。
しかし、それ以上に恐れられている理由は別にある。
この時間になると――
掃除屋が現れる。
裏路地の境界線から、
黒い波のように押し寄せる異形の集団。
分厚い防護服に包まれた姿。
ガスマスクの奥からは、数字の羅列のような言語が漏れる。
そしてその防護服の中には――
溶けた肉のような液体が詰まっている。
人間でもウマ娘でもない。
都市が作り出した、
掃除するためだけの存在。
彼らは前進する。
ただ前へ。
止まらない。
倒しても倒しても。
溶けても潰れても。
また立ち上がる。
だから裏路地では、暗黙の了解がある。
裏路地の夜が始まったら――
外に出るな。
掃除屋は基本的に居住空間には入らない。
だから扉を閉めて、灯りを消して、息を潜めていれば生き延びられる。
だが。
その常識を破る者も、時にはいる。
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鉄骨の廃墟が並ぶ通り。
アスファルトはすでに掃除屋の体液で濡れている。
そこに――
二人のウマ娘が立っていた。
デアリングタクト
「ふっ!……はぁっ!」
槍が風を裂く。
空色の軌跡。
ドゴン!!
掃除屋の身体が弾ける。
その直後。
赤い閃光が走った。
スティルインラブ
「――大切断・横!」
ミミックが唸る。
巨大な赤い大剣が横薙ぎに振るわれた。
ザンッ!!
掃除屋の列が一気に崩れる。
十体以上がまとめて吹き飛び、
肉の泥のようになって路地に広がる。
デアリングタクトが目を輝かせた。
「すごいですねスティルさん!」
彼女は槍をくるりと回す。
「一撃でこんなに倒しちゃいましたよ!」
スティルは肩で息をしていた。
「話してる暇があるなら!」
ミミックを構え直す。
「第2波を乗り越えることを考えてください!」
だがタクトは楽しそうだった。
「ええ~?」
掃除屋を蹴り飛ばす。
「もっと楽しみましょうよ!」
槍が突き刺さる。
グチャッ。
「掃除屋はいくらでもいるんですから!肩慣らしに最適ですよ!」
スティルは叫ぶ。
「今私たち死にかけてるんですけどね!?」
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数時間前
華彩事務所 応接室
暖かい紅茶の香りが漂う部屋。
テーブルを挟んで座っているのは二人のウマ娘。
スティルインラブ
そして――
デアリングハート。
ハートは紅茶を一口飲みながら言った。
「ええ、安心して、ここ最近は、タクトも真面目に任務をしているわ」
スティルは頷く。
「幻想体討伐や都市災害の任務も受けているんですね」
ハートは微笑む。
「そう、だから狩りの自粛もちゃんと守ってる」
スティルは安堵した。
「それなら良かったです」
だが。
ハートは少し困った顔になる。
「ただね……」
スティルが首を傾げる。
「どうしました?」
ハートは声を少し落とした。
「気になることがあるの、タクトのこと」
スティルの表情が引き締まる。
「気になること……?」
ハートは言った。
「最近ね、裏路地の夜に出かけることが増えたのよ」
スティルの目が少し大きくなる。
「裏路地の夜……?」
ハートは頷く。
「ええ、裏路地の夜は、禁忌以外は全部合法。だから何をしてても咎められない」
少し困ったように笑う。
「でも……何をしてるのか教えてくれないのよ」
スティルは少し考えた。
そして静かに言う。
「……分かりました、一度調べてみます」
ハートは少し驚く。
「大丈夫?後をつけるなら、裏路地の夜に巻き込まれるわよ」
スティルはミミックを見た。
赤い剣が静かに脈動している。
「大丈夫です、ミミックがありますから」
そして真面目な顔で言った。
「もしタクトさんがこっそり狩りをしてるなら、止めないといけません」
ハートは少し笑った。
「……そうね、気をつけてね」
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現在
裏路地の夜
スティルは叫んだ。
「まさか!」
掃除屋を斬り飛ばす。
「狩りの欲求を抑えるために掃除屋に喧嘩売ってるとは思いませんでしたよ!」
タクトは笑顔だった。
「だって」
槍で掃除屋を貫く。
「狩りの依頼を受けたらダメなんでしょう?」
さらに一体。
「なら」
槍を振る。
「掃除屋を狩るしかないじゃないですか」
そしてニコニコする。
「こうでもしないと欲求が抑えられないんですよ」
スティル
「理屈が完全に都市の狂人じゃないですか!」
タクトは首を傾げる。
「そうですか?」
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掃除屋の波が一度途切れる。
裏路地に数秒の静寂が訪れる。
タクトが槍を肩に担ぐ。
「そろそろ第2波終わりですね」
スティルは周囲を見た。
「ええ……ですが直に第3波が来ます」
裏路地の夜。
掃除屋は三つの波で襲ってくる。
波の合間の休息は、ほんの数十秒。
だから。
特色フィクサーや都市の星のような怪物でなければ――
まず生き残れない。
かつて、青い残響率いる残響楽団はこのルールを利用していた。
裏路地の夜の間に。
好き放題。
証拠も残さず。
都市をかき乱していた。
タクトが突然言った。
「そうだ、これ終わったら食事行きません?」
スティルが警戒する。
「一応聞きますけど、人肉料理店じゃないですよね?」
タクトは普通に言う。
「私は別にそれでもいいですけど」
少し笑う。
「スティルさんが嫌なら普通の店にします」
スティルはため息をついた。
「……なら」
ミミックを構える。
「ちょっとお高いスイーツをたっぷり奢ってください」
タクトは即答した。
「分かりました!」
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遠くから聞こえる。
ズズズズズ……
アスファルトを擦る音。
黒い影が通りの奥を埋めていく。
掃除屋。
数百。
数千。
タクトは嬉しそうだった。
「来ましたね」
スティルは真剣な顔になる。
「いよいよ3番目の波です」
ミミックが赤く脈動する。
「行きますよタクトさん」
タクトは槍を回した。
風が鳴る。
「はい!」
二人は同時に走り出す。
紅色の衝動。
空色の狩人。
裏路地の夜はまだ終わらない。
そして時計は。
午前4時を指そうとしていた。