ウマ娘×ProjectMoon   作:桜餅 ステラ

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ねじれ

都市――。

 

数え切れないほどの企業、協会、組織、裏路地の勢力が複雑に絡み合いながら動き続ける巨大な機械のような社会。

その秩序を保つために存在するのが**十二協会**。

 

そしてその頂点に立つのが、フィクサーたちを統括する第一協会。

 

ハナ協会。

 

その本部――。

 

---

 

ハナ協会本部 本部長室

 

重厚な扉の向こうに広がるのは、静まり返った執務室だった。

 

壁一面には都市の地図、各地区の報告書、協会間の連絡資料。

そして巨大な机の上には、処理待ちの書類が山のように積み上がっている。

 

その中央に座っているのは一人のウマ娘。

 

ドリームジャーニー。

ハナ協会の本部長であり、ハナ協会の実質的ナンバー2である。

 

細いチェーン付きの縁なし眼鏡の奥で、知的な瞳が静かに書類を追っていた。

 

ペンが止まる。

 

ドリームジャーニーは一枚の報告書を静かに机へ置いた。

 

「……ふむ。」

 

小さく息を吐く。

 

「今月の都市災害……」

 

彼女は資料を読み上げるように呟いた。

 

「都市怪談~都市疾病……合わせて十九件の発生。

そのうち十五件を鎮圧ですか。」

 

椅子の背にもたれ、窓の外を見る。

 

遠くには無数の高層建築と煙突、ネオン、そして空を覆う灰色の雲。

 

都市は今日も、何事もなかったかのように動いている。

 

しかし――。

 

ドリームジャーニーはもう一度書類へ目を落とす。

 

「……問題はここですね。」

 

ページのある項目に指を置いた。

 

「ねじれ……」

 

彼女は静かに呟く。

 

「発生十九件中、十三件がねじれ……」

 

軽く目を閉じた。

 

ねじれ。

 

それは――

都市において最も厄介な存在の一つだった。

 

---

 

ねじれとは、人間が精神の限界を超えたときに起こる現象。

 

絶望

執着

後悔

怒り

孤独

 

その感情が限界まで膨れ上がったとき、人間の精神は現実を侵食する。

 

そして。

 

人間は怪物へと変貌する。

 

それがねじれだ。

 

この現象は、ある出来事を境に都市で発生するようになった。

 

それは――

 

かつて都市に存在していた翼。

 

ロボトミーコーポレーションの崩壊

 

そしてその跡地に現れた

 

図書館

 

の事件以降だった。

 

---

 

ドリームジャーニーは再び書類をめくる。

 

「ここ数ヶ月……発生数は増加の一途。」

 

ペン先で机を軽く叩く。

 

「しかも通常の都市災害ではなく、ねじれが中心……」

 

思考が巡る。

 

「今までなら、他の十一協会に任せれば済む案件でしたが……」

 

静かに呟いた。

 

「最近はハナ協会が直接出動する案件も増えていますね。」

 

第一協会が動くということは、それだけ事態が深刻ということだ。

 

彼女はふと、別の資料を手に取る。

 

そこにはある提案書があった。

 

「……」

 

小さく目を細める。

 

「ねじれ専門の協会……」

 

ページのタイトルを指でなぞる。

 

「第十三協会設立案……」

 

都市には現在十二の協会しか存在しない。

 

だが――

 

ねじれが今後さらに増えるなら。

 

「……本格的に検討するべきでしょうか。」

 

その時だった。

 

コンコン。

 

静かなノック音。

 

ドリームジャーニーは視線を扉へ向ける。

 

「どうぞ。」

 

扉が開いた。

 

「失礼します。」

 

「失礼します。」

 

二人の女性が部屋へ入ってくる。

 

一人は長い髪を持つ女性。

もう一人は眼鏡をかけた茶髪の女性。

 

ハナ協会南部支部の部長たち。

 

エナスとミリネだった。

 

ドリームジャーニーは穏やかに微笑む。

 

「おや。」

 

椅子から少し身を起こす。

 

「ミリネ部長にエナス部長。

どうしましたか?」

 

ミリネが手にしていたファイルを差し出す。

 

「はい、本部長。

今月のフィクサー昇級・降格審査の結果です。」

 

続けて別の資料を机に置く。

 

「それと南部地域の復興状況の報告書になります。」

 

エナスも頷く。

 

「こちらは南部一課の現状報告です。」

 

ドリームジャーニーは資料を受け取る。

 

「ありがとうございます。」

 

軽くページをめくりながら言う。

 

「……エナス部長。」

 

「はい。」

 

「一課の様子はどうですか?」

 

エナスは少しだけ表情を柔らげた。

 

「ええ……」

 

遠い記憶を思い出すように言う。

 

「残響楽団に受けた被害は……まだ完全には消えていません。」

 

その名前が出た瞬間、部屋の空気が少しだけ重くなる。

 

残響楽団。

 

かつて都市を震撼させた大事件。

 

多くのフィクサーが命を落とし、多くの協会が壊滅的被害を受けた。

 

エナスは続ける。

 

「ですが……」

 

小さく笑った。

 

「昔ほど暗い雰囲気ではありません。

皆、少しずつですが笑うようになりました。」

 

ドリームジャーニーは静かに頷く。

 

「そうですか。」

 

エナスは少し肩をすくめる。

 

「正直に言うと……私自身も、今まで無理をしていました。」

 

一課を立て直すために。

 

部下を守るために。

 

崩壊した組織を再建するために。

 

「ですが……」

 

小さく息を吐く。

 

「最近は、少し休めるようになりました。」

 

ドリームジャーニーは微笑む。

 

「やはり青紫の孤独のおかげですか?」

 

エナスは迷いなく答えた。

 

「はい。彼女のおかげで、一課も一年以内には完全に復興できると思います。」

 

ミリネが微笑む。

 

「エナス部長が立ち直って本当に良かったわ。」

 

少し冗談めかして言う。

 

「残響楽団事件の直後のあなた、

見ていて胸が締め付けられたもの。」

 

エナスは苦笑した。

 

「心配かけたな、ミリネ部長にも。」

 

ドリームジャーニーは頷く。

 

「ふふ、でも上層部としては二年半前……」

 

静かに言う。

 

「三課も図書館で全滅したと聞いたときは、

焦りましたよ。」

 

ミリネは軽く肩をすくめる。

 

「ええ……」

 

苦笑する。

 

「気がついたら都市に戻っていたんです。」

 

図書館で死んだはずのフィクサーたち。

 

しかし彼らは本になり、そして解放された。

 

「私も部下たちも全員無事です。」

 

ドリームジャーニーは安心したように息をつく。

 

「それは本当に良かった。」

 

しかしすぐに表情を引き締めた。

 

「……とはいえ。」

 

机の上の報告書を指で叩く。

 

「残響楽団が消え、図書館が都市外へ放逐された後も――」

 

ページを開く。

 

「ねじれは減っていません。」

 

むしろ増えている。

 

「ハナ協会としても、見過ごすわけにはいきません。」

 

視線を二人へ向ける。

 

「引き続き対応をお願いします。」

 

ミリネは頷く。

 

「了解しました、本部長。」

 

エナスも言う。

 

「承知しています。」

 

しかしエナスは少し考えてから言った。

 

「……ところで本部長。」

 

「そもそも、このねじれの原因ですが。」

 

「ロボトミーコーポレーションが関係していると聞きました。」

 

ドリームジャーニーは静かに頷いた。

 

「ええ。」

 

彼女は資料棚から別のファイルを取り出す。

 

「これは……」

 

「ディエーチ協会の協会長、ゼンノロブロイが

図書館で得た情報です。」

 

ファイルを開く。

 

そこにはある計画の名前が書かれていた。

 

ドリームジャーニーはその文字を読む。

 

「光の種計画。」

 

ミリネが眉をひそめる。

 

「……聞いたことがあります。」

 

ドリームジャーニーは説明を続けた。

 

「ロボトミーコーポレーションの前身となった研究所、その創設者――カルメン。

そしてロボトミーコーポレーションを作った人物、アイン。」

 

その二人が計画したもの。

 

「都市に住むすべての人間の精神へ――光の種を植える。そして人間の精神を根本から変える。」

 

エナスが呆れたように言う。

 

「……随分と大きな話ですね。」

 

ドリームジャーニーは静かに頷いた。

 

「ええ。壮大で……狂気じみた計画です。」

 

しかし問題はその結果だった。

 

「計画は……」

 

彼女はページを閉じた。

 

「途中で終わりました。」

 

ミリネが腕を組む。

 

「つまり。」

 

「光の種は中途半端にばらまかれた……?」

 

ドリームジャーニーは頷く。

 

「その結果、人間の精神が暴走し……ねじれが発生するようになった。」

 

エナスはため息をつく。

 

「……迷惑な話ですね。」

 

ドリームジャーニーは苦笑する。

 

「ええ。しかもロボトミーコーポレーションは

計画倒産のような形で崩壊しました。」

 

つまり都市は

 

・ねじれ問題

・エネルギー不足

 

という二重の問題を抱えることになった。

 

ミリネは言う。

 

「ええ、本当に迷惑です。」

 

エナスはさらに言った。

 

「それに最近……」

 

少し声を落とす。

 

「W社が折れるかもしれないという噂もあります。」

 

その言葉で空気が少し冷える。

 

ドリームジャーニーは静かに言う。

 

「……そうですね。」

 

眼鏡を指で押し上げた。

 

「しばらくは気を抜けない状況が続くでしょう。」

 

そして二人を見る。

 

「エナス部長、ミリネ部長。」

 

声は穏やかだった。

 

しかしその瞳は鋭い。

 

「他の課とも協力して、ねじれへの対処をお願いします。」

 

少し間を置く。

 

そして最後にこう言った。

 

「……それと。精神状態の管理は忘れないように。」

 

二人は少しだけ表情を引き締める。

 

ドリームジャーニーは静かに続けた。

 

「私もあなたたちも都市に生きている以上――」

 

その言葉は静かだった。

 

しかし重かった。

 

「精神が折れれば、ねじれる可能性は常にあるのですから。」

 

ミリネは静かに答える。

 

「もちろんです。」

 

エナスも頷いた。

 

「分かっています。」

 

ハナ協会の窓の外。

 

巨大な都市が広がっている。

 

そのどこかで今も。

 

誰かの心が折れ。

 

新たなねじれが

生まれているのだった。

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