魔法少女?いえ、 魔 王 少 女 ですが 作:そうだ人間、辞めよう
「じゃあ、座るわね」
マオは早速デッサンのモデルを務めるべく、部屋の中央にあった椅子に腰掛けると、ふぅ、と軽く息を吐いてリラックスした。
凪葵からポーズの指定はなく、マオの自由にして欲しいと言われたのだ。
そういうことで、マオは腰を下ろす。
彼女は無意識のうちに椅子に深く腰掛け、ゆったりと足を組む。
右手は優雅に頬杖をつき、左手は椅子の背もたれに気怠げに回されている。
その瞳は、窓から差し込む光を受けて鋭く輝き、まるで玉座から民を睥睨する絶対王者の風格を漂わせていた。
可憐な少女の見た目にはあまりにも似つかわしくない。
けれど、何故かそのポーズは完成されており、妙に様になっていた。
「……ふっ、あははっ!」
鉛筆を構えていた凪葵が、たまらず吹き出した。
こらえきれずに肩を震わせている。
「ん?」
マオはきょとんとして、小首を傾げた。
「何かおかしかったかしら?」
彼女は本気で不思議がっていた。自分では、ただ普通にリラックスして座っているだけなのだ。
その無自覚なキョトン顔と、大御所のような威厳のある座り方のギャップが凪葵のツボに入り、さらに笑いが込み上げてくる。
「ご、ごめん。なんか、すごく……かっこいいなと思って」
凪葵は笑いながら涙を拭った。
「マオちゃんそれ、なんだか『国を統べる女王様』みたいだよ。すごく強そうで、威厳があって……あ、やばいまた笑いが込み上げてきそう……うふふ」
「女王様……?」
マオは自分の体を見下ろした。
(言われてみればなんかそんなポーズしてるわね、私。この前魔王のポーズをとりまくっていたから、それが体に染み付いちゃったのかしら。…………だったら嬉しいわ)
マオもまんざらではない。
「そのポーズ、すごくいい。描いてみたいな」
凪葵の瞳に、描き手としての真剣な光が宿る。
さらさらと鉛筆が走り始めた。
静かな部屋に、鉛筆の音と、二人の穏やかな呼吸だけが響く。
だが、その平穏は唐突に破られた。
トントン。
無機質なノックの音が、部屋の空気を凍りつかせた。
返事を待たずに、ドアノブが回る。
「――凪葵。入るぞ」
男の声。
凪葵の顔から血の気が引く。
「お、お父さま……!」
(まずい、信者との接触を禁止されているのに、この状況を見られたら……!)
凪葵は内心焦る。
凪葵が叫ぶより早く、マオは動いていた。
音もなく椅子から滑り降りると、床を這うようにしてベッドの下へと転がり込む。
狭い空間に身を潜めたのとほぼ同時に、ドアが開かれた。
ガチャリ。
革靴の足音が部屋に入ってくる。
マオは息を殺し、ベッドの下からその足を見つめた。
高級そうな革靴。迷いのない足取り。
「どうかしたのかい……何か喋り声のようなものが聞こえたが……」
教祖・御堂が、細い目をさらに細めてそう問いかけた。
「あ、えっと……。最近、歌を口ずさみながら絵を描くのにハマってて……多分それが聞こえたんだと思うよ……」
凪葵の声が微かに震えている。
御堂はそんな凪葵をじっと見つめた。
「………………」
「………………」
二人の間に耳に痛いほどの静寂が訪れた。
「そうか。……」
「……はい、お父さま」
「分かった、無理はするんじゃないぞ。一日一回の救済に支障が出たらいけない」
「……はい、気をつけるよ」
そう答えると、御堂はふと表情を緩めた。
「ならいい」
そう言って、彼は部屋を後にした。
足音が完全に遠ざかるのを待ってから、マオはベッドの下から這い出した。
「ふぅー。……危なかったわ……」
乱れた服を整えながら、マオはふぅと息を吐いた。
ふと見ると、凪葵がホッとした表情で立っていた。
「……ごめん、マオちゃん。急いで隠れてくれてありがとう……」
「ううん、全然! むしろスパイ映画みたいでわくわくしたわ。ああいうシチュエーションにも憧れあったのよね」
「あはは……マオちゃんって、本当にすごいね。あんな状況でわくわくしたなんて」
「まぁ、私レベルになるとよほどのことじゃ動じないわ」
「えー本当?」
「本当よ、『いきなり魔法少女になってよ』って言うちっこい生物が現れても私は驚かなかったわ」
「もぉー、変な嘘ついて」
凪葵は冗談と受け取ったのか、くすくすと笑う。
その笑いに釣られてマオもくすくすと笑った。
――秘密を共有した共犯者としての絆のようなものが、ここで二人に生まれた気がした。
「……ふぅ。今日はこんなところかな」
凪葵が残念そうにスケッチブックを閉じた。
「ごめんね、まだ描き途中なんだけど……。お父さまが様子を見に来た以上、今日はこれ以上怪しまれるような行動を取るとまずいかも」
「そっか……」
「せっかくモデルしてくれたのに、中途半端でごめん。今日で完成させられなくて……」
申し訳なさそうに眉を下げる凪葵に、マオはニッコリと笑顔で言った。
「いいのよ。――また来るから」
「えっ」
凪葵が驚いて顔を上げる。
「せっかくなら完璧に描いてもらいたいもの。こんな中途半端なままじゃ、もったいないでしょ?」
「……また、来てくれるの?」
「当たり前じゃない。私とナギサはもうお友達でしょ?」
友達。
その言葉に、凪葵の瞳が揺れた。
ガラス玉のようだった瞳に、温かな光が灯る。
「うん……! 待ってる!」
◇
それからマオは定期的に凪葵に会いに、「久遠の明かり」の宗教施設に訪れるようになった。
母・恵美子が父に内緒で「久遠の明かり」の集会にこっそり通うたび、マオは「お母さん、私も行く!」と言ってついてきた。そして目を盗んでは、こっそりと凪葵の部屋へ侵入することを繰り返した。
物心ついて間もない頃に両親が事故で死に、御堂に引き取られた凪葵にとって、その二人だけの時間は、今までに経験したことのないかけがえのないものになった。
マオにデッサンのモデルをやってもらう他にも、凪葵はマオと色々なことをした。
ある時は、凪葵が持ってきたトランプでババ抜きをした。
ある時は御堂から触れさせてもらえなかった漫画本をマオが沢山持ってきてくれて、それを見ながら笑ったり真剣に読んだりして一緒に楽しみ、感想を語り合った。
またある時は、凪葵がなかなか行けない外の世界の話をマオがしてくれた。学校のこと、流行っているスイーツのこと。凪葵はそれを、まるで異世界のお伽話を聞くように聞き入っていた。
そして今日は、マオも一緒に絵を描いてみたい! と言ったので二人で絵を描くことになった。
「ねえナギサ、私も一緒に絵を描いてみたいわ!」
マオが言い出し、凪葵からスケッチブックを借りて二人で鉛筆を走らせていた時だった。
「そういえば、ナギサ」
不意に、マオが何気ない調子で呼びかけた。
「ん? なに?」
「この前私が色々外の話をしたじゃない?」
「うんそうだね」
「…………やっぱり外に行ったりして自由を満喫したい?」
凪葵の手がピタリと止まった。
隣を見ると、マオは真剣にスケッチに向き合って手を動かしている。
少しの沈黙の後、凪葵は寂しげに微笑んだ。
「……最初は、思ってたよ。ここから出たい、森の外に行きたいって。ずっとここに居るのは嫌だって。……笹山さんって人いるでしょ?」
「あーえっと、あの怖い顔の人だったかしら」
「そう。でもああ見えてあの人、意外と優しいんだ……あの人が、私を何度か外に自由に行き来できないかお父さまに言って計らおうとしてくれた事があったんだけど…それでもお父さまは許してくれなくて……」
凪葵は窓の外を見る。
「だから、そうやって願うのすら疲れてきて……もう、思わないようにしてるんだ。期待しても、叶わないって分かってるから」
「……なるほどね」
出てきた答えはどうしようもない諦めだった。
「もしもだよ? もしも、自由になれる機会があるなら……自由になりたい?」
凪葵は少し考え込み、ポツリと言った。
「ま、ないとは思うけど……もしそんな日があるなら……なりたい、のかな。……うん」
その言葉は小さいけれど、確かな本心だった。
「ふーん、そうなんだ」
マオは満足げに頷くと、「できた!」と声を上げた。
「見て見て! ナギサは私を描いてくれてるじゃない? だから私もナギサを描いてみたの!」
自信満々に突き出されたスケッチブック。
そこに描かれていたのは――
目と口の位置が絶妙にズレ、手足がありえない方向に曲がった、クリーチャーと言われた方が納得できるような出来の絵だった。
お世辞にも上手いとはいえない。
「…………」
凪葵は数秒間絶句し、それから震える声で言った。
「……ピカソみたいな、芸術肌だね」
「えっ! それ、私をバカにしてるでしょ!」
マオが頬を膨らませて抗議すると、凪葵はこらえきれずに吹き出した。
「くすくす……ち、違うよー! だってピカソは、デッサンが上手だからこそ、意図的にあんなに崩してるんだよ。だから褒め言葉だよ」
「むぅ……いや、それは知ってるけど、絶対今のはバカにした言い方だったわ!」
「あははは! ごめんごめん!」
マオがぷりぷりと怒ってみせると、凪葵はお腹を抱えて笑った。
凪葵は思った。
(マオちゃんと一緒に居るとよく笑える。少し前まで笑い方さえ忘れてたのに、こんなにも笑える日が続くなんて……夢みたい)
凪葵の光のなかったガラス玉のような目は、もうどこにもなかった。
普通の、十三歳の少女の笑顔がそこにあった。
◇
そんな楽しい時間は、あっという間に過ぎ去っていく。
そんなある日の夜。神田家のマオの部屋。
机の上には、ネットで注文した商品が入ったダンボールが置かれていた。
マオはその中から、恭しく一つの箱を取り出した。
「ステラ、見て。ついに届いたわ……」
黒塗りのケースに入った、ドイツ製の最高級鉛筆セット。
「それがどうしたんだホシ?」
ステラが、呆れたように尋ねる。
「鉛筆よ。知らないの?」
「いや、知ってるけど、それを自慢げに僕に紹介する理由が分からないホシ」
「この前ナギサを描いた時に上手く描けなかったのは、あの時に使った鉛筆が悪かったのよ」
マオは真剣な眼差しで鉛筆を見つめる。
「この前使った普通の鉛筆と、この一本500円する鉛筆……次元が違うに決まってるわ」
「凪葵が使っていた鉛筆も普通の鉛筆だったホシ。そんな鉛筆を変えただけで絵が劇的に上手くなるなら、みんな苦労してないホシ」
ステラはため息をつく。
「なんだか最近、あの神子と楽しそうにやってるところ水を差すようで悪いホシけど……マオ、本来の目的を忘れてないホシか?」
「目的?」
「『異能者をとっちめること』ホシよ。潜入調査だなんだと言って、もう一ヶ月が経とうとしてるホシ。その間もマオのお母さんは、宗教にのめり込みっぱなしホシよ」
ステラのジト目がマオに突き刺さる。
「ただ単に、私が遊んでるとでも言いたいの? この私が」
「そうホシ」
「そんなわけないでしょ、私が、いつ遊んでるのよ……。ちゃんと私の描いたシナリオ通りに動いているわ」
「えぇぇ!! あれって遊んでいたわけじゃないホシかぁ!」
「驚きすぎよ……あれは……そういう風に見えるように振る舞った演技よ」
「そ、そうだったホシか……でも言われてみれば確かに本当のマオは、あんな可愛げのある娘じゃないホシから納得だホシ、猫をかぶっていたってことホシね…………」
「あら、猫かぶりですって?」
マオは口元を歪める。
凪葵に見せていた可憐な少女の表情は、そこには微塵もない。
「あんたねぇ……。その減らず口どうにかしなさいよ。あんたの腹を切り裂いて、そこから私が被ってあげましょうか? 本当の猫かぶりってね」
「ヒェッ!? だから僕は猫じゃないホシ!!」
ステラが怯えて飛び上がる。
マオはふんと鼻を鳴らすと、急に神妙な顔つきになった。
その瞳から、おふざけの色が消え失せる。
そこに残るのはギラついた瞳だ。
「まあ、でもそろそろ、相手も動いてきだす頃かしら」
マオは新品の鉛筆を一本、指先で弄びながら、低い声で呟いた。
「あの男と違って私の場合は全部が全部演技とは限らないけどね……楽しかったわよ……ナギサ」
「ん? 何か言ったホシか」
「いえ、何も言ってないわ」
近いうちに次話を投稿予定です。