魔法少女?いえ、 魔 王 少 女 ですが 作:そうだ人間、辞めよう
閑静な住宅街の舗装された道を、少女、真緒は本を片手に歩いていた。
その右手には、魔法生物――ステラの胴体が握られている。
「あー、あのー……そろそろ解放してくれないホシか?」
「だめ」
「即答!? ボクはこんなところで捕まっていいヤツじゃないホシ。僕には達成しないといけない高等な任務があるホシよ」
「私の使い魔になるの。次期魔王の使い魔なんて、光栄に思いなさいよ」
「その魔王の定義が、さっきから町内会レベルの野望なのが不安しか感じないホシよ……」
ステラは少女の手の中で、なす術なく両足をぶらつかせた。
神田真緒。一見すると儚げな美少女だが、その握力は万力のようだ。ガッチリと胴体をホールドされ、ピクリとも動かせない。
魔法で脱出できればいいのだが、あいにく今のステラには、この状況を打破できるほどの魔法は扱えなかった。
いや、厳密には「この地球では扱えない」と言うべきか。故郷のキラキラ星にいた頃のプロの魔法使いとしてのステラなら、こんな拘束など造作もなかったはずなのに。
そもそも魔法とは、術者の生まれ故郷の「大地のエネルギー」である魔力を変換して発動するものだ。
ステラの故郷は『キラキラ星』である。地球にいるステラは、遥か彼方の星からエネルギーを取り寄せている状態だ。当然、距離があればあるほど供給される魔力は目減りし、ショボい魔法しか使えなくなる。いわば、今のステラは強烈な弱体化を食らっているのだ。
だからこそステラは、現地人を選抜して戦力として育成する方針で任務を任せられている。
地球人は、足元の地球から直で魔力を供給されるため、出力も桁違いだ。「距離による減衰」がない彼ら彼女らは、もし魔法が使えるような状態になれば、少なくとも今のステラより数段強いといえた。
「……というか、これ、今どこに向かってるホシか?」
「私の家だけど?」
「やっぱり連れ帰る気満々ホシか……! もう解放してくれホシィ」
ステラは冷静になってある疑問を口にした。
「というか、今さらだけど……さっきからボク、思いっきり喋ってるホシよね? なんなら宙にも浮いてたホシ。なんでそれっぽいリアクションがないホシか?」
そう、そこがおかしい。
普通の人間なら、未知の生命体との遭遇に腰を抜かすのが相場じゃないのだろうか。しかし彼女は「なんか飛んでる」の一言で済ませ、あろうことか飛んでいるステラを一掴みしてきた。ハッキリ言ってこの反応の薄さはおかしい。
(一般人なら一般人らしく、ちゃんとそれっぽい反応してほしいホシ……)
「反応が薄すぎるあんたが怖くなってきたホシ。……いいホシか? ボクはこの地球の生態系には存在しない、未知のフォルムをしているはずだホシ」
ステラは必死に訴えた。
自分の姿は、この未開の惑星の住人からすれば、畏怖や恐怖、あるいは信仰の対象になってもおかしくないはずなのだ。
しかし、真緒は歩みを止めず、手元のステラをちらりと一瞥して言った。
「んー? 猫にしか見えないけど」
「断じて違うホシィィッ!!」
ステラは全身の毛を逆立てて抗議した。
「失敬な! ボクをこの星の『ネコ』とかいう四足歩行の愛玩動物と一緒にしないでほしいホシ! ボクはキラキラ星から来た、誇り高き……」
「あ、そう。じゃあ猫じゃないとして」
「おぉ、やっと分かったホシか」
「『喋る猫』ね」
「結局猫カテゴリから抜け出せてないホシィィィ!!」
真緒の足がピタリと止まった。
本から目を離し、手の中に収まっているステラをまじまじと見下ろす。
「あれ? ……喋る猫っていたっけ」
「……お? やっと気づいたホシか?」
ステラは期待した。
ようやく人間以外に意思疎通のできる「喋る動物」という普通なら起こらない状況に、気づいたらしい。これでようやく常識的な反応――恐怖や混乱――を示すはずだ。そうすれば隙ができる。
「喋らないホシ! やっとまともな疑問に辿り着いたホシね! そう、ボクは猫なんかじゃ……」
「すごい。最近のぬいぐるみは人工知能を搭載してるのね……。AIの発展も凄まじいから、こういったぬいぐるみにまで導入されるようになったんだわ。生きてる使い魔としては見込めなくなっちゃったけど、魔王に従う人工知能搭載型ロボットってのもなんかカッコいいわね。じゃあそっち枠で採用するわ」
「もっと話を拗らせるのは止めるホシィイ!」
真緒は再び歩き出した。
(逆にここまで来たら、自分が羽とかもないのに空中浮遊していた事実は、彼女の中でどう解釈されてるのか気になるくらいだホシ)
「そもそも、さっきから魔王魔王言ってるけど何なんだホシか。ボクの事前調査によれば、この地球には『異能』はあっても、勇者や魔王といった概念はフィクションの中にしかないと聞いてるホシ」
「愚問ね。じゃあその古い情報は、近いうちにアップデートしてもらう必要があるわ」
「……?」
「私が、魔王になるんだから」
真緒は事も無げにそう言い放った。
(……頭、大丈夫ホシか?)
ステラは哀れみの目で少女を見上げた。
解析魔法の結果、彼女は14歳。
そう、14歳だ。
それは地球の人間が中学校に通う時期であり、同時に――精神が肥大化し、己を特別な存在だと思い込む『病』にかかりやすい時期でもある。
(もしかして、かの有名な『中二病(ちゅうにびょう)』ってやつだったホシか……)
ステラの中で点と点が繋がった。
謎の魔王志望はそういうことだったホシか。
「……なるほど、把握したホシ。なら、もう言わないホシよ。君のその……壮大な夢? ボクは否定しないホシ」
「……なに? その変な気の使い方」
「いや、いいんだホシ。若い頃は誰しも、自分が世界の中心だと思いたいものだホシ。ボクも幼年期には『銀河の支配者』に憧れた時期があったホシからね……。まぁ、まだそれが痛い事だとは認識しなくても大丈夫ホシよ」
ギリリリリリリ……ッ!
「痛い痛い痛い! 握る力強くしないでホシ! 中身が出ちゃうホシ!!」
「勘違いしないで。これはごっこ遊びじゃないの」
真緒は表情を変えないまま、指先の圧力を強めた。
「だから痛いって言ってるホシ!」
「それはどっちかしら? にぎにぎされてることに対しての痛い? それとも私に対しての痛い?」
「どっちともホシよ! …………痛い痛い痛い」
さらに握力は強くなる。
「……あくまで嘘はつかないのね、この猫」
ふん、と鼻を鳴らし、真緒はようやく力を緩めた。
彼女は遠くに見える夕暮れの街並みを眺め、ポツリと語りだした。
「私は本気で魔王になりたいの。私はね、小さい頃から……」
真緒の瞳に、先ほどまでの冗談めいた色はなく、どこか昏い、けれど純粋な光が宿っていた。
「創作のよくある勇者と魔王の話。彼らはいつだって王様の命令で動かされ、神殿の顔色を窺って、民衆の『助けて』という期待に縛られている。資金援助なしじゃ装備も揃えられないし、世界を救っても結局は体制側の歯車でしかない。すごく不自由で、息苦しそう」
「……」
「でも、『魔王』は違う。
彼らは王にも神にも媚びない。誰の支援も受けず、己の力、ひとつで城を築き、世界そのものを敵に回して君臨している。
『正義』という鎖に繋がれた勇者なんかより、あらゆるものを力でねじ伏せ、威厳のあるその絶対的な姿勢と自由さにこそ、私は憧れたのよ」
そう言って少女ははにかむ。
(…………こんな可愛い表情もできるホシね)
ステラは更に思った。概ねそうかもしれないけど、勇者や魔王の云々のくだりは作品によってだいぶ変わってくるんじゃないホシか? と。