魔法少女?いえ、 魔 王 少 女 ですが   作:そうだ人間、辞めよう

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盛大な勘違い

 

 

 ステラと真緒の視線の先で、男は完全に白目をむいて地面に転がっていた。

 どうやら恐怖で意識が飛んでしまったらしい。男の意識が途切れたことで異能の効果も切れ、透明化は完全に解除されていた。

 

「……あら?」

 

 拳を振り上げていた真緒は、拍子抜けしたように腕を引っ込めた。

 

「張り合いがないわね。せっかく私のパンチを喰らわせてやろうと思ったのに」

 

「結果オーライだホシ。無駄な暴力は避けるべきホシ」

 

 ステラは安堵のため息をつき、倒れている男と、路肩で眠る女性を見比べた。

 

「さて、この後の始末をどうするかホシね……。この星には悪い人を捕まえる警察って所があるらしいホシから、そこに引き渡すのが一番確実ホシよ」

「警察ねぇ」

 

 真緒は眉をひそめ、自分のフリフリな衣装を見下ろした。

 

「あのね、私、こんな恥ずかしい格好で交番に行けるわけないでしょ? 職務質問どころか、保護案件よ」

「そこは普通の感性を持ってるホシね……」

「この服がダサいから嫌なだけよ。魔王コスなら、堂々と表敬訪問してやるのに」

「あぁ、はいはい、わかったホシ。でも絶対にそれだけはやめてほしいホシ」

 

 ステラは呆れながら、ふと思いついたように提案した。

 

「そうホシね。……いいこと思いついたホシ。僕たちが警察の所に行けないなら、自分たちで動いてもらうホシ。今の真緒なら遠隔操作で人を運ぶ魔法が使えるはずだホシ。……ただ、黙って送りつけるだけじゃ警察も状況がわからなくて困ると思うホシ。何か説明書きを残したほうがいいホシ」

 

「説明書き?」

 

「そうホシ。こいつが何者で、何をしたのか。最低限の情報がないと、警察も動きようがないホシ」

 

「……ちっ、面倒くさいわね」

 

 真緒はぶつくさ言いながら、先ほど本に書き込むために使っていた太い油性マーカーを取り出した。

 そして、左手には先ほど読んでいた本が握られている。

 

「ええっと、紙、紙……私が今所持しているものはこれしかなさそうだし、これでいいかしら……」

 

 ビリィッ!!

 

 静かな路地に、豪快な音が響いた。

 真緒は躊躇いなく、本の空欄のページを一枚、乱暴に破り取ったのだ。

 

「!?」

 

 ステラが悲鳴を上げた。

 

「ちょ、ちょっと!? いや、その本そんな扱いにしていいのホシ!? さっきまで熱心に読んでたじゃないホシか!」

 

「いいのいいの、魔王になるための本はもう私には必要ないわ」

 

 真緒は破り取ったページをヒラヒラとさせた。

 

「魔王に一番必要不可欠なのは圧倒的な力よ。私は今までそれがなかったから、別のもので補おうとこんな意味の分からない本を漁ってまで努力してた」

 

「あぁ、それ意味の分からない本だって事は認識していたホシね……」

 

「けど、この力があれば最低限、魔王としての第一歩は達成。晴れて私は魔王になる資格を手に入れたのよ!」

 

 ドン引きするステラを無視して、ペンを持ち紙に走らせようとするが、何を書いていいか分からず一向にペンは動かない。

 

「……これ、なんて書けばいいのかしら」

 

「そうホシね……僕が言うことを書いて欲しいホシ」

 

(まぁ、と言ってもステータスオープンで知り得た情報しか僕も知らないホシから、それを書くのが一番良さそうホシね)

 

 ステラに言われた通りのことを、真緒はその通りに書く。

 

「えーっと……『氏名:黒木 剛。異能(透明化)を使って誘拐しようとしていたので引き渡す』……と。これでいい?」

 

「うんうん、OKだホシ。簡潔で分かりやすいホシよ」

 

「まぁ、私はあなたが言ったことをそのまま書いただけだけど」

 

 満足そうなステラを見て、真緒はニヤリと笑った。

 

「あー、あと、最後に署名を入れないとね」

 

 キュッキュッ、とさらにペンが走る。

 

「……ん?」

 

 ステラが覗き込むと、そこには力強い極太の文字でこう書かれていた。

 

『――通りすがりの魔王より』

 

「なんでホシィィィッ!?」

 

 ステラは思わずツッコミを入れた。

 

「バカなの!? なんでそこで『魔王』って書くホシか! これじゃ良いことしたのに、悪か正義かよく分からないことになったホシよ!?」

 

「はぁ? 何言ってんのよ」

 

 真緒は心外だと言わんばかりに鼻を鳴らした。

 

「『通りすがりの親切な市民』とかよりはよっぽどマシでしょ? 私は魔王よ? 己の力を誇示し、その存在を知らしめるのが魔王の流儀ってもんでしょうが」

 

「その流儀が余計な誤解を招くって言ってるホシ! 警察に変にマークされたらどうするホシか!」

 

「望むところよ。権力に牙をむいてこそ、反逆のカリスマだわ」

 

「……本当にこいつヤバいホシ……こんな奴と契約したなんて長老に顔向けできないホシよぉ……」

 

 ステラが頭を抱えている間に、真緒は満足げにメモを男の額に『ペチッ』と貼り付けた。男は額からどっと汗を噴き出していたので、糊がなくても簡単に紙が貼り付いた。

 

「よし、準備完了。それじゃあ、自分で行ってもらうとしましょうか」

 

 真緒は気絶している二人に触れる。

 脳内に浮かんだ知識を出力した。

 

「スエン・クライム《夢遊 III | 効果時間:35:00》」

 

 淡い光が二人を包み込むと、気絶していたはずの男と女性が、糸で吊られた人形のようにゆらりと立ち上がった。

 

 このエンチャント魔法は、意識のない状態の者の体を、障害物を避けさせながら目的の場所まで動かせる魔法だ。

 

「万が一を考えて割と多めに効果時間を設定したけど、これ体力の消耗が凄まじいわね……なんかものすごい疲れたわ」

 

「……まぁ、それくらいの効果時間を適用させるならそうなるホシ……。元々今適用した魔法自体が体力の消耗が激しい系のやつホシから、敵が確実にいないと分かっている時しか使わないほうがいいやつホシけど、今回はもうやることやったから使っても問題ないホシ」

 

 二人はゾンビのようにふらふらと、しかし確かな足取りで交番の方角へと歩き出した。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 交番にて――。

 そこでは重苦しい空気が流れていた。

 

「お願いします! 娘を探してください! あの子、いつもならとっくに帰ってる時間なのに……!」

 

 カウンター越しに、中年の女性が涙ながらに訴えていた。

 対応している年配の警察官は、困り顔でなだめる。

 

「お母さん、落ち着いてください。現在、管内のパトロールを強化していますから」

 

 その時だった。

 自動ドアがウィーンと開き、二人の男女が入ってきた。

 どちらも目を閉じたまま、夢遊病のようにふらふらとカウンターの前まで来ると、同時にピタリと足を止めた。

 

「……え?」

 

 母親が、息を呑んだ。

 男の横に立っている、ぐったりとした女性。母親がよく知っている人物だった。

 

「……サトミ!? サトミじゃないの!?」

 

 母親が悲鳴のような声を上げ、女性に駆け寄る。女性は反応しないが、寝息を立てているのが分かった。

 

「おい、君たち! どうしたんだ!」

 

 警官たちがカウンターから飛び出す。

 しかし、男の方も目を閉じて棒立ちになっており、呼びかけにも反応しない。そしてその額には、何かの切れ端の用紙が貼り付けられていた。

 年配の警官が、男の様子を警戒しながら紙に目を落とす。

 

『黒木 剛。 異能(透明化)を使って誘拐しようとしていたので引き渡す。 ――通りすがりの魔王より』

 

「異能……? バカな……。なんだこの悪ふざけみたいなメモは」

 

 警官は眉をひそめた。

 だが、男の顔を覗き込んだ若い巡査が、ハッとして壁の掲示板を振り返った。

 

「せ、先輩! この男!」

「どうした」

「黒木 剛、本署の強行犯係が追ってた重要参考人の名前と一致します! 最近の連続拉致事件の実行犯と目されてる男ですよ!」

 

「……なにっ!?」

 

 警官たちの顔色が変わり、一気に緊張が走った。

 年配の警官が男の顔を強引に上向かせ、手元の手配書と見比べる。

 

「……間違いない」

 

 目の前にいる男は凶悪事件の容疑者だった。

 警官の目が鋭くなる。

 

「確保だ! 今は大人しいが、いきなり暴れるかもしれん、慎重にやれ! それとすぐに本署の捜査本部に連絡! 刑事を呼べ!」

 

 警官たちは男を取り囲み、腕を背中に回して手錠をかける。男は抵抗する様子もなく、されるがままだ。

 交番内は一気に騒然となった。

 

 ◇

 

 交番から少し離れた電柱の影。

 真緒とステラは、交番に入る二人の様子を見届けた。

 

「……ふぅ、二人とも交番にちゃんと入ったようね……」

 

 ステラは胸をなでおろした。

 

(正直、僕が提案したとはいえ、あんな怪しい届け方で大丈夫か不安だったけど、とりあえず一件落着のようホシね……)

 

「さぁ、お疲れ様ホシ。まぁ言いたい事は沢山あるホシけど、今日はやめとくホシよ」

 

「…………」

 

 真緒は何も喋らないし、動かない。

 じっと自分の手のひらを見つめている。

 

「真緒?」

 

 その瞳から強い眼差しを感じた。

 

「ねぇ、ネコ」

 

「だからネコじゃないホシ!! 僕にはステラという立派な名前があるホシ」

 

「……ねぇステラ」

 

 真緒が素直にネコからステラに言い直したのを見て、少し動揺する。意地でもネコの呼び名をやめないと思っていたステラだ。もう少し押し問答する必要があると覚悟していたところに、あっさりステラ呼びになった。

 少し不気味に思いつつ問いかける。

 

「な、なにホシ?」

 

「私、ずっと魔王になりたかったの」

 

 真緒がポツリと呟く。

 

「いや、もう今までの言動で十分にわかってるホシよ」

 

「そうね。でも、私には『魔王のなり方』がわからなかった」

 

 真緒はゆっくりと、拳を開いたり閉じたりしてその感触を確かめた。

 今日、この日、真緒は普通はありえないことをやってのけた。

 目にも止まらぬ速さで駆け抜け、空を舞い、あまつさえ人の体にまで干渉してみせたのだ。普通の人間には決してできない芸当――万能とも呼べるその力の余韻に、真緒は静かに浸っていた。

 

「私、今までやりたいことがあったけど、私にはその資格がまだないと諦めかけていたことがあったの」

 

「……真緒?」

 

「でもこの圧倒的な力を手に入れた今の私なら出来るわ……!」

 

 彼女はバッと顔を上げ、暗くなりかける空を見上げた。

 その口元が、三日月のように吊り上がる。

 

「力がある今の私には、あの笑い方がサマになるってことよね」

 

「……え?」

 

「クッククククククッ」

 

 喉の奥から、押し殺したような笑い声が漏れる。

 それは次第に大きくなり、ガハハハハハハッ!! という笑い声に変わり、道の隅で朗々と響き渡った。

 

「見よ! これが私の覇道の第一歩だ! ガハハハハハハッ!!」

 

 可愛らしい少女の姿からは想像もつかない、おっさんのような豪快な高笑い。

 無理をしている様子はない。美少女には不釣り合いな笑い方のはずなのに、とても様になっていて、ステラは驚いた。

 

「今私、服は最低だけど、気分は最高!! 最高にハイってやつよ!!」

 

 自身の高笑いに酔いしれる真緒を見て、ステラは頭を抱えた。

 どうやらステラは、とんでもない奴に力を与えて解き放ってしまったのかもしれないと。

 

 ◇

 

 それから数十分後。

 交番の前に、赤色灯を回した覆面パトカーが数台、猛スピードで滑り込んだ。

 降りてきたのは、本署の捜査本部から駆けつけた強面の刑事たちだ。

 

 交番の中で、ベテラン刑事が証拠品として袋に入れられた何かの切れ端の用紙を睨みつけていた。

 

『通りすがりの魔王より』

 

 一見すれば、ふざけたイタズラ書きだ。

 だが、現実は違った。この男――黒木は、最近巷で暴れ回っている広域連続事件の実行犯であり、警察が血眼になって追っていた重要参考人だった。

 

「……係長」

 

 奥で黒木の様子を見ていた部下の刑事が戻ってきて、呆れたように報告した。

 

「黒木の野郎、ようやく目を覚まして喋るようになったんですが……言ってる事が支離滅裂です」

 

「なんだと?」

 

「額に貼られていた紙についても『知らねぇ』、自首した理由も『分からねぇ』の一点張り。それどころか、『女子中学生くらいのガキにボコられそうになって意識が飛んだ』なんて妄言を吐く始末で……」

 

 部下は肩をすくめて、黒木がいる部屋の方を親指で指した。

 

「デタラメすぎますよ。ボコられて意識がない人間が、自分の足でここまで歩いてこれるわけがないでしょう。完全にラリってますね。逮捕されるプレッシャーか何かで、自分でだいぶ強い薬をやったんでしょう」

 

「……自分でやった、か」

 

 係長は顎を撫でながら、鋭い眼光を部下に向けた。

 

「おい、お前本気でそう思ってるのか?」

「え? いや、だってそうとしか……」

「黒木はプロの犯罪者だぞ? 逃亡中の身で、わざわざ警察署まで歩いて来るほど判断力を失う薬物を、自分から摂取すると思うか? それは自殺行為だ」

 

 係長は、袋の中のメモを指差した。

 

「これは、自分でやったんじゃない。『やらされた』んだ」

 

「やらされた……? 誰にです?」

 

 部下は困惑して眉を寄せた。

 

「黒木はこの広域犯罪グループのリーダーですよ? そのトップに無理やり薬を盛れる人間なんて、一体どこにいるんですか」

 

「そこだ」

 

 係長の声が低く響いた。

 

「我々は今まで、この『黒木』こそが組織の頂点だと睨んで捜査を進めていた。……だが、こいつが何者かに薬漬けにされ、ゴミのように捨てられたという事実が、その前提を覆している」

 

「えっ……まさか、係長……言いたいことって」

 

「ああ。トップが組織に処分されるなんてありえない。つまり、黒木はトップじゃなかったんだ。奴ですら、もっと強大な組織の『末端』に過ぎなかったんだよ」

 

 係長は、底知れぬ深淵を覗き込んだような顔で呻いた。

 

「恐らくだが……黒木がなんらかの事情で組織の足かせにでもなって、上の人間にとって『不都合な存在』になった。だから口封じのために思考能力を破壊され、我々に突き出されたんだ。……これは『粛清』だよ」

 

「そ、そんな……」

 

 部下の刑事が息を呑む。黒木クラスの凶悪犯が、ただの「トカゲの尻尾」に過ぎないという事実に震え上がった。

 

「黒木たちのグループすらも、巨大な氷山の一角。その背後には、我々の想像を絶する規模の……国家すら揺るがしかねない『巨大な闇の組織』が存在している」

 

「その組織の頂点に立つ真の支配者が……」

 

「ああ、この『魔王』だ」

 

 係長は端切れの用紙を指で弾いた。

 

「自らを魔王と名乗るほどの傲慢さ。そしていらなくなった黒木を薬漬けにして、まともな会話が成り立たなくなるくらいおかしくしてから警察に引き渡す冷酷さ」

 

 部下の刑事が、恐怖に顔を青くする。

 

「で、でも何故わざわざ警察に送り込んだんですかね……。それにご丁寧に張り紙まで用意して。そんな事をしなければ、我々はその組織の存在すら知らないままの可能性もあったというのに……何故自ら足跡を残すような事をしたのでしょうか……」

 

「あぁ、そこなんだがな。俺も引っかかった。……最初はな」

 

「え、まさか係長はもうお分かりに!?」

 

「ああ、恐らくこれはその組織から我々への挑戦状だよ」

 

「……挑戦状?」

 

「間抜けにも俺たちは背後に控えていたこの組織の存在すら知らなかった。それをこの組織のボス――魔王と名乗る人物は嘲笑い、『お前らが呑気に生活している間にも我々は活動をし続けているぞ、そんな事にも気づかないお前らに特別にこの組織の存在を知らせてやろう』と。『潰せるもんなら潰してみろ』と」

 

「なんて奴だ!? 警察を舐め腐ってやがる」

 

「こんな事をしても組織は潰されないという、とてつもない自信がそいつにはあるんだろうな。それくらい組織がデカいということの裏返しでもあるが」

 

 部下が拳を強く握りしめる。

 

「……怒りではらわたが煮えくり返そうです。俺ら警察はそいつの暇つぶしの道具に過ぎないという訳ですか……」

 

「ああ、そうかもな。我々が開けたパンドラの箱には挑戦状が入っていたと……笑えんな」

 

 係長は、深いため息をつき鋭い目つきで、タバコを取り出しながら呟いた。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからしばらく時間が経過して、警察署が蜂の巣をつついたような騒ぎになっている頃。

 その様子を遠くから監視する、一台の漆黒のバンが停車していた。

 車内は無数のモニターと計器類で埋め尽くされ、電子機器の駆動音が低く唸っている。

 

 そこには、黒いスーツに身を包んだ二人の男女がいた。

 彼らは警察ではない。

 この国で公にはされていない「異能犯罪」を専門に処理し、時には揉み消すための政府直轄の秘密組織――『内閣府・異能対策事務局』の局員たちだ。

 

「……警視庁の連中、完全に踊らされていますね」

 

 オペレーター席の女性――雨宮(あまみや)が、モニターを見つめながら冷淡な声で言った。

 彼女はキーボードを凄まじい速度で叩き、モニター上の情報は目まぐるしく処理されていく。

 

「警察は今回の事件を、麻薬カルテルか何かの巨大犯罪組織が背後に関わっているのではないかと予想しています。黒木はその組織にとって邪魔な存在となり、口封じのために強力な薬漬けにされて捨てられた……というのが彼らの見解です」

 

「フン、所詮は凡人(ノン・キャリア)の浅知恵だな」

 

 後部座席で腕を組んでいた男――局長の如月(きさらぎ)が、侮蔑を含んだ声で鼻を鳴らした。

 だが、彼はすぐにモニターへ鋭い視線を戻し、低い声で付け加えた。

 

「……だが、『黒木の組織のバックにはもっと巨大な組織がいた』という点に関しては、我々と同意見だな」

 

 雨宮が頷き、黒木のデータを表示させる。

 

「ランクB相当の異能者である黒木を、用済みだからと雑に捨てる……。そんな贅沢な使い捨てができるのは、代えのきく存在として認識しているに違いないですから、他にも強大な戦力を保有していると思われます」

 

「問題はその『手段』だ。警察は薬物だと思っているようだが……薬物の痕跡は見当たらなかった。それより、頭の堅い警察がそれらしい理屈でまともに取り合わなかった、『意識がないような状態で街中を歩いていた』という証言の方に真実がある。これは間違いなく、外部からの強制的な精神支配だ」

 

「精神支配……。しかし隊長、相手は一般人ではありません」

 

「ああ、そこが問題だ。異能を持たない一般人は精神干渉されやすいが、黒木は異能者だ。異能者は他者からの干渉に対して強い耐性(レジスト)を持っていることが多い。それが、こうも簡単に……操られるとは……」

 

「それなんですけど……私の解析で見て欲しいものがあって」

 

 雨宮がエンターキーを叩くと、何かしらの文字とその横にたくさんの数値が並んでいる画面が開く。

 

「黒木の脳内、海馬と運動野に見られたエネルギー痕跡を読み取り、それを元に数値化したものになります。そこから、データベースにある過去数十万件の、異能パターンの波長と照らし合わせましたが、どれとも全く一致しません。はっきり言ってこれは異常です。どの異能でもどこかしらは一致するのが今までの検証で分かっていますから」

 

 雨宮の声に、隠しきれない戦慄が混じる。

 

「これは我々が使う『異能(ミューテーション)』のような、細胞の変異による物理干渉ではない。もっと異質で……不可解で……言うなれば、物理法則そのものを根底から上書きするような、噂でしか聞いたことがない根源的な力(オリジン)を感じさせます」

 

「……それは本当なのか」

 

「………確証はありません」

 

「だが確かにこの解析データを見ると、我々が扱う歪な力とは違う、もっと完成された、オリジンと言われても納得できるな……」

 

「そうなんですよ……恐ろしい事に」

 

「まぁ、まとめると、黒木は組織の“捨て駒”に過ぎない。その背後には黒木レベルまたはそれ以上の異能者を多数抱える組織が存在し、その頂点に君臨するこの『魔王』という何者かは、我々人類がまだ到達できていない神の領域(サンクチュアリ)の力を行使している……という事になる。…自分で言っていて信じがたいが…」

 

 如月は額に滲んだ冷や汗を拭った。

 自分たちも人外の力を持つ「異能者」だ。だからこそ、本能で理解できてしまう。

 この『魔王』の底知れなさが。

 

「……推定脅威度は?」

 

「……それが私の演算能力(プロセッサ)を使用しても推定不可となります。これは……未知の領域です。ですが……そんな存在にあえて脅威度をランク付けるなら……」

 

 雨宮は白い肌をさらに白くしながら、ごくりと唾を飲み込む。

 

「……SSSランク。特級です……」

 

「特級……。我々ですら束になっても勝てるかどうか怪しいな」

 

 如月はこめかみを抑え、深く息を吐いた。

 

警察(オモテ)には任せておけん。奴らが不用意に手を出せば、報復で東京が地図から消えかねない」

 

 如月は鋭い眼光で、夜の闇を見据えた。

 

「我々が動くぞ。できるだけ局員を動員し、『魔王』の正体を特定する。そしてその組織の全貌を暴く」

 

 自称・魔王の女子中学生が軽い気持ちで名乗った「魔王」という名前は、今や国家の裏側を揺るがす、最大級の厄災として認定されようとしていた。

 




一章終了です。お付き合いいただきありがとうございました。
反響があり次第、次章を書こうと思っているので応援よろしくお願いします。
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