魔法少女?いえ、 魔 王 少 女 ですが   作:そうだ人間、辞めよう

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第二章 神の子編
箱庭の少女


都心から離れた、深い森の奥。

 木々を切り開いて作られたその広場には、コンクリートで出来た無機質な施設が、どっしりと静かに鎮座していた。

 

 宗教法人『久遠の明かり』。

 

 その施設のホールは、二百人ほどの信者で埋め尽くされていた。

 咳払いひとつ聞こえない。衣擦れの音すらない。

 異常なまでの静寂。

 焚かれた香の甘ったるい匂いと、数百人の人間が発する熱気が混ざり合い、酸素が薄くなったような息苦しさだけが充満している。

 

 その視線の先。一段高くなった祭壇の上に、ぽつんと置かれた、このホールには場違いな豪奢な椅子。

 そこに、一人の少女が座っていた。

 

 名を、凪葵(なぎ)

 ショートカットの髪に、透き通るような白い肌。少年のような中性的な顔立ちをしたその少女は、これまた豪奢な法衣に身を包み、身じろぎもせずただ虚空を見つめていた。

 

 瞳には、光がない。

 感情も、意思も、すべてが抜け落ちたガラス玉のような目。

 それは、生きている人間というよりは、精巧に作られたアンティークドールのようだった。

 

「――お救いください……神子さま……」

 

 静寂を破り、一人の女性が這うようにして祭壇へ進み出た。

 顔色は悪く、何かに怯えるように震えている。

 

「頭が……頭が割れるように痛いのです……。病院に行って薬をもらっても効かない……。どうか、どうか……」

 

 縋り付く女性を、凪葵は見下ろす。

 何も感じない。同情も、憐憫もない。

 ただ、決められたルーチンをこなすだけ。

 

 凪葵はゆっくりと右手を上げ、女性の額に触れた。

 

(……自分ごときの力で治るわけがない)

 

 凪葵は心の中で、冷ややかに呟く。

 自分のことは、自分が一番よく分かっている。

 

(……ボクは何の力もないただの一般人だ)

 

 ただ、お父さまに逆らう気力もないので、いつもやっているように手を置く。

 

――すると。

 

「あ……あっ……!」

 

 女性の表情が、劇的に変わった。

 苦痛に歪んでいた顔から力が抜け、まるで天にも昇るような恍惚とした表情へと変貌する。

 

「消えた……痛みが、嘘のように……! あぁ、暖かい……!」

 

 女性は床に額をこすりつけ、涙を流して拝み始めた。

 いつもの光景だ。

 

「ありがとうございます……! ありがとうございます神子さま……!」

 

 それを見た背後の信者たちから、さざ波のような感嘆の溜息が漏れる。

 集団ヒステリーに近い熱狂が、静かに、しかし確実にホールを支配していく。

 

(……気持ち悪い)

 

 凪葵は、自分の冷たい手を微かに握りしめた。

 女性が勝手に治ったと思い込んでいるだけだ。あるいは、この場の空気に酔っているだけ。

 なのに、彼らは凪葵を崇める。凪葵を「神の申し子」だと信じて疑わない。

 その盲目的な信仰が、凪葵にとっては泥沼のように重く、不快に感じられた。

 

「……今回も神子さまが奇跡を起こしてくださいました! 何と素晴らしきこと!!」

 

 祭壇の脇に控えていた男――教祖であり、凪葵の養父である御堂が、慈愛に満ちた声をホール全体に響き渡らせた。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 集会が終わり、信者たちが去ったあとの祭壇。

 御堂は凪葵の肩を抱き寄せ、その頭を愛おしそうに撫でた。

 

「お前のその力は信者を、いずれは世界を救う光になる。今日もお前のおかげで、また一つ救われた者がいた」

 

(ボクは……何もしていない)

 

「……はい、お父さま」

 

 凪葵は無表情のまま頷いた。

 御堂の目は笑っていない。彼が見ているのは凪葵ではない。凪葵という信仰対象が生み出す、莫大な信者数とそれに応じて手に入る金だ。

 

 幼い頃、施設から引き取られた当時は優しい人だった。

 だが今の御堂にとって、自分は金の生る木でしかないのだろうと、凪葵は思った。

 

「さあ、今日はお行き。ゆっくり休むといい……笹山さん、お願いします」

 

 御堂が短く声をかけると、ホールの影から一人の男がぬっと姿を現した。

 

 身長190センチはあろうかという屈強な体躯に、黒いスーツを隙なく着こなした男。

 短く刈り込んだ髪、そして左目の上には古傷が走っている。一見すれば、裏社会の用心棒と見紛うような強面だ。

 

 笹山。

 この宗教団体が設立された当初からいる古株で、御堂の付き人であり、凪葵の世話係兼マネージャーのような存在だ。

 

「……はい、承知いたしました」

 

 笹山は御堂に対し、直立不動で短く答えた。その声は低く、硬い。

 彼は無表情のまま凪葵の元へ歩み寄ると、事務的に退室を促した。

 

「では神子さま、こちらへ」

 

 長い廊下を歩き、御堂の姿が見えなくなり、周囲に誰もいなくなった頃。

 前を歩いていた笹山が、ふっと歩く速度を緩めた。

 

「……お疲れ様でございました、凪葵さま」

 

 先ほどまでの硬質な響きとは違う、柔らかく、温かみのある声だった。

 笹山は強面の顔を崩し、優しい目つきで凪葵を見る。

 

「今日はお昼抜きの日でしたね……。お腹が空いたでしょう……控室に、温かいココアを用意してあります」

 

「……ココア?」

 

「はい。あなたのその体型を維持せよと教祖様には言われておりますので、ルールでそういった日が決められており、間食は推奨されていないことはあなたもご存知だと思いますが……育ち盛りの凪葵さまには、少しばかり厳しい決まりですからね。教祖様には内緒で、糖分を多めにしておきました」

 

 笹山は片目の傷を少し歪めて、悪戯っぽくウィンクしてみせた。

 彼はいつもこうだ。

 父がいる時は厳格な監視役を徹しているが、二人きりになると、こうして父の決めた理不尽なルールの隙間を縫って、凪葵を気遣ってくれる。

 この冷たい教団の中で、凪葵を「神子」という道具としてではなく、一人の「人間」として見てくれるのは彼だけだった。

 

「……ありがとう、笹山さん」

 

「いえ。凪葵さまの笑顔が見られるなら、これくらいお安い御用です」

 

 笹山は、丁寧にドアを開け、凪葵を招き入れた。

 

「では、私は他の仕事がありますので。何かあればすぐに呼んでください」

 

 笹山は優しく一礼すると、部屋を出て行った。

 

 カチャリ、とドアが閉まる。

 

 凪葵はあてがわれた部屋を見渡した。

 広々とした室内には、最高級の白い革張りのソファ、ふかふかの絨毯、そして豪奢な天蓋付きのベッドが置かれている。

 空調は常に最適な温度に保たれ、不潔なものなど塵一つ落ちていない。

 至れり尽くせりのスイートルームのように見える。

 

 だが、そこには生活の匂いが一切なかった。

 本も、テレビも、ゲームもない。

 「俗世の穢れに触れさせない」という名目で、外部からの情報はすべて遮断されている。

 あるのは、神子としての研鑽を積むための教本や真っ白な壁、そして申し訳程度にある窓だ。

 

 凪葵はテーブルに置かれたマグカップを手に取った。

 温かい。

 一口飲むと、優しい甘さが体に染み渡る。

 

(……美味しい)

 

 笹山さんの淹れてくれるココアだけが、この無機質な世界で唯一の彩りだ。

 けれど、その温かさは同時に、どうしようもない虚しさを連れてきた。

 

 どんなに笹山さんが優しくしてくれても、彼もまた教団の人間。父の命令には逆らえない。

 この扉が開くのは、自分が「神子」として振る舞う時だけ。

 この部屋は、何もかもが満たされているようで、何一つ自由がない鳥籠なのだ。

 

 凪葵はマグカップを置き、ふらりと窓辺へ歩み寄った。

 分厚い防弾ガラスの向こうに見えるのは、どこまでも続く深い森だけ。

 

 世界はこんなにも広いのに、自分に許された世界は、この退屈な箱庭だけ。

 一生、この森から出ることはないのだろうか。

 

 凪葵は、窓ガラスに映る自分の顔を見た。

 そこには、一時の安らぎを得てもなお拭いきれない、伽藍堂のような、希望も何も映さない瞳が映っていた。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 神田真緒の自室。

 

 真昼間だというのに、遮光のカーテンが閉め切られた室内は、洞窟のような薄暗さに包まれていた。

 その闇の中で、数個のキャンドルだけがゆらゆらと怪しく揺らめいている。

 頼りない蝋燭の灯りが、部屋の中央にある姿見と、そこに映る影をぼんやりと浮かび上がらせていた。

 

 その鏡の前で、真緒は一人、陶酔していた。

 

「――フッ!!」

 

 バサァッ!!

 

 勢いよく真っ黒なローブを翻し、真緒は鏡に向かって背中を見せつつ、顔だけを振り返りポーズを決める。

 

 身を包むのは、真っ黒に染まった足元まであるフロックコート。

 ボディラインに吸い付くような細身の仕立てだが、肩には威厳を示す金色の肩章が輝き、華奢な体躯を大きく、勇ましく見せている。

 高い詰襟は首元を覆い、そこから胸元にかけては、複雑な意匠の金ボタンと、揺れる金色の飾り紐が、黒一色の生地に煌びやかなアクセントを添えていた。

 

 ボトムスはコートと同じ漆黒のショートパンツ。そこから伸びる足は、膝上まである編み上げのエナメルロングブーツに包まれている。そこで見える太ももの絶対領域が、無骨な軍装のような格好の中に、唯一と言っていい少女らしさを残していた。

 

 そして極めつけは、目深に被った軍帽だ。

 黒いバイザーが目元に影を落とし、その奥で瞳が怪しく光る。

 

 約束通り、マオのオーダーに従ってステラが魔法少女のような衣装から再構築したその衣装は、この薄暗い部屋の雰囲気と相まって、存在感を強調していた。

 

真緒があーでもないこーでもないと、熟考の上、試行錯誤を繰り返し、たどり着いた衣装がこれなのだ。

 

 真緒はうっとりとした表情で、自分の肩越しに鏡を見る。

 

「さあ、次はこれね!」

 

 シュッ。

 今度は素早く正面を向き、右手で右目のあたりを覆い隠すポーズ。指の隙間から外を覗く。

 

「『我と相対するなど百年早いわ……!』……うん、いい! 最高にいい! 蝋燭の光がいい感じに顔に落ちるから、影が深くなってラスボス感が倍増してるわね」

 

 さらにポーズを変える。

 両手を広げ、天を仰いで高笑いの姿勢。

 

「『嘆いてももう遅い。貴様の運命は我が手の中にあるのだからな! ハァーハッハッハ!!』……完璧。マントの広がり方も理想と近い」

 

 さらに、今度はキャンドルの光に照らされたデスクの椅子にドカッと座り込み、不遜に足を組んで頬杖をつくポーズ。

 

「『退屈だ……誰か私を楽しませる者はいないのか?』……くぅ~っ! 痺れるぅ! 今のよくない!? ねぇ、ねぇってば!!」

 

「はいはい、そうホシねー」

 

 ステラから返ってきたその棒読みの返事を、自分で話を振ったくせにマオは華麗にスルーして、立ち上がり、鏡の前でステップを踏みながらクルクルと回った。マントが優雅な弧を描くたびに、彼女のテンションは天井知らずに上がっていく。

 

「見てステラ! この裾の広がり方! 私のオーダー通りよ。ステラあんた天才よ!」

 

「……褒められてるのになんかあんまり嬉しくないホシ……」

 

 ベッドの上で、ステラが呆れたように尻尾をパタパタさせていた。

 

「よく飽きないホシね。変身してから、もう割と長い時間この薄暗い中で一人で動き回ってるホシけど」

 

「当たり前でしょ! こんな素敵な一張羅を手に入れたのよ? 魂が昂ぶって止まらないの! ……………………この服を着ているだけで、クククッ。笑いが込み上げてくるわ……」

 

「楽しそうで何よりホシー」

 

「ただ……やっぱり一つだけ心残りがあるのよね」

 

「……あぁ、角のことホシか?」

 

「ええ。やっぱり魔王と言ったら立派な大きな角よ。でも大きなツノは色んなところに当たって動く時に邪魔になるし、この帽子を被れなくなるから、苦渋の決断で諦めたけど……」

 

 真緒は少し悔しそうに唇を噛んだ。

 

「賢明な判断ホシ。敵が狭い路地裏にいたとして、そこを変身した時に生えるでかいツノが邪魔で入れませんとかいうマヌケな事態になったかもしれない未来を、事前に防げた事は今後誇っていいことホシ。それに単純に今でさえ悪者っぽいのに、ツノまで生やしたらいよいよだホシからね」

 

「悪者っぽくなるのは私的には大歓迎だけど」

 

 真緒は気を取り直して、再びポーズをとりはじめる。

 

「あと、この胸元のペンダントね。黒と金のダークな世界観に、このちゃっちい宝石みたいなのが埋め込まれた星型のおもちゃが浮きまくってるのよ。これも再構築してドクロとかにできないのかしら」

 

「それは対象外ホシ。変身アイテムとして機能する形状がその形だったホシ。だからその形を崩してしまえば変身出来なくなるホシ」

 

「じゃあ、ここの宝石みたいなの油性マジックで黒く塗っちゃダメ?」

 

「絶対するなホシ! そこに術式こめてるから、そんな事すると機能しなくなるかもしれないホシ!」

 

「チッ……。まあいいわ、我慢してあげる」

 

 そんな問答をしていると、コンコンとマオの部屋のドアがノックされた。

 

「ちょっといいかー?」

 

 マオの父だ。

 

「ひゃう!?」

 

 鏡を見ながらポーズを取っていたマオの肩が跳ねる。

 それと同時に空気が抜けるような間抜けな声がマオからでた。

 

 それを見てステラはニヤリと口元を歪めた。

 

「まさかその格好、親に見つかるのは恥ずかしいホシか?」

 

「な、何よ。別にそういうわけじゃないけど、親におかしな子だって思われたくないじゃない……」

 

 ステラのニヤケ面が更に深まる。

 

「そこは自覚してるホシねぇ……。マオにも可愛げあってボクも少しは安心したホシよ」

 

 マオの額の血管が浮き上がる。

 

「あんたねぇ……ぶちのめすわよっ」

 

 マオが両手でステラをひっ捕まえようとベッドに飛び込むが、ふよふよと浮遊しステラはそれをかわす。

 

「やられてばっかりのボクじゃないホシ!」

 

「このぉ……!」

 

 それからその攻防は十分間も続いた。

 その間、マオの部屋のドアの前で待たされる父だった。

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