魔法少女?いえ、 魔 王 少 女 ですが   作:そうだ人間、辞めよう

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思いがけない一言

ガチャッ!!

 

 マオは勢いよくドアを開けた。

 

「はぁ……はぁ……! ご、ごめんお父さん! き、着替えてたの!」

 

 そこには、髪の毛が四方八方に乱れ、肩で息をするマオの姿があった。

 10分間もベッドの上でステラと取っ組み合いをしていれば、当然の有様である。

ちなみに変身は解除済みである。

 父、神田正臣は、そんな娘の凄まじい形相に目を丸くしたが、深く追及することはしなかった。

 もちろん、マオの背後でふよふよと浮いているステラの姿は、ステラが自身にかけた『認識阻害魔法』のおかげで父には見えていない。

 

 

 

「……あ、あぁ。いや、急かしてすまなかったな」

 

 それを知らない父は素直に謝ると、本題に入った。どこかやつれていて、疲労の色が濃い。

 

「ちょっと聞きたいことがあるんだが、母さんは見なかったか?」

 

「え? 母さん?」

 

「……連絡か何か、来てないか? マオの方に」

 

 父の声には、隠しきれない焦燥が滲んでいる。

 

「いえ、来てないわね」

 

「……そうか」

 

 父はがっくりと肩を落とした。

 

「え、もしかしてまだ帰って来てないの? 友達と泊まりの旅行に行って、帰ってくるのって今日じゃなかったっけ」

 

「あぁ、そうなんだ。もう外も暗いし帰って来てもいい時間なのに……連絡すらない。こっちから連絡しても繋がらないんだ……」

 

 父はため息をつき、頭を抱えた。

 

「まだあれが尾を引いているのだろうか……」

 

 そう小さく困ったように父が呟いたのを、マオとステラは聞き逃さなかった。

 

「何かマオのお父さんとお母さんの間で、トラブルでもあったホシか?」

 

 ステラがマオの耳元で囁いた。

 マオは父に聞こえないよう、口元を隠して小声で早口に答えた。

 

「……半年前に、カレーに納豆を入れないでくれと父さんが言ったのよ」

 

「……は?」

 

「料理で色々試すことが好きな母さんが、半年前、納豆を使ったカレーを作ったんだけど、それをよく思わなかった父が『それはやめてくれ』と言ったら、母さんが『そんな文句言うくらいなら自分で作りなさいよ!!』とガチギレ。それから父と母の大喧嘩に発展。半年が経った今でもその尾を引いてるのか、母さんと父さんの関係はどこかぎこちないのよ」

 

「何そのしょうもない理由ホシ」

 

 ステラが呆れ果てたように言う。

 

「まぁ、それまでも何か色々あったんじゃないの? カレーの件は、今まで表面化していなかった不満が互いに爆発したきっかけに過ぎなかったのよ、きっと」

 

「そんなもんホシか……人間ってなんだか生きづらそうホシね」

 

「そうでしょ、私もそう思う。みんな私のようにのびのび自由に生きればそれで解決なのに」

 

「全国民があんたみたいだったらこの国はとっくに滅んでるホシ」

 

「確かにみんなが魔王ならそりゃあ滅ぶわね」

 

「……そういう意味じゃないホシ……」

 

 マオによると、最近母は家を空けることが多くなり、今日のように連絡がつかなくなることも日に日に増えていっていたようだった。

 

 そんな話をしていると。

 

 ガチャリ。

 

 玄関のドアが開く音が響き、その後に呑気な声が聞こえてきた。

 

「ただいまー」

 

 マオと父は顔を見合わせた。

 二人は急いで階段を降り、玄関へと向かう。

 

 そこには、キャリーバッグを引いた母、神田恵美子が立っていた。

 普段通りの、おっとりとした雰囲気だ。悪びれる様子など微塵もない。

 

「恵美子!」

 

 普段温厚な父が、珍しく声を少し強めた。

 

「連絡くらいよこさないか! 心配したんだぞ」

 

「あらやだ、お父さんったら怖い顔して。ちょっと電波が入りづらかったのよ」

 

 母はへらへらと笑って誤魔化そうとする。

 そんな母の様子を、マオの後ろからついてきていたステラがじっと見つめていた。

 

「……ん?」

 

 ステラの目が鋭く光る。虹彩の中に幾何学模様が浮かび上がり、解析魔法を実行する。

 ステラは少し驚いたように目を見開き、マオの耳元へすっと近寄った。

 

「マオ、マオのお母さんにちょっと気になることがあったホシ」

 

「え、どういうこと?」

 

「マオの母さんのステータスを見てみたホシけど……精神状態に『盲信』って出てるホシ」

 

(……盲信?)

 

 マオは眉をひそめた。

 

 「盲信」とは、何かをひたすらに信じ込むことを言う。

 

「ただの旅行帰りにしては、不穏なステータス異常だホシ」

 

 マオは母の様子を観察した。

 笑顔だが、どこか目が据わっている。そして、キャリーバッグを握る手が不自然に力んでいる。

 

 マオはカマをかけることにした。

 

「……ねぇお母さん」

 

 マオは父と母の会話に割って入った。

 

「何か私達に隠してることあるでしょ……?」

 

 その言葉を発した瞬間。

 

 ビクッ。

 

 母の肩が大きく跳ねた。

 そして反射的に、持っていたキャリーバッグの持ち手を、指が白くなるほど強く握りしめた。

 

「……え? な、何を言ってるの真緒? ちょっと冗談はよしてよ」

 

「そうなのか、恵美子! なにか隠してるのか!?」

 

「な、何も隠してないわよ!」

 

 父は、娘がかけた問いに対して、母がバッグの持ち手を強く握るという不自然な動作をしたのを見逃さなかった。

 

「……恵美子。そこに何かあるんだな?」

 

「い、いいえ、ただの着替えよ」

 

「見せてみなさい」

 

 父が母の手をどかし、キャリーバッグのチャックを一気に開けた。

 中には数枚の着替え。そして、それらに包まれるようにして、梱包された「それ」が入っていた。

 

 父が緩衝材を解く。

 現れたのは――

 

 白磁の、何の変哲もない『壺』だった。

 表面には金色の塗料で、植物のような幾何学模様が描かれている。

 

「…………壺?」

 

 父が口を半開きにする。

 母は観念したように視線を泳がせる。

 母にこのような壺を収集する趣味などなかったはずだ。

 

「こ、これはお土産よ! 工芸品なの。サプライズで渡そうと思っていて……」

 

「もう、これ以上嘘をつかないでおくれ」

 

 父が静かに、悲しそうな顔で母を見つめた。

 どんなにぎこちない関係になろうが、長年連れ添った夫婦であることに変わりはない。嘘をついていることくらい分かるのだろう。

 

「お願いだ、恵美子。本当のことを言っておくれ。お前は、一体何をしてるんだ」

 

 父の悲痛な声に、母はついに崩れ落ちるように口を開いた。

 

「……それは私が入っているところの……『幸せが籠もる』と言われている壺なの」

 

「……宗教か」

 

 『入っているところ』という言葉で、父はすぐに察したようだ。

 父がごくりと息を呑んだ。

 

「いくらだ。これ、いくらしたんだ」

 

「…………」

 

「恵美子……」

 

「……じゅう……はちまんえん」

 

「十八万……!?」

 

 父の声が裏返った。マオも目を細める。

 ただの量産品にしか見えない壺が、十八万。

 

「た、高いのは分かってるわ! でもね、これは『久遠の明かり』っていう、すごく立派な団体から買ったものなの!」

 

 母は必死に弁解を始めた。その目はどこか焦点が合っていないような、熱っぽい光を帯びていた。

 

「数ヶ月前……お父さんとのことで悩んでた時、近所の人に相談したの。そしたら、その悩みを解決できる素晴らしい場所があるって勧められて……。最初は私も警戒してたのよ? でもね、そこの『神子さま』がすごいの!」

 

「神子……?」

 

「『神の申し子』である蓮(れん)さまよ。あの方は、手をかざすだけでどんな人の悩みも解決しちゃうの。私はまだ直接受けたことはないんだけど……目の前で何人もの人が悩みを解決してもらって救われているのを見たの!」

 

 母は興奮気味にまくし立てる。

 

「ただ……神子さまの施しを受けられる人は一日に一人だけで……何百人も順番待ちをしてるの。普通に待ってたら何年もかかっちゃう。でも……」

 

 母は愛おしそうに壺を撫でた。

 

「こういう教団のグッズや教本を購入して『徳』を積めば、買ってない人よりも優先的に、先に施しを受けさせてもらえるらしいのよ! だからこれ、必要経費なの! 家族みんなが幸せになるための投資なのよ!」

 

 一気に喋りきった母を見て、父は言葉を失っていた。

 怒りよりも先に、深い絶望と徒労感が押し寄せているようだった。

 

「……そうか。君がそこまでして、何かにすがりたかったのは……自分のせいだな。自分が不甲斐ないから……」

 

「あ、あなた……」

 

「……今日はもう遅い。まずは休もう。話は明日ゆっくり聞くから。ご飯はいるか?」

 

「いえ、大丈夫。食欲がないの」

 

 父は力なく微笑むと、母の背中を優しく支え、寝室へと促した。

 

 

 一部始終を見ていた玄関のマオは、顎に手を当てて、無言で何か考え事をしている。

 そんなマオに、神妙な顔のステラが話しかける。

 

「さっきはマオに『盲信』とだけ伝えたけど、詳しく言うと、それに加えて見慣れないものが見えたホシ」

 

「見慣れないもの?」

 

「そうだホシ。状態異常の欄に『盲信(増幅7倍)』という記述があったホシ。盲信は今までも何度か見たことあるホシ。それはまぁ、良くも悪くも何かにのめり込んでいる者に付くものだから、そこはとりあえずいいとして、ここからが問題ホシ」

 

 ステラは続ける。

 

「その横に付いてる『増幅』……これは今まで見たことがない表記ホシ。自然に付くものじゃないホシね。もしそうなら、僕が知らないはずがないホシから。だけど僕が知らないということは……恐らくこの星特有の力、つまり『異能』が関係してるホシ。それなら納得できるホシね。異能は僕の専門外ホシから」

 

「異能って、この前のビックリマジックみたいな芸当のことよね。……つまりステラはこう言いたいわけ? 信仰を深めさせるために、異能を使った『テコ入れ』が行われてるって」

 

「まぁ、そういうことになるホシ。異能による干渉で信じる心を増幅させて、『久遠の明かり』という教団を維持してる可能性があるホシ。だとすれば、その力の出どころとして一番怪しいのは……やはり話に出てきた『神子』ホシね」

 

「なるほどねぇ」

 

 マオは片目を瞑り、そう呟いた。

 そこからは表情を読み取れない。だが、先ほどまで自室ではしゃいでいたのが嘘のように静かだ。

 ステラは、マオの身内が異能の被害に遭ったということで落ち込んでいるのだろうと納得した。

 

(まぁ、流石にそこら辺の人の心はないと人間として終わってるホシからね……)

 

 ◇

 

 それから数日後。とある休日の早朝。

 

 まだ父が寝室で眠っている時間帯。父は昨日、付き合いで飲みに行っていたから、こうなると昼過ぎまでは起きない。

 そんな中、玄関ホールで母・恵美子がこそこそと靴を履いていた。

 父とはあの件を通して「もうその宗教には関わらない」ことを約束したが、その約束は一週間ももたなかった。

 果たしてそれは、ステラが予想している「異能」によるものなのか。

 

(お父さんには悪いけど……集まりをサボりすぎたら、蓮様からの施しを受けられなくなるかもしれないわ。せっかくこの壺を買って『徳』を積む権利を得たのに……。家族みんなの幸せのためだもの、行ってこなきゃ……)

 

 母は罪悪感を歪んだ正義感で塗りつぶし、そっとドアノブに手を掛けた。

 その時だ。

 

 ビクッ!

 

 母の背筋に悪寒が走った。誰かに見られている気配がしたのだ。

 恐る恐る振り返ると――

 

 階段の踊り場に、マオが立っていた。

 

「ま、真緒……! こ、これは違うのよ、ちょっとそこまでゴミ捨てに……」

 

「ゴミ持ってないのに……?」

 

「……ッ」

 

 どうにか言い訳を並べようとしたが、言葉が思い浮かばず詰まってしまう。

 

 父にこのことを報告される……! 母は身を縮こまらせた。

 だが、マオはそんな母を責めるどころか、パァッと花が咲くような満面の笑みを浮かべた。

 

「お出かけ? もしかして、例の『久遠の明かり』に行くの?」

 

「え……あ、うん……でも、これは……」

 

 思っていたのと違う反応が返ってきたことに、母は目を丸くする。

 マオは、まるで遠足に行く前の子どものように目を輝かせて言った。

 

「ねえ、私も連れてってよ!」

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